お仕事開始!
騎士舎の中はどこもかしこもピカピカ。前は廊下を歩くだけで、床板が軋んでギシギシと音を鳴らしていたけれど、今はそんなことなどぜんぜんない。
「すごいですね、アメリア」
『クエ~~』
アメリアも一緒に部屋に入れて、嬉しそうだ。
隊長と別れて、休憩所へ。中にはウルガスとガルさん、スラちゃんがいた。
ガルさん達はなんだかすごく久々だ。
瓶詰めのスラちゃんを覗き込むと、にゅっと手を伸ばして、ブンブンと振ってくれた。ゆっくり休んで、元気いっぱいのようだ。
ウルガスは鏃を磨いている。あと一人、いるはずの人物がいない。
「あれ、リーゼロッテは?」
ポツリと呟いてしまった疑問には、ウルガスが答えてくれた。
「リヒテンベルガーさんは執務室で、ベルリー副隊長の手伝いをしているみたいです。たぶん、幻獣誘拐の事件で、気が気ではないんじゃないかと」
「な、なるほど」
気になるんだったら、幻獣保護局に行って捜索のお手伝いでもすればいいのに。責任感の強いリーゼロッテなので、そういうわけにもいかないのだろう。
ザラさんとアメリアの鞄製作について話し合っているうちに、始業時間となる。皆で執務室に移動した。
一列に並び、朝礼を始める。
列には、アメリアにアルブム、ブランシュも加わっていた。
リーゼロッテは、目の下にクマを作っている。まさか、一晩中起きていたとか? 心配だ。
隊長にも、顔色が悪いと指摘されていた。
「おい、体調が万全でないのなら帰れ。仕事もできないだろう」
「いいえ、わたくしは大丈夫」
説得力のない「大丈夫」であった。
隊長はリーゼロッテの頑なな性格を熟知しているからか、それ以上何か物申すことはしないようだ。一度、深い溜息を吐いてから、話を始める。
「皆、先の遠征はご苦労だった。今回も、褒賞が与えられるらしい」
やった! また臨時収入が入るようだ。頑張った甲斐があったというもの。
隊長は表情を崩さないまま、話を続ける。
「次に、ベルリーの砂蟻との戦闘中の判断についてだが――」
隊長の報告を聞いて、胸がドクンと跳ねる。
そうだ、忘れていた。
ベルリー副隊長は私を守るために、現場放棄をしてしまったのだ。
いったい、どういった処分が下されるのか。
ドクドクと嫌な感じで鼓動を打つ胸を押さえながら、話の続きを待った。
「三ヶ月の奉仕活動となった。内容は、一週間に一度、騎士を志す子どもに、剣技を教えること。以上だ」
隊長の隣に立つベルリー副隊長はポカンとしていた。もしかして、今、初めて聞いたのだろうか?
「あの、ルードティンク隊長、私の処分は、それだけですか?」
「ああ。不服か?」
「いえ、役職を降りるくらいの処罰があるかと」
「まあ、普通はそうだろう。しかし、運良く、皆生きていた。通常、現場放棄には重たい処分が下されるが、今回、特別武器を装備していたことも、判断材料となった」
魔物研究局と魔法研究局が共同開発した『七ツの罪シリーズ』。その一つである、魔双剣・強欲。
感情の昂りによって付加された魔法が発動し、奇跡的な力を発揮する最強の武器。
それを装備していたおかげで、大型魔物に対峙するに値すると判断されたらしい。
あと、現場にいたのが、魔法研究局の局員で、一般人でなかったということも考慮されたとか。
「ま、あの妙な武器を装備していない状況かつ、現場にいたのが一般人だったら、降格に減給、きつい奉仕を三年とか、そんなもんだっただろう」
な、なんて恐ろしいことを。ベルリー副隊長もそれをわかっていて、助けに来てくれたのだろう。私のために、なんてことを……。
泣きたくなっていたら、ベルリー副隊長と目が合う。安心させてくれるような、笑みを浮かべていた。
うう……良かった。本当に、良かった!
「あと、リスリスが発見した魔石金属についてだが、まだ話がまとまってないらしい。もう少し待て」
いや、私が発見したのではなく、アルブムのお手柄なんだけど。
この問題、侯爵様に丸投げしたい。なので、言いそびれていた経緯を隊長に伝えた。
「と、いうわけで、魔石金属を発見したきっかけはアルブムです。ですので、この問題は契約者であるリヒテンベルガー侯爵様に」
「そうだったのか……。わかった。上には報告しておこう」
「すみません、報告していなくて」
「いや、いろんな事件が立て続けに起きたんだ。混乱していたのも無理はない」
隊長、顔は山賊なのに……優しい。
ちょっとほっこりしてしまった。
あと、ついでに妖精鞄ニクスを紹介した。
ベルリー副隊長は驚き、目を丸くしていた。ガルさんもびっくりしたのか、毛がぶわりと膨らんだ。スラちゃんは興味津々のようで、蓋をドコドコと叩いていたが、大人しくするようにと、ガルさんは瓶を優しく撫でる。リーゼロッテは無反応。それどころではないのだろう。
「あ~、なんだ。仲良くしてやってやれ」
『優しくしてねん!』
喋る鞄に、皆、複雑そうな表情を浮かべていた。
まあ、アルブムみたいに、少しずつ受け入れてくれるだろう。
「話は逸れたが、報告は以上だ。本日の予定についてだが――」
隊長は定期会議で、ベルリー副隊長とリーゼロッテは書類整理。
ザラさんとウルガスは武器の手入れと、幻獣達を見守る簡単なお仕事。
アルブムは手先の器用さを買われ、不要書類を細かく破る大任を任されていた。
「ガルとスラ、リスリスは兵糧の買い出しに行ってくれ」
ん、なんでガルさんと私? スラちゃんはともかくとして、謎の組み合わせだ。
いつもはウルガスと一緒なのに。
頭上に浮かんだ目には見えない疑問符が隊長に見えたのか、私の疑問に答えてくれた。
「行く先々で事件に巻き込まれているから、ガルを付けるんだ」
「ああ……」
なるほど。そういうことか。
いや、行く先々で事件って、大袈裟じゃないか。まるで、私がトラブル体質みたいな扱いをしてくれて、まことに遺憾である。
荷物は妖精鞄のニクスに詰めればいいし、騎士の恰好をしている人にわざわざ絡んでこないだろう。
「いや、大丈夫だと思うのですが」
『クエエ~~』
アメリアに、「お願いだからガルさんと一緒に行って~~」と懇願された。
まあ、そこまで言うのならば。
ここで、解散となる。
さっそく、ガルさんと騎士舎の外に出た。周囲にあった物置小屋も新しく建て直されている。食料保管庫を覗くと、見事に空。
「わっ、すごい!」
中には氷の魔石が内蔵されており、ひんやりとしていた。まさか、こんな機能まで付けてくれるなんて。
肉とか魚とか、買ってきたその日に加工する必要もなさそうだ。地味に助かる。
食料保管庫の確認が終わると、市場へ移動した。
相変わらずの人混みである。
ガルさんは私が歩きやすいように誘導してくれた。とても紳士である。
青果店の前を通ると、ちょうど大売り出しが行われていた。
「傷有りの森林檎、一箱半額以下だよ!」
私は声につられて咄嗟に店先を覗き込む。
傷有りと言っていたが、見た感じではほとんどわからない。色艶は綺麗だし、いい品だ。
森林檎はいろんな保存食に加工できるので、買って損はないだろう。
「すみません、一箱下さい」
「はいよ!」
一箱十五個ほど入っているようだ。私はその場で森林檎をニクスの中へ詰めていく。
「へえ、お嬢ちゃん、便利な物を持っているんだねえ」
「あ、はい。おかげさまで」
ニクスは十五個の森林檎を見事に収納してくれた。
『ケプー』
収納したあとの反応が気になるけれどね。まあ、大丈夫だろう。
続いて、お隣は雪国から来た行商の店。
「今年の凍み芋はおいしいよ!」
聞き慣れない食材だったので、覗いてみる。
「これが、凍み芋!?」
なんと、芋がぺったんこになって、カピカピに乾燥していたのだ。
「これは一度芋を凍らせて、そのあと解凍して水分を抜き、乾燥させたものなんだよ」
「へえ~~」
粉末にして水と一緒に練ってお団子にしたり、スープの具材にしたりするらしい。
一年から二年も保つ、雪国の保存食なんだとか。
こんなものがあったなんて、知らなかった。遠征の食材にぴったりだろう。
「では、これを五袋ください」
「毎度あり!」
他にも小麦粉や肉など、食材をたくさん買って第二部隊の騎士舎へ戻った。