新たな事件
翌日、ザラさんと買い物に行く。さっそく購入した柄の長い箒を買って妖精鞄ニクスの中に入れていたら、驚かれた。そういえば、まだ言ってなかったなと思い、ニクスを紹介する。
ザラさんは額に手を当てて、ふらつく。
ニクスに驚いたのではなく、また私が事件に巻き込まれていたので、卒倒しそうになったらしい。
一度、しっかり魔法を習ったほうがいいと言われた。その辺もきちんと考えなければ。
座学とか、がっつり眠ってしまいそうだけど……。
そのあと、可愛い花柄のカーテンに、寝具、食料その他いろいろ、必要なものを買い揃えた。ザラさんと一緒にエヴァハルト伯爵邸に行き、使っていなかった使用人用の台所を掃除した。
エヴァハルト夫人のお誘いに関して、まだ保留状態らしい。まあ、簡単に決めることのできる内容ではないだろう。
ザラさんのおかげで、引っ越し後にしたかったことの大半が片付いた。感謝しかない。
アメリアにも、帽子を作ってあげることができた。今から日差しが強くなるので、活躍してくれるだろう。
それから三日後、久々の出勤日となる。ついに、騎士舎の建て替えが完了したらしい。
騎士隊の制服に身を包み、髪を三つ編みに編む。
薄く化粧して、身支度は万全。
朝食は簡単なもので済ませる。
エヴァハルト伯爵邸の庭で摘んだ薬草でお茶を淹れて、パンにジャムを塗って食べる。
丸い机の上に二人分用意していたが、一つはアルブムの分だ。
朝、寝起きの悪いアルブムは声をかけても、叩いても、引っ張っても起きないのに、「朝食の準備ができましたよ」と言うと、即座に起きてやって来る。
ちなみに、何も食料がない状態で声をかけても無反応なのだ。
『オハヨウ』
「おはようございます」
まだ眠いのか、目が半分閉まっている。
アルブムのパンに砂糖煮込みをたっぷりと塗ってあげる。
すると、カッと目が見開いた。
伯爵邸の庭で採れた春苺から作ったもので、材料費は砂糖のみ。なので、いっぱい塗っても罪悪感がない。
アルブムはそんなにいいの? みたいなキラキラした目を向けている。
「いっぱい食べてください。さあ、食べましょう」
『ウン、アリガト!』
安売りで買ったパンは硬くて、ちょっぴり切なくなる。
引っ越しでお金を使ったので、おいしいパンはお預けなのだ。
それでもアルブムは『オイシ~』と言いながら文句も言わずに食べていた。なんでもおいしく食べるのは才能だろう。羨ましい。
もうちょっとお仕事頑張ったら、おいしいものも食べさせてあげられるかな?
その後、アメリアに乗って出勤した。
ザラさんの家に寄ったけれど、朝、用事があるので先に行っていますという手紙が扉に貼り付けられていた。
つい先日、アメリアとアルブムの騎士章が届いた。アメリアは首から下げるペンダント状。アルブムは首輪に付いている。二人共、誇らしげだ。
妖精鞄のニクスが羨ましがり、パタパタと鞄の蓋を動かしていた。
あとで申請をしなければ。
動く鞄を見て、守衛騎士のお兄さんはぎょっとしていた。当然、止められる。
「おい、それはなんだ?」
「よ、妖精鞄です」
「確認させていただく」
まあ、別にいいけれど。
守衛室に通され、机の上にニクスを置く。アメリアは入れないので、心配そうに窓から覗いていた。首に巻いているアルブムは、呼び出しに緊張しているのか、ピクリとも動かない。
アルブムは騎士隊公認の妖精なので、心配しなくてもいいんだけどね。
すぐに、取り調べが開始される。騎士のお兄さんが緊張の面持ちで触れようとしたら――。
『優しく触ってねん』
「うわあ!!」
鞄の蓋をパタパタと動かしながら、ニクスが喋る。
騎士のお兄さんはびっくりし過ぎて、膝から崩れ落ちていた。大丈夫なのか。
「あの~」
「し、喋っ、鞄が」
「おい、どうした?」
守衛室に顔を覗かせたのは、強面の山賊! ではなくて、ルードティンク隊長だ。なんだか久しぶりな山賊感。不思議とホッとする。
そんなことはさておいて。どうかしたのかと訊ねられた。
「えっと、この妖精鞄なんですけれど」
「妖精鞄だあ?」
ニクスは隊長のほうを向いて、鞄の蓋をぺらっと開いて挨拶をする。
『よろしくねん』
「うわ、鞄が喋った!」
隊長も驚いたものの、騎士のお兄さんのように、膝の力が抜けるということはなかった模様。顔を顰め、怪しげな視線を向けている。
「おい、リスリス。これ、どうしたんだ?」
「先日、買い物中にちょっと事件に巻き込まれまして」
あとで報告するつもりだったけれど、訊ねられたので軽く説明した。
「――というわけでして」
「お前、なんでそんなことにばっか巻き込まれるんだよ」
「すみません」
それについては運のなさというか、巡り合わせが悪いというか。
とりあえず、妖精鞄ニクスについては、隊長に任せるということになった。
隊長がニクスを手に取ると、うにょうにょと変な動きをしている。
持ち続けることができず、手からつるりと落ちて行った。
「なんだこりゃ」
「さあ?」
拾い上げてやると、私の手の中では大人しくしている。
「契約者以外が持つと、嫌がるというわけか」
「な、なるほど」
隊長と共に、第二部隊の騎士舎のほうまで歩いて行く。
途中から、新築の建物が見えてきた。
「わっ、すごい」
「造り直しただけあるな」
最初は改築の予定だったけれど、思いの外建物自体が老朽化していたようで、新しく建て直すことになったらしい。
その全貌が、明らかとなる。
今までは執務室、休憩室、簡易台所があるだけの、古びた平屋建ての木造の建物だったけれど、今目の前にあるのは二階建ての立派な建物だ。
アメリアが入れるように、背の高い両開きの扉がある。天井も高いようで、一緒に過ごすための環境が整えられていた。
「アメリア、よかったですね。これで、一緒に過ごせますよ」
『クエエ~~』
アメリアは翼をバサァっと広げて喜んでいる。
顎の下をよしよしと撫でてあげた。
そういえば、ザラさんはどうしたのか。
考えていると、扉が開く。
『にゃ~~』
飛び出してきたのは――ブランシュ!?
まっさきに私のもとにやって来て、頭を撫でてとすり寄って来た。
しかし、力が強すぎて背後に倒れそうになる。
「うあっと!」
アメリアが咄嗟に私の背中に額を当てて、転倒を防いでくれた。
「こら、ブランシュ!」
ザラさんが慌てた表情で出て来る。
私達の前でうろうろするブランシュを捕獲し、持ち上げた。
おお、すごい、力持ち。
「ごめんなさい、メルちゃん。一緒に行けるって知った時から、この調子で……」
「今日はどうしたんですか?」
「あら、メルちゃんのところには幻獣保護局から封書が届いてなかった?」
「手紙? ……あ!」
そういえば、昨日の夕方に幻獣保護局から手紙が届いていた。
いつもの定期報告書の受領届かと思っていたのだ。
何か問題でもあったのか。ザラさんに聞いてみる。
「なんでも、とある貴族の家で、幻獣が誘拐された事件が起こったらしいの」
「ええっ!」
「それで、なるべく幻獣だけの留守番を避けるようにって連絡があって」
「そ、そうだったのですね」
なんでも、人に慣れた幻獣を誘拐して、他国に売り払っているらしい。
中でも、人慣れしやすい山猫などは大人気なんだとか。
「さすがに遠征は連れて行けないから、エヴァハルト夫人かリヒテンベルガー侯爵家に預けるしかないけれど」
「そうですね」
しかし、幻獣を盗むなんて、大変な事件が起きているものだ。
「幻獣保護局が中心になって動いているみたい」
「では、リーゼロッテはもしかしてそちらに?」
「いいえ、来ているわ。偉いわね。幻獣のことしか頭にない子だと思っていたけれど」
ここで、立ち話もなんだからと、隊長に中に入るように促された。