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鉄槌を!

 カイ・ハルトークが宿に行くのを確認してから一時間半ほど経っただろうか。

 再度、私達は宿屋を目指す。

 ベルリー副隊長はその宿を知っていた。どうやら、新人時代に警邏隊に所属していたようで、もめ事を仲裁しに行ったことがあるらしい。

 なので、私達の前を迷いのない足取りでズンズンと進んでいる。

 早足だったからか、先ほどよりも早く到着した。


「あそこの、二階の部屋に入って行きましたよ」


 ウルガスが二階の真ん中の部屋を指差す。入ってから、カーテンが閉ったのを確認していたらしい。

 まだ、カーテンは閉ざされている。他にたくさん部屋が空いているので、まだいるのだろう。


「しばらく、待ち伏せさせていただく。皆はどうする?」


 ここまで来たら、最後まで見届けたい。ウルガスやザラさんも同じ思いだった。


「すまない。では、後始末に付き合ってくれ」


 後始末って、なんだか物騒な響きだ。しかし、ベルリー副隊長なので、大変な事態は起こさないと思うけれど。


 二手にわかれることにした。

 ベルリー副隊長とウルガスは店の路地に。私とザラさんは店の向かい側にある木製の長椅子に。


「あ、ザラ。その胸の羽根飾りを借りてもいいか」

「ええ、いいけれど」


 ベルリー副隊長は羽根飾りを受け取ると、裏表と確認する。

 人差し指くらいの大きさで、オシャレな意匠だ。


「銀ではないな?」

「銀っぽいけれど、違うの。白銅製の安物だから」

「そうか。よかった。少し借りる」

「どうぞ」


 なんに使うのか。笑顔を浮かべるベルリー副隊長は妙に迫力があって、詳細は聞けない。ザラさんも尋ねなかったので、そのままにしておく。


 さっそく、二手にわかれる。

 私とザラさんは店の向かいに置いてある長椅子に座った。


「なんだか、大変なことに巻き込まれてしまったわね」

「でも、よかったです。結婚する前に判明して」

「そうだけど。せっかくの休日なのに」


 そうだ。こんなまとまった休みなんて滅多にないのに、ザラさんを付き合わせてしまって……。


「すみません」

「あ、違うの。私は暇だからいいんだけど、メルちゃんは引っ越ししたばかりでしょう? 買い物とかできてないんじゃないかと思って」

「うっ!」


 実は、そうなんです。食料すらないので、帰りに何か買って帰らなければ。二日連続で庭の草食べるとか、あんまりだろう。


「そうそう。あのね、私もエヴァハルト伯爵家の部屋を借りることになって」

「わっ! そうなんですか」


 ブランシュを迎えに行った時に、交渉したらしい。


「メルちゃん同様、無償でいいんですって」

「よかったです」

「まあ、そうだけど。メルちゃんは苦労して入居権を得たのに、あっさり住むことが決まっちゃって、悪いなって」

「ザラさんは今までの付き合いもあるので、信頼していたのでしょう」

「そうかしら?」

「そうですよ、きっと!」


 ザラさんと一緒に暮らせるなんて嬉しい。ブランシュも同居なので、伯爵邸が賑やかになりそうだ。


「部屋も、人が使わないとダメになるのよね」

「放置していたら、劣化に気付かなかったりもしますしね」


 立派なお屋敷なのに、もったいない。


「実は、エヴァハルト夫人に屋敷の管理と、ノワールの契約を引き継いでくれないかって、お願いされて」

「それはそれは」


 大変な話があったものだ。

 しかし、ノワールの契約とは?


「幻獣は基本的に契約者と共に生きて、共に死ぬんだけど、契約者が亡くなる前に契約の譲渡、もしくは解放ができるの」

「なんと!」


 ノワールも元々はエヴァハルト夫人の旦那さんと契約関係にあったらしい。しかし、亡くなる前に奥さんに契約が託されたんだとか。


「もちろん、そういう場合は幻獣側の承諾も必要になるから、あまり例は多くないんだけど」


 ところがどっこい、ノワールに次の契約者がザラさんでいいかと訊いたところ、『いいよ!』と言ったらしい。さすが、人懐っこい山猫イルベス。誰でも大歓迎な姿勢は相変わらずというか、なんというか。


「ありがたい話ではあるんだけど、ちょっとあのレベルのお屋敷を相続となると、税金も怖いのよね」

「確かに、そうですね」


 築百年らしいので、そこまで資産価値はないようだけど。貴族の邸宅なので、とんでもない額が請求されそうだ。


「その辺はご子息と話し合ってくれるみたい。純粋に管理するだけなら、悪くない話だけど」


 エヴァハルト夫人は田舎で静養したいと考えているとか。ノワールは将来のことを考えて、手放すらしい。


「ノワールを愛しているからこそ、きちんと将来について考えてくれているのよね」

「そうですね。良いご主人様です」


 私も、アメリアが幸せに暮らせるために、アレコレしたい思いはある。それと同じなのだろう。


「メルちゃんも、アメリアのために頑張ったわね」

「ありがとうございます」


 ザラさんに褒められて、嬉しくなる。

 アメリアについてはまだまだ課題は山のようにあるけれど、とりあえず一緒に住める家に迎えてもらえた。それだけで、幸せなことだろう。


「私、アメリアの帽子とか、鞄とか、作りたいなって思っていまして」

「いいわね。今度、布を選びに行きましょう」

「はい!」


 と、話が一段落したところで、カイ・ハルトーク側に動きが出る。なんと、半裸のカイ・ハルトークが、宿のカーテンを開いたのだ。

 すぐさま、ザラさんに目隠しをされる。


「あんな男の裸なんかを見たら、目が腐ってしまうわ」

「は、はあ、さようで」


 そんなことを言いつつも、ちょっとザラさんとの距離が近かったので、ドキッとしてしまった。一瞬、私の長い耳がザラさんの唇に触れてしまったので、変な声が出そうになった。まったく、心臓に悪いお兄さんだ。


 カイ・ハルトークはすぐにいなくなったようで、目隠しは外される。

 ザラさんはベルリー副隊長に合図を出したようだった。


 それから五分後、カイ・ハルトークが宿屋から出て来る。

 ザラさんはベルリー副隊長に目配せを送っていた。


 カイ・ハルトークは女性の肩を抱いている。女性は、ウットリとした瞳で見上げていた。

 なんていうか、生々しいな。あまり見ないようにした。

 視線を別のほうへ移す。

 ベルリー副隊長のいる路地の前を通り過ぎた瞬間、カイ・ハルトークは動きを止めた。


「メルちゃん、行くわよ」

「は、はい」


 ザラさんもベルリー副隊長のもとへ行くらしい。


「あら、カイ、どうしたの?」


 急に立ち止まったので、女性は心配して声をかけていた。

 カイ・ハルトークは、額に汗を浮かべて瞠目している。

 なぜかといえば、ベルリー副隊長が首筋にナイフを当てているから――否、ナイフではない。あれは、ザラさんが貸した白銅の羽根飾りである。

 しかし、カイ・ハルトークからは見えないので、ナイフを当てられているように思えるのだろう。


 ベルリー副隊長は低い声で話しかける。


「カイ・ハルトーク第一事務書記官。騎士隊法、第二十七条、三十二の事項を答えよ」


 ベルリー副隊長が問いただしているのは、騎士隊の信義誠実についての規則である。


「は、はあ?」

「言え。さもなくば……」


 ぐっと、羽根飾りが押し当てられたようだ。


「わ、わかった。騎士隊法、第二十七条、三十二の事項だな」


 さすがと言うべきか。カイ・ハルトークはきちんと暗記していたようだ。


「――騎士たるもの、私生活も含め、信義に従い、誠実な振る舞い、また生活を行わなければならない。違反した場合は、解雇、または、謹慎を命じる」


 騎士は私生活においても、民の模範となる暮らしを送らなければならないのだ。

 婚約者がいながら浮気をしたカイ・ハルトークは、民の模範とはいえない。なので、会議にかけられることになる。


「お、女遊びくらいで、その規則に抵触するわけないだろ――ギャッ!」


 羽根飾りがさらに強く押し当てられたのか、カイ・ハルトークは悲鳴を上げていた。

 しかも、攻撃の手は一ヵ所ではなかった。


「女遊びですって!?」


 カイ・ハルトークは、一緒にいた女性にも詰め寄られる。

 前後に挟まれた状態となり、絶体絶命となった。


 これは浮気かとベルリー副隊長が問いかけると、ヤケクソになったカイ・ハルトークはそうだと答える。

 女性側は知らなかったようで、怒り狂っていた。


「後ろにいるのはアンナか!?」

「他に誰がいる」

「お前、ナイフで脅して」

「ナイフではない」


 ようやく、ここでベルリー副隊長は離れた。

 振り返ったカイ・ハルトークは、首筋に押し当てられた羽根飾りを見て、絶句している。


「婚約は破棄させてもらう」

「あ……や、待て、これには、わ、わけが……」


 ベルリー副隊長はジロリと睨みつける。すると、相手は怯んで動けなくなった。


「何、あなた、婚約者がいたの!?」

「……え、いや、まあ」

「最低!!」


 女性から頬をバチンと叩かれる。勢いがすごかったからか、はたまたベルリー副隊長の睨みで足元が竦んでいたからか、転倒して転げ回った。女性はすぐさまこの場を去って行く。


 なんとも惨めな姿である。

 ベルリー副隊長を裏切るから、こうなったのだ。


 しかし、暴力沙汰にならなくて良かった。騎士隊法の信義誠実の決まりは、決して裏切れない。もしも、ベルリー副隊長が蹴りでも入れていたら、規則違反になる。

 勇ましい女性がカイ・ハルトークに鉄槌を下してくれた。

 痛い目にあったので、反省もするだろう。


 ザラさんはベルリー副隊長のもとに行き、肩を叩く。


「アンナ、今日は飲みましょう。私が奢るわ」

「まだ昼だが?」

「いいじゃない、たまには。メルちゃんとジュンも、一緒に行きましょう」

「あ、はい」

「了解です」


 ウルガスと私はすっかり傍観者となっていた。ザラさんの誘いに応じる。

 帰り道、誰もいない路地裏で、ベルリー副隊長はポツリと呟いた。


「私は、男を見る目がなかったな」

「そんなことないわよ。普通、男を見る目なんて、備わってはいけないものなんだから」


 たしかに、人が人を推し量ることなど、あってはならないことだろう。

 でも、だからといって相手を知らないまま信用するのも怖いし、その辺は難しい。


 その後、私達はザラさんの家に集まって、ベルリー副隊長を励ます会を行った。

 ザラさんと二人で料理を作って、お酒を飲んで、大いに盛り上がる。

 楽しかったし、ベルリー副隊長が笑顔を見せてくれるようになったので、よかったなと思った。


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