表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/412

ベルリー副隊長の決断

 アルブムは膝に置く。

 料理を持った給仕が通るたびに、ソワソワしていたけれど、襟巻が生きているとバレたら大変なので、大人しくしているようにと説き伏せる。

 変な動きをしたら、妖精鞄ニクスの中に入れるからと言ったら、本物の襟巻のように動かなくなった。


 その後、店の雰囲気に緊張していた上に、ベルリー副隊長のこともあったので、運ばれてきた食事を食べても味がわからなかった。

 せっかくの高級なお店なのに、もったいない。


「メルちゃん、ジュン、ちょっと見張っていてね」

「わかりました」

「了解です」


 ザラさんが席を外している間、カイ・ハルトークを監視する。

 お互いに食後の甘味をあ~んしたりなど、相変わらず、仲睦まじい様子を見せていた。


「リスリス衛生兵、あれは、完全に有罪クロですよね」

「残念ですが、そうみたいです」


 ウルガスは頭を抱えて唸る。事前に判明したことが、幸いなのか。

 問題は、ベルリー副隊長がどういう判断を下すのか、だ。

 そもそも、これは本人に言うべきなのかも、話し合わなければならない。

 ほどなくして、ザラさんが戻って来る。


「お待たせ」


 同時に、私達にも食後の甘味が運ばれてくる。ケーキだ。ホイップされたクリームに、可愛らしい苺が載っている。


「あの二人、どうだった?」

「あ~んとか、していました」

「こんな風に?」


 ザラさんより突然差し出される、フォークに刺さったケーキ。これは、もしかして、あ~んというやつでは!?


「えっと、はい、そうです。ですよね、ウルガス」

「はい。そのような動きをしていました」


 これは単なる動作確認だ。本当にあ~んをしていたわけではない。

 ホッとしたのも束の間、ザラさんはとんでもない一言を言ってくる。


「メルちゃん、どうぞ」

「へ!?」


 食べろというのか、この場で。

 視界の端にいるウルガスは、瞠目し、ぽかんと口を開けていた。私も、同じような表情をしていると思う。

 ザラさんはニコニコしながら、フォークを差し出していた。

 これは、お断りできない雰囲気だろう。仕方がない。

 私は膝にあったアルブムを両手で握りしめ、目の前にあったケーキを食べた。


「あ、おいしい!」


 生地はフワフワで、クリームは濃厚。苺の酸っぱさが全体の甘さを引き締めてくれる。とてもおいしいケーキだった。


「よかった」


 ザラさんはそう言って、私が使ったフォークでパクパクと食べ始める。

 あ~んされたことと相俟って、顔が熱くなってしまった。

 ウルガスはまだ硬直しているようだった。


「あの、ウルガス、あ~んしましょうか?」


 恥ずかしさを誤魔化すために、そんな提案をしてみたが、ウルガスは一瞬ザラさんのほうを見てから、ぶんぶんと首を横に振る。


「い、いいです!」

「ジュン、あ~んしてほしいのなら、私がしてあげるけれど」

「い、いいです!!」


 そういうのが恥ずかしいお年ごろらしい。私もだけど。


 もう、胸がいっぱいになってしまった。目の前のケーキは食べられないだろう。

 ここで、ハッと気付く。手のひらでアルブムを握りしめていたことに。

 川で獲れた水鯰ソームのように、私の手の中でうねうねと動いていた。その……すまぬ。

 お詫びとして、こっそりケーキをあげる。アルブムは目をキラキラと輝かせ、口の端にクリームを付けながら、嬉しそうに食べていた。


 と、ここで大変な事態となる。


「お客様?」

「ひゃい!」


 給仕係にアルブムにケーキを与えているのを、発見されてしまった。

 ど、ど、どうしよう。


「そちらは、愛玩動物でしょうか?」

「い、いえ……」


 困った状況になってしまった。アルブムは自主的に妖精鞄の中へと入って行く。


「そのイタチ、リヒテンベルガー侯爵と契約している子だから。彼女はご子女のリーゼロッテと同僚で、その縁で預かっているの」


 私はザラさんの言葉に、コクコクと頷いた。


「なんと! それは気付かず……」

「気になるんだったら、ここのオーナー呼んで。その伝手で、問い合わせできるから」

「い、いえ」


 念のため、幻獣保護協会の許可証を見せたら、それ以上追及しなかった。

 一応、幻獣を連れ込む時は、受付で申請してくれと言われたくらいで。


 ザラさんにお礼を言おうとしたら、カイ・ハルトークと連れの女性が立ち上がる。


「私達も行きましょう」

「あ、はい」


 慌てて、あとを追うことになった。

 距離を取った状態で廊下を進む。カイ・ハルトークは会計を済ませていた。

 なんと、ザラさんは席を外した時にお金を支払ってくれていたようだ。なので、そのまま外に出て、待ち構える。


「ザラさん、ごちそうさまでした。それから、アルブムのことでも助けていただいて」

「いいのよ」


 うう……。ザラさんには借りを作ってばかりだ。恩返しをしたいけれど。これについては、またあとで考えよう。今は、尾行に集中しなければ。


 その後、カイ・ハルトークは女性を伴って出て来る。ここから先の追跡はあまりしたくないけれど、確実な証拠を掴まなければ。


 恋人同士のように寄り添う二人は、細い路地を通り抜け、宿屋街のほうへと向かって行く。ついに、ヤバい感じになってきた。

 そして――。


「ああ……」

「な、なんてことだ……」

「証拠は揃ったわね」


 カイ・ハルトークは、女性と共に宿屋に入って行ってしまった。

 私達は踵を返し、トボトボと道を歩いて行く。


「いったい、どうすれば……」


 ウルガスが気落ちしたように呟く。


「アンナに話をしに行きましょう。見なかった振りはできないわ」

「でも、言っていいのか、悪いのか……」

「まず、話を聞いたほうがいいでしょう。相手についてどう思っているか、確認しなきゃ」

「で、ですよね」


 さすがザラさん。判断が早い。私とウルガスだったら、アワアワと迷って悩んで、すぐに答えは出せなかったのかもしれない。


 ベルリー副隊長の家はザラさんの家のご近所さんらしい。そのまま向かうことになった。


 ◇◇◇


 市場を抜け、中央街を通り、住宅街へと進む。

 ザラさんの家の前を通り過ぎたあと、十五分くらい歩いた先にベルリー副隊長の家があった。

 ザラさんのように、細長い一軒家を借りているようだ。


「アンナ、アンナいる?」


 ドンドンドンと、ザラさんが扉を叩いた。

 すぐに、ベルリー副隊長は家から出て来る。


「どうしたんだ、皆、揃って?」


 ベルリー副隊長は白いシャツにズボンの姿でひょっこりと顔を覗かせる。訪問した私達を見て、驚いていた。


「ちょっと話したいことがあるの? 上がっても良い? 私の家でもいいけれど」

「いや、構わない」


 突然やって来た私達を、ベルリー副隊長は迎えてくれた。


 初めて上がらせていただくベルリー副隊長のご自宅。

 ほとんど物がなくて、殺風景だ。なんというか、男性の独り暮らしみたいな。

 女性らしい、レースとか、ぬいぐるみとか、そういった類の物はいっさいない。

 通された居間には、壁に剣が飾られていたり、騎士隊の旗が飾られていたり。外套かけには、ベルリー副隊長の装備一式である、ベルトや双剣がぶら下がっていた。

 私とウルガスにはホットミルク、ザラさんにはお茶が運ばれてくる。

 妖精鞄からアルブムがひょっこり顔を出すと、ベルリー副隊長はクスリと微笑み、皿に入れたミルクを持って来てくれた。

 床に置かれたミルクを、アルブムは喜んで飲んでいる。

 こんな風にしていたら、ペットのイタチにしか見えなかった。


「ベルリー副隊長、アルブムの分まで、ありがとうございます」

「いや、気にしないでくれ」


 アルブムまでもてなしてくれるなんて。

 と、対応に感動している場合ではない。本題に移らなければ。


 カイ・ハルトークについて、ザラさんが話をする。まず、どう思っているか質問していた。


「どうもこうも、上司に勧められたものだから。愛情は、結婚してから育つだろうと」


 なるほど。まだ、ベルリー副隊長は相手について特別な感情は抱いていないらしい。

 だったらと、ザラさんは今日見たことを報告した。


 ベルリー副隊長の顔は、だんだんと強張っていく。


「――なるほど」


 お茶を一口飲んで、ベルリー副隊長は話し始める。


「彼については、噂を聞いていた。だが、あくまでも噂だったので、信じていなかった」


 数ヶ月前に決まった婚約であったが、ベルリー副隊長はカイ・ハルトークと休日が合わずに、一ヶ月に一回、会うか会わないかだったらしい。


「私と会う時は、上司が紹介してくれた通り、真面目で、誠実だったよ」


 しかし、カイ・ハルトークはベルリー副隊長を裏切った。


 ベルリー副隊長は無言で立ち上がると、外套かけに吊るしてあったベルトを腰に巻き、双剣をホルスターに差した。ポケットに入れていた革手袋を嵌め、黒い外套を着込む。

 ここまで一分かかるか、かからないか。


 ベルリー副隊長は私達に向かって言った。


「さて、カイ・ハルトークの滞在する宿屋まで行こうか」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ