ベルリー副隊長の決断
アルブムは膝に置く。
料理を持った給仕が通るたびに、ソワソワしていたけれど、襟巻が生きているとバレたら大変なので、大人しくしているようにと説き伏せる。
変な動きをしたら、妖精鞄ニクスの中に入れるからと言ったら、本物の襟巻のように動かなくなった。
その後、店の雰囲気に緊張していた上に、ベルリー副隊長のこともあったので、運ばれてきた食事を食べても味がわからなかった。
せっかくの高級なお店なのに、もったいない。
「メルちゃん、ジュン、ちょっと見張っていてね」
「わかりました」
「了解です」
ザラさんが席を外している間、カイ・ハルトークを監視する。
お互いに食後の甘味をあ~んしたりなど、相変わらず、仲睦まじい様子を見せていた。
「リスリス衛生兵、あれは、完全に有罪ですよね」
「残念ですが、そうみたいです」
ウルガスは頭を抱えて唸る。事前に判明したことが、幸いなのか。
問題は、ベルリー副隊長がどういう判断を下すのか、だ。
そもそも、これは本人に言うべきなのかも、話し合わなければならない。
ほどなくして、ザラさんが戻って来る。
「お待たせ」
同時に、私達にも食後の甘味が運ばれてくる。ケーキだ。ホイップされたクリームに、可愛らしい苺が載っている。
「あの二人、どうだった?」
「あ~んとか、していました」
「こんな風に?」
ザラさんより突然差し出される、フォークに刺さったケーキ。これは、もしかして、あ~んというやつでは!?
「えっと、はい、そうです。ですよね、ウルガス」
「はい。そのような動きをしていました」
これは単なる動作確認だ。本当にあ~んをしていたわけではない。
ホッとしたのも束の間、ザラさんはとんでもない一言を言ってくる。
「メルちゃん、どうぞ」
「へ!?」
食べろというのか、この場で。
視界の端にいるウルガスは、瞠目し、ぽかんと口を開けていた。私も、同じような表情をしていると思う。
ザラさんはニコニコしながら、フォークを差し出していた。
これは、お断りできない雰囲気だろう。仕方がない。
私は膝にあったアルブムを両手で握りしめ、目の前にあったケーキを食べた。
「あ、おいしい!」
生地はフワフワで、クリームは濃厚。苺の酸っぱさが全体の甘さを引き締めてくれる。とてもおいしいケーキだった。
「よかった」
ザラさんはそう言って、私が使ったフォークでパクパクと食べ始める。
あ~んされたことと相俟って、顔が熱くなってしまった。
ウルガスはまだ硬直しているようだった。
「あの、ウルガス、あ~んしましょうか?」
恥ずかしさを誤魔化すために、そんな提案をしてみたが、ウルガスは一瞬ザラさんのほうを見てから、ぶんぶんと首を横に振る。
「い、いいです!」
「ジュン、あ~んしてほしいのなら、私がしてあげるけれど」
「い、いいです!!」
そういうのが恥ずかしいお年ごろらしい。私もだけど。
もう、胸がいっぱいになってしまった。目の前のケーキは食べられないだろう。
ここで、ハッと気付く。手のひらでアルブムを握りしめていたことに。
川で獲れた水鯰のように、私の手の中でうねうねと動いていた。その……すまぬ。
お詫びとして、こっそりケーキをあげる。アルブムは目をキラキラと輝かせ、口の端にクリームを付けながら、嬉しそうに食べていた。
と、ここで大変な事態となる。
「お客様?」
「ひゃい!」
給仕係にアルブムにケーキを与えているのを、発見されてしまった。
ど、ど、どうしよう。
「そちらは、愛玩動物でしょうか?」
「い、いえ……」
困った状況になってしまった。アルブムは自主的に妖精鞄の中へと入って行く。
「そのイタチ、リヒテンベルガー侯爵と契約している子だから。彼女はご子女のリーゼロッテと同僚で、その縁で預かっているの」
私はザラさんの言葉に、コクコクと頷いた。
「なんと! それは気付かず……」
「気になるんだったら、ここのオーナー呼んで。その伝手で、問い合わせできるから」
「い、いえ」
念のため、幻獣保護協会の許可証を見せたら、それ以上追及しなかった。
一応、幻獣を連れ込む時は、受付で申請してくれと言われたくらいで。
ザラさんにお礼を言おうとしたら、カイ・ハルトークと連れの女性が立ち上がる。
「私達も行きましょう」
「あ、はい」
慌てて、あとを追うことになった。
距離を取った状態で廊下を進む。カイ・ハルトークは会計を済ませていた。
なんと、ザラさんは席を外した時にお金を支払ってくれていたようだ。なので、そのまま外に出て、待ち構える。
「ザラさん、ごちそうさまでした。それから、アルブムのことでも助けていただいて」
「いいのよ」
うう……。ザラさんには借りを作ってばかりだ。恩返しをしたいけれど。これについては、またあとで考えよう。今は、尾行に集中しなければ。
その後、カイ・ハルトークは女性を伴って出て来る。ここから先の追跡はあまりしたくないけれど、確実な証拠を掴まなければ。
恋人同士のように寄り添う二人は、細い路地を通り抜け、宿屋街のほうへと向かって行く。ついに、ヤバい感じになってきた。
そして――。
「ああ……」
「な、なんてことだ……」
「証拠は揃ったわね」
カイ・ハルトークは、女性と共に宿屋に入って行ってしまった。
私達は踵を返し、トボトボと道を歩いて行く。
「いったい、どうすれば……」
ウルガスが気落ちしたように呟く。
「アンナに話をしに行きましょう。見なかった振りはできないわ」
「でも、言っていいのか、悪いのか……」
「まず、話を聞いたほうがいいでしょう。相手についてどう思っているか、確認しなきゃ」
「で、ですよね」
さすがザラさん。判断が早い。私とウルガスだったら、アワアワと迷って悩んで、すぐに答えは出せなかったのかもしれない。
ベルリー副隊長の家はザラさんの家のご近所さんらしい。そのまま向かうことになった。
◇◇◇
市場を抜け、中央街を通り、住宅街へと進む。
ザラさんの家の前を通り過ぎたあと、十五分くらい歩いた先にベルリー副隊長の家があった。
ザラさんのように、細長い一軒家を借りているようだ。
「アンナ、アンナいる?」
ドンドンドンと、ザラさんが扉を叩いた。
すぐに、ベルリー副隊長は家から出て来る。
「どうしたんだ、皆、揃って?」
ベルリー副隊長は白いシャツにズボンの姿でひょっこりと顔を覗かせる。訪問した私達を見て、驚いていた。
「ちょっと話したいことがあるの? 上がっても良い? 私の家でもいいけれど」
「いや、構わない」
突然やって来た私達を、ベルリー副隊長は迎えてくれた。
初めて上がらせていただくベルリー副隊長のご自宅。
ほとんど物がなくて、殺風景だ。なんというか、男性の独り暮らしみたいな。
女性らしい、レースとか、ぬいぐるみとか、そういった類の物はいっさいない。
通された居間には、壁に剣が飾られていたり、騎士隊の旗が飾られていたり。外套かけには、ベルリー副隊長の装備一式である、ベルトや双剣がぶら下がっていた。
私とウルガスにはホットミルク、ザラさんにはお茶が運ばれてくる。
妖精鞄からアルブムがひょっこり顔を出すと、ベルリー副隊長はクスリと微笑み、皿に入れたミルクを持って来てくれた。
床に置かれたミルクを、アルブムは喜んで飲んでいる。
こんな風にしていたら、ペットのイタチにしか見えなかった。
「ベルリー副隊長、アルブムの分まで、ありがとうございます」
「いや、気にしないでくれ」
アルブムまでもてなしてくれるなんて。
と、対応に感動している場合ではない。本題に移らなければ。
カイ・ハルトークについて、ザラさんが話をする。まず、どう思っているか質問していた。
「どうもこうも、上司に勧められたものだから。愛情は、結婚してから育つだろうと」
なるほど。まだ、ベルリー副隊長は相手について特別な感情は抱いていないらしい。
だったらと、ザラさんは今日見たことを報告した。
ベルリー副隊長の顔は、だんだんと強張っていく。
「――なるほど」
お茶を一口飲んで、ベルリー副隊長は話し始める。
「彼については、噂を聞いていた。だが、あくまでも噂だったので、信じていなかった」
数ヶ月前に決まった婚約であったが、ベルリー副隊長はカイ・ハルトークと休日が合わずに、一ヶ月に一回、会うか会わないかだったらしい。
「私と会う時は、上司が紹介してくれた通り、真面目で、誠実だったよ」
しかし、カイ・ハルトークはベルリー副隊長を裏切った。
ベルリー副隊長は無言で立ち上がると、外套かけに吊るしてあったベルトを腰に巻き、双剣をホルスターに差した。ポケットに入れていた革手袋を嵌め、黒い外套を着込む。
ここまで一分かかるか、かからないか。
ベルリー副隊長は私達に向かって言った。
「さて、カイ・ハルトークの滞在する宿屋まで行こうか」