カイ・ハルトークを追って
ベルリー副隊長の婚約者を追跡中、うっかりザラさんに見つかってしまう。
なんて間抜けなウルガスと私。
せめて、ちょっとした変装だけでもしてくればよかったのに。
ザラさんは目を細め、訝しむような視線を向けていた。
ここは騎士の給料では気軽に来ることができない店が並ぶ通りだ。薄給の私達がいるのは、おかしな話だろう。
どう説明するのか。ちらりとウルガスの横顔を見る。眉尻を下げ、額に玉の汗が浮かんでいた。
ダメだ。「どうしましょう、リスリス衛生兵」って顔をしている。ザラさんが怖いのか。
……あ、いや、今日のザラさんはちょっと怖い顔をしている。ウルガスを睨むように、じっと見ていた。
正直に言ってもいいものか。
噂の真相を確認している最中なので、あまり広げないほうがいいんだろうけれど。
ベルリー副隊長の私生活に絡むことである。やっぱり、言わないほうがいい。
ザラさんには悪いけれど、なんとか誤魔化して――。
「もしかして、デート?」
「ち、違います!!」
慌てて否定したあと、ハッとなる。
そうだ、デートって言えばよかったのだ。でも、ザラさんにウルガスとそんな仲だと勘違いされたら困る。
具体的にどう困るかはわからないけれど、とにかく嫌だと思った。
「デートじゃなかったら、メルちゃんとジュンはどうしてこんなところに?」
任務かと訊かれるが、違うと首を振る。
自分達の都合に騎士の職務を利用するなど絶対に許されないことだろう。それだけは、はっきり否定しておいた。
「だったら何をしに、ここへ?」
「そ、それは」
先ほどから、お金持ちそうな男女ばかり通っていた。
私達には十年ほど早い場所なのだろう。
どうやってザラさんの追及から逃れようか。考えるけれど、頭の中が真っ白で、何も浮かばない。
「あの、リスリス衛生兵は悪くないんです。俺が、巻き込んでしまって……」
「どういうことなの?」
ウルガスが説明をする。結局、隠しごとはできずに、洗いざらい話をすることになった。
「なるほどね。確かに、彼のよくない噂は聞いたことあるわ」
ザラさんは以前、隣国に嫁いで行ったお姫様の近衛騎士をしていた。女性騎士の多い職場だったので、その手の噂はよく聞いていたらしい。
「アートさん、そこでベルリー副隊長と出会ったんですよね」
「ええ、そうなの。その当時、アンナにはずいぶんと親切にしてもらったわ」
ザラさんはまず精鋭部隊に所属し、あとから隊長が入って来たとか。そのあと、精鋭部隊からベルリー副隊長のいた近衛部隊に転属になったらしい。
「ザラさんとベルリー副隊長、隊長はそういう風に繋がっていたんですね」
「ええ、そうなの」
三人はザラさんが第二部隊に配属してくる前から親しい雰囲気があった。
「俺は街の食堂で働いている時に、アートさんと出会ったんですよね」
「ええ、そう。出会った頃のジュンは初々しくて、すごく可愛かったわ」
ウルガスは照れた表情を浮かべつつも、嬉しそうにしている。
こういう、彼の素直なところは私も可愛いなと思う。普通、これくらいの年ごろの少年は反抗期で、ひねくれているし。
「立ち話もなんだし、そこの店に入りましょう」
「え!?」
「そ、それは!」
ザラさんが指さしたのは、高級感漂うレストランだった。白亜の壁に、重厚なオーク材の扉。小さく店名が書かれた看板が屋根から吊るされて揺れている。
所持金がそこまで多くない私は、額に汗を浮かべる。ウルガスも緊張の面持ちで店を凝視していた。
こうなったらと、正直な気持ちを伝えた。
「あの、私とウルガスは、あまり手持ちがなくて」
ごめんと思いつつ、ウルガスも巻き込む。ちらりと横目で見たら、コクコクと頷いていた。やはり、手持ちのお金はそこまで持ってないらしい。
そんな私達に、ザラさんは爽やかに微笑みかけながら、さらりととんでもないことを口にした。
「奢ってあげるわ。ちょっと早いけれど、お昼にしましょう」
そんな、悪いし……と、ウルガスと顔を見合わせていると、ザラさんより耳寄りな情報がもたらされた。
「さっき、カイ・ハルトークが入って行ったの」
「え!?」
「な、なんと!」
私達がお店に背を向けてザラさんと話をしている間に、カイ・ハルトークはレストランに入店したらしい。なんてこった。
「ザラさん、カイ・ハルトークのことを知っていたんですね」
「ええ。彼、人事部の人だから」
一度、退職しようとしていたザラさんを引き留め、休職扱いにするように勧めたのはカイ・ハルトークだったらしい。
「騎士って、出戻りが多いみたい。だから、休職のほうが絶対に良いって言ってくれて」
「な、なるほど」
「彼の予想どおり出戻りしてからも、手続きとか、素早くしてくれて。良くしてもらったのよね。だから、アンナの結婚を聞いて、良かったなって思っていたんだけど――」
やはり、ウルガスから聞いていたとおり、仕事はできる奴らしい。
女癖さえ良くなれば、言うことなしだろう。
「とにかく、中へ入りましょう。待ち合わせをしていたのがアンナなら、ひと安心だし」
「そう、ですね」
ドキドキする。どうか、ベルリー副隊長でありますように。神様に祈りながら店内へと入って行った。
中は天井が高くて、開放感がある。吊り下げられたシャンデリアが、眩いほどに輝いていた。床には真っ赤な絨毯が敷かれていて、ウルガスと私は揃って緊張してしまう。
やはり、私達には早すぎる高級店だった。
受付に「幻獣以外の愛玩動物の持ち込みは禁止させていただきます」の表示があったけれど、アルブムは襟巻に見えたからか、咎められなかった。
正装姿の男性がやって来て、案内してくれた。
ドレス姿の女性を連れた男性とすれ違う。私の私服、よくお店のドレスコードに引っかからなかったな。ウルガスのラフな私服もだけど。
「メルちゃん、ジュン、気にしなくてもいいわ。ここ、知り合いの店だから」
「そ、そうなんですか?」
「アートさん、顔広いんですね」
「幻獣絡みのお店なの」
「ああ、なるほど」
幻獣保護局の局員が経営しているお店らしい。世界中から幻獣愛好家が集まるんだとか。それだけでなく、料理もおいしくて、王都でも人気のお店らしい。
今日はブランシュをモデルにした看板を作ったようで、絵柄の確認に来ようとしていたとのこと。
「幻獣を連れていたら、半額以下なの」
「そうなんですね」
残念ながら今日はアメリアを連れてきていない。妖精のアルブムとニクスはいるけれど。
案内された先は、広いフロアだった。正装姿の男女が食事を楽しんでいる。
席に導かれ、給仕係は椅子を引いてくれる。
ザラさんが何か頼むと、会釈をしていなくなった。
「適当にオススメメニューを頼んでおいたわ」
「ザラさん、ありがとうございます」
「助かります」
ホッとしたのも束の間。給仕係が水を持って来てくれた。
なんと、クリスタルのグラスである。シャンデリアの光を受けて、これでもかとキラキラ輝いていた。
水を飲んだウルガスは、「水、おいしい」と呟いていた。
水は水だろうと思って私も飲んだら――。
「水、おいしい」
ウルガスと同じことを呟いていた。なんだろう。冷たくって、柑橘の風味があって、すごくおいしい水だった。
これを遠征に持っていけないだろうか。作り方が気になる。
意識が違う方へ傾いているところで、ザラさんが話しかけてくる。
「メルちゃん、ジュン、あれ」
ザラさんが顎で示した先には、カイ・ハルトークがいた。
向かいに座っていたのは、ベルリー副隊長――。
「ではない、ですね」
金髪碧眼の、美人なお姉さんだった。
落胆してしまう。
女性はカイ・ハルトークより花束と贈り物を貰い、嬉しそうに微笑んでいた。
家族には見えない。
親しい知人にも。
あの甘い雰囲気は、恋人同士だろう。
酷い。ベルリー副隊長という人がいながら、他の女性に懸想するなんて。
しかし、これは私の見解だろう。ザラさんにはどういう風に見えるか、聞いてみた。
「あれは――そうね。言いにくいことだけど、男女の仲だと思うわ」
「そ、そんな」
しかし、これだけでは判断材料に乏しい。
とりあえず食事を済ませて、追跡を続けることにした。