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ウルガスの悩み

 客間に移動すると、居心地悪そうに座るウルガスの姿があった。黒い詰襟の上着に同色のズボン、茶色のブーツと、私服姿だ。仕事は関係ないらしい。いったい、どうしたのか。


「ウルガス?」

「リスリス衛生兵」


 立ち上がり、ペコリと頭を下げてくる。


「すみません、休暇中に押しかけてしまい」

「いいえ、いいですよ」


 ウルガスはとにかくそわそわしている。急なので、お茶も用意できなかった。仕方がないので、アルブムでも触って落ち着いてほしい。膝の上に置いてみた。


「それで、どうかしたのですか?」

「それが――」


 ウルガスはアルブムをもふもふと撫でながら話し始める。


「こ、こんなことをリスリス衛生兵に相談するのは、と思ったのですが」

「いいですよ。私とウルガスの仲じゃないですか」


 入隊時より、ウルガスのことは弟のように接してきた。騎士としては、先輩だけど。

 悩みがあるのならば、なんでも相談してほしい。


「ありがとうございます」


 ウルガスはアルブムを撫でる速度を速め、深呼吸していた。

 今一度、大きく息を吐いてから、話し始める。


「実は――ベルリー副隊長のことなんです」

「ベルリー副隊長、ですか?」


 ウルガスは神妙な面持ちで頷いた。

 ベルリー副隊長とは、また、意外な人の名前が出てくる。

 いったい何があったのか。ベルリー副隊長といえば、とにかく真面目な人で、悩みになるようなことなどないと思ったけれど?

 まずは、話を聞いてみる。


「婚約したって話を前に聞きましたよね?」

「あ、はい」

「その相手が、あまり良い噂を聞かなくて」

「ええ~~」


 ベルリー副隊長のお相手は、騎士隊エノクで文官をしているらしい。共通の知り合いの紹介で、お見合いをすることになり、そのまま結婚を決めたらしい、と。


「恋愛結婚ではなかったのですね」

「そうみたいです」


 紹介してくれた人は、ベルリー副隊長の恩師だったようだ。その相手を信じて、会ったその日に結婚を決意したと以前ウルガスに語っていたとのこと。


「それにしても、ベルリー副隊長、そうだったのですね……」

「騎士は不規則な生活の人も多いですし、出会いが少ないので、こういう風に恩師や上司の紹介で結婚することが多いみたいです」

「なるほど」


 私も、隊長が結婚相手を見繕ってくれるのだろうか?

 強面の騎士を紹介されたらどうしよう。地味に嫌かもしれない。威圧感のある人とは、心穏やかな生活を送ることは難しいだろう。

 私は、結婚するなら優しい人がいい。一緒に料理したり、裁縫をしたり……。


「――ハッ!」


 一瞬、ザラさんの顔が浮かんで、ぶんぶんと首を横に振った。

 びっくりした。


「リスリス衛生兵、どうかしました?」

「い、いいえ、なんでもないです。なんでも!」


 そう、ベルリー副隊長の話を聞かなければ。集中、集中!


「カイ・ハルトークという男なんですが、その、女遊びが酷いようで」

「うわ~~」


 勤務態度は至極真面目らしい。なので、職場での評判はすこぶる良い。

 けれど、私生活は女性をとっかえひっかえして、遊びほうけているらしい。

 しかも、それはベルリー副隊長と婚約してからも続いていたとか。


「リスリス衛生兵、その、まだ、結婚していないから、そういうことは許されるのでしょうか?」


 ウルガスはそれがわからなくて、訊きに来たようだ。

 答えは一つしかない。


「そんなの、間違っていますよ。婚約を結んだら、ベルリー副隊長一筋になるべきです」

「で、ですよね?」

「はい」


 ウルガスは下町の食堂で噂話を聞いて、心配になっていたらしい。なんて、ベルリー副隊長想いの良い子なのか。


 今日、カイ・ハルトークは休日らしい。なので、噂が本当なのか、確かめたいのだとウルガスは話す。

 もしも、ベルリー副隊長と会うのならば、上手くいっているか確認したいとも。


「ですが、完全に私生活のことですし、俺が首を突っ込んで良いものか……」

「大丈夫です。私も行きます」

「え?」

「カイ・ハルトークを、尾行しましょう」


 ベルリー副隊長が結婚して不幸になるなんて嫌だ。だから、心の傷が大きくなる前に、防げるものなら防ぎたい。


「リスリス衛生兵……ありがとうございます」

「お礼は任務が成功してから言ってください」

「はい!」


 と、いうわけで、私はウルガスと共に、街に繰り出すことになった。

 アメリアがいたら目立つので、お留守番してもらうことになった。


『クエクエ、クエクエクエ、クエクエ、クエクエクエ、クエ……』


 アメリアより長々と、外出時の注意を受ける。

 まず、知らない人についていってはいけない、地面に落ちているお菓子は食べてはいけない、賑やかな場所には近づかない、目立たないように人混みでは頭巾を被ることなどなど。

 まるで、幼い子どもを心配する母親のようだ。


「今日はウルガスがいるから大丈夫ですよ」

『クエ~~』


 ウルガスか~~、みたいな反応。一応男の子だし、私一人よりは危なくないだろう。


 妖精鞄ニクスを肩から提げ、アルブムは首に巻く。これで準備完了。


「よし、準備完了!」


 私のかけ声に反応して、ニクスが口をパクパクとさせる。


「うわっ! 鞄が動いた!」


 妖精鞄ニクスを見て、ウルガスが驚く。そういえば、ご紹介をしていなかった。


「ウルガス、これは妖精です。昨日、ちょっと事件がありまして」


 軽く、昨日の出来事を語る。


「それはまた……大変でしたね」


 同情してくれた。ウルガス、良い奴。

 そんなことはさておいて、さっそく出かけることに。アメリアが玄関まで見送ってくれた。


「じゃ、アメリア、行ってきますね」

『クエ』


 首に腕を回して、ぎゅっと抱擁し、出かける。

 ウルガスは馬で来ていたようで、乗せてもらった。


 まず、騎士隊の独身寮の前で待ち伏せする。ウルガスは馬を厩に預けに行って、すぐに戻って来た。


「あいつ、来ました?」

「いいえ、まだです」


 カイ・ハルトークは背がひょろりと高く、眼鏡をかけたいけ好かない外見をしているらしい。それらしい男の人は出てこなかった。


 しばらく、独身寮の出入り口を木の陰から睨みつける。

 ウルガスはまだ、朝食を食べていなかったようで、木の実パンを食べ始める。私とアルブム、ニクスの分まで用意してくれた。私はあとで食べようと思い、鞄にしまう。ニクスはモグモグと食べているようだった。私のパンとの区別はついているらしいけれど、構造が謎過ぎる。

 アルブムは喜んで食べていた。パン屑は私に落とさないでくれよと、注意する。

 三十分後、カイ・ハルトークらしき特徴の男の人が出て来た。


「ウルガス、あれは」

「はい、あいつです」


 私達には気付かず、街のほうへと向かう。

 少し距離を置いた状態で、あとを追った。


 カイ・ハルトークは市場のほうへと向かっているようだった。

 途中で花を買っていた。真っ赤な薔薇だ。


「薔薇、ですか」


 花言葉は「あなたのことを愛しています」。

 渡す相手がベルリー副隊長だったらいいんだけど。でも、女遊びを繰り返しているとしたら、微妙か。


 さらに尾行する。


 市場を抜けて、商店街のほうへと向かう。またしても、カイ・ハルトークは寄り道をするようだ。入って行ったのは、宝飾店。店に近付き、中の様子を窺う。

 ガラスケースを覗き込んで指で示したら、店員が商品を出す。取り出されたのは、真珠の首飾り。

 真珠は愛の象徴とも言われている。女性はもらったら嬉しいだろう。


 買った品物から、今から会うのは好意を寄せている相手だということは確実なものとなった。


 カイ・ハルトークは店から出て来た。案外早かったので、隠れる暇がなかった。慌てた私とウルガスは、ショーウインドーの指輪を見ている振りをした。きっと、デート中の男女に見えたに違いない。

 カイ・ハルトークはこちらを一瞥することなく、道を歩いてく。


「あ、危なかった」

「ですね」


 安堵の息を吐く。


 気を取り直して、尾行を続ける。

 向かう先は、高級なレストランなどがある通りだ。


「男が女性を誘う場合、こういうところには、本命の人しか呼ばないはずです」

「そ、そうなんですね」


 いったい、誰と待ち合わせているのか。ドキドキしながあとを追跡しようとしていたら、背後より声をかけられる。


「――あら、メルちゃん? やだ、ジュンまで」


 聞き覚えのある声だった。振り返ると、そこにいたのは――。


「ザ、ザラさん」

「あ、アートさん」


 そこには、私服姿のザラさんがいた。まんまるとした目で、私とウルガスを見ている。


「二人で、何をしているの?」


 問いかけられたが、ウルガスと私は、すぐに答えることができず、視線を宙に彷徨わせた。


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