庭の恵みで朝食を
朝。眩しさを覚え、目を覚ます。
「――ウッ!」
カーテンを綺麗に閉めていなかったので、朝日が顔面に直接当たっていた。昨日は疲れていて、カーテンを閉める元気すらなかったようだ。
今日も休みである。まだ眠たい。
薄っすら開けていた瞼を閉じ、寝返りを打つ。
もっふり。
羽毛のやわらかさに触れる。アメリアが隣で眠っていた。
逆方向に寝返りを打つ。
もっふり。
もう片方もなめらかな毛皮のもふもふ……もふもふ!?
広範囲にわたるもふもふだったので、アルブムではない。一気に目が覚める。
瞼を開くと、目の前にあったのは、黒い毛並み。
「ノ、ノワール!」
なんと、エヴァハルト夫人の愛猫、ノワールが丸くなって私の隣に眠っていたのだ。
いったいなぜ!?
そういえば、アルブムがいない。寝台から吊るされていた天蓋で作ってやった巣は空だった。床の上にもおらず、寝台の下にもいなかった。
「アルブム、どこにいるのですか!?」
名を呼んでみると、返事があった。
『ムニャ~~』
声が近い。
私は眉を顰めながら、枕を動かした。すると、アルブムが丸くなって寝ていた。
……石の下にいる虫かよ。
まあ、いい。
ぐっと背伸びをする。一晩眠ったら、だいぶ元気になった。
寝間着を脱いで、青いワンピースに着替え、髪を結ぶ。
顔を洗って、歯を磨いた。
アメリアは起きていた。首にリボンを結んでほしいと、嘴に銜えて持って来る。
ここで思い出す。アメリアにも帽子とか鞄とか作ってあげたいのに、まったく手を付けていない。
「ごめんなさい。なかなか時間が取れなくて」
『クエクエ』
アメリアは「いつでもいいのよ」と言ってくれた。なんて優しい娘なのか。
私の育て方が良かったのだろう。なんて。
リボンを結んであげたら、全身鏡の前に行って確認していた。
嘴でちょいちょいとリボンの位置を調整している。オシャレさんだな。
ノワールとアルブムはまだ寝ていた。
私はダンゴ虫のように丸くなっているアルブムを叩き起こす。
「アルブム、起きてください。アルブム」
まったく起きない。丸くなっていた体をびよ~んと伸ばしてみたりもしたが、効果はなかった。
「庭に薬草を採りに行きたいんです。一緒に行きましょうよ」
あまり手入れがなされていないエヴァハルト伯爵家の庭は草が縦横無尽に生えている。
森の中よりも、薬草を見つけることは困難だろう。なので、アルブムの手が必要だった。
「お昼か夜にパンケーキを作ってあげますから」
『ハッ、パンケーキ!!』
何をしても起きなかったアルブムが、ハッと目覚める。やはり、食べ物を絡めないと起きないようだ。
「おはようございます、アルブム」
『オハヨ』
「庭に薬草摘みに行きませんか?」
『イイヨ』
薬草を集める籠はないので、妖精鞄のニクスを提げて庭に出る。
ちょっと肌寒い朝なので、アルブムを首に巻いた。起きたばかりなので、ホカホカなのだ。
女神が壺を持った像がある噴水に、小さな橋がかけられた池、数十品種はありそうな薔薇の苗に、白い石を埋め込んで造った広大な花壇――エヴァハルト伯爵家自慢の庭園であるが、世話をする人がいないので、荒れ果てている。
雑草が自由に生い茂り、まともな足の踏み場もない。
しかし、自生した草花の中に薬草があった。自由に摘んでいいとのことで、ありがたく採取させていただく。
『ア!』
アルブムは私の首元からぴょこんと飛び出す。さっそく、何か発見したようだ。
『春苺、見ツケタ!』
どれどれとしゃがみ込む。
草をかきわけると、薄紅色の苺が実っていた。
冬苺の近種で、春先のみ実る苺だ。
フォレ・エルフの森にもたくさん生えていたが、主に小動物の餌と化していた。なぜならば――。
『酸ッパイ!』
春苺をつまみ食いしたアルブムは目をしぱしぱさせていた。
そうなのだ。この苺は酸味が強い。
だが、今回ばかりは貴重な食料だと思って摘んだ。
妖精鞄に採取した春苺を入れると、モグモグと咀嚼するような動きをするのが気になる。
「ニクス、それ、食べているんじゃないですよね」
『大丈夫よん』
本人(?)はそう言っているが、心配だ。まあ、もしも出てこなかった場合、アルブムを食べた時みたいに、叩けば吐いてくれるかもしれない。
気を取り直して、採取を再開させる。
続いてアルブムが発見してくれたのは、檸檬茅。まっすぐ伸びただけの雑草に見えるけれど、立派な薬草だ。
これは葉を揉んだら、爽やかな香りがする。除草作業をしている時に、偶然摘んで見つける以外発見が難しい薬草だ。
消化促進作用と、筋肉痛などを和らげる鎮痛作用などもある。
次に発見したのは、野芋の肉芽。蔓から育つ、種みたいなものだ。
茹でるとホクホクしていておいしい。
だんだんと太陽の位置が高くなってくる。
お腹がぐうっと鳴った。まあ、こんなものだろう。
私とアルブムは部屋に戻る。ノワールはいつの間にかいなくなっていた。
アメリアに果物を与えたあと、朝食の準備を行う。
「ニクス、先ほどの食材を出してください」
『了解だよん』
鞄の中から、一気に食材が出てくる。
心配していたけれど、きちんと出し入れさせてくれるようだ。
必要な物だけ出してくれるので、非常に便利。
「ありがとうございます」
『むふふ~』
腕まくりをして、調理開始だ。
アルブムも手伝ってくれるようで、頭に三角巾を巻いていた。
私の真似なのか、腕まくりをする動作もしている。いや、あなた、毛皮捲れないでしょう?
ちょっと笑いそうになった。
今日も暖炉から吊るした薬缶を使い、調理をする。
まず、湯を沸かして檸檬芽茶を作る。生の薬草を茶葉として使うので、時間をかけて味と香りを抽出させなければ。
続いて、野芋の肉芽を煮る。炒ってもおいしいけれど、調味料がないので今日は煮るだけ。
最後に、春苺は洗ってざらっと鍋に入れて、砂糖で煮込む。
合図をしたら、アルブムが砂糖を入れてくれる。
ちなみに、これはお茶用に置いてあった砂糖だ。ありがたく使わせてもらう。
春苺は酸味が強いので、煮詰めて砂糖煮込みにした。
以上で朝食の準備は整った。床の上に敷物を広げ、料理を並べる。
・ビスケット
・春苺の砂糖煮込み
・芋の肉芽の煮たやつ
・檸檬茅茶
なかなか、素敵な朝食になったのでは?
ニクスはいらないと言うので、アルブムと二人でいただく。
神様に祈りを捧げ、いただきます。
まず、檸檬茅茶から。香りは爽やか。一口飲むと――うん、強い草の味がする。あと、ちょっと苦い。抽出の時間が長すぎたか。まあ、いい。飲めないほどではない。
続いて、ビスケットに春苺の砂糖煮込みを載せる。アルブムの分と二枚。
『アリガト!』
「いえいえ」
サックリとビスケットを口にする。
春苺は砂糖で煮込むことによって、ほどよい酸味になっていた。甘さ控えめなビスケットと良く合う。
アルブムはおいしかったのか、二枚目に砂糖煮込みを載せているところだった。
たくさんお食べ。
私は芋の肉芽を食べる。
しっかり煮込んだので、ホクホクやわらか。ほのかに甘みを感じる。
塩をパッパとかけたらさらにおいしいだろう。あとで買いに行かなければ。
なんだかんだでお腹いっぱいになる。アルブムのおかげだ。
案外、伯爵家の庭は食材が豊富なようで、食費を助けてくれそうだ。
侯爵邸の整えられた庭では、こうもいかないだろう。
今日はきちんと買い物をしよう。
必要なものを手帳に書いていると、廊下より声をかけられる。
扉を開くと、昨日話しかけた侍女がいた。
「何かご用でしょうか?」
「はい、来客がございまして」
「来客?」
ザラさんかと聞いたら、首を横に振る。
「ジュン・ウルガスという方です」
来客はまさかのウルガスだった。困った様子だと言っていたので、何かあったのか。
私はアルブムをワンピースのポケットに入れて、客間へと移動した。