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白駝鳥の、鍋ごとふわふわパンケーキ

 妖精鞄がパンケーキを所望している。鞄の蓋を広げ、パクパクと何かを主張していた。通訳妖精アルブム曰く、お腹が空いたと嘆いているらしい。

 鳥籠の中でガチャガチャと暴れている。

 侯爵様は長い脚を組み、舌打ちしていた。すっかりご機嫌斜めになってしまった。せっかく、アメリアに乗って眉間の皺が解けていたのに。


 アルブムに静かにするように伝えてもらったが、どうしても食べたいとのこと。

 なんだろう。この、森の妖精さんの食い意地は。


 でもまあ、人に呪いをかけられて、鞄になってしまったなんて、可哀想な気がする。


 悲しかっただろう。辛かっただろう。酷い扱いは受けなかったか?


 だんだん妖精鞄が気の毒になってくる。


 パンケーキを作るくらいならば、いいのか?

 と、ここで、突然アメリアの声がどこからともなく聞こえてくる。


 ――クエッ、クエクエ!?


「え!?」


 びっくりした。この場にいないアメリアの声が、なぜ?

 周囲を見渡すと、皆きょとんとしていた。

 どうやら、クエクエが聞こえていたのは私だけらしい。いつの間に、そんな高等技術を使えるようになったのか。


 ちなみに、アメリアが言っていたのは「また、そんな風に妖精に優しくして。アルブムみたいに懐かれたら大変ですよ」、という指摘ツッコミだった。


 でもでも、相手は鞄だし……。

 アルブムみたいに単純な妖精ばかりではないだろう。これも何かの縁だ。パンケーキの一つや二つくらいは作ってやろう。


「――わかりました」


 そう返事をすると、妖精鞄は鳥籠の中で小躍りを始めた。同時に、鞄の口をパクパクと動かす。どうやら、喜んでいるらしい。


「じゃ、頑張って作りますね!」

『アルブムチャンモ、手伝ウ!』

「ありがとうございます」


 アルブムはぴょこんと、私の肩に跳び乗った。

 客間を飛び出す前に、侯爵様に質問する。


「あの、侯爵様、厨房と材料、借りてもいいですか?」

「好きにしろ」

「ありがとうございます」

「メル、わたくしも手伝うわ」


 どうやら、リーゼロッテも手伝ってくれるらしい。


「ねえ、どんなパンケーキを作るの?」

「いや、ごくごく普通のやつです」


 私は菓子職人ではない。涙が零れるほどおいしいパンケーキなど、作れるわけがなかった。


『デモ、パンケーキノ娘ノパンケーキハ、世界一オイシイモンネ!』

「あ、ありがとうございます」


 いったい、どこを気に入ってくれたのか。ド庶民が作ったパンケーキなのに。でもまあ、言われて悪い気はしない。


 話をしながら、厨房に辿り着く。

 すると、話が伝わっていたからか、リーゼロッテの侍女や料理人に出迎えられた。


「メル様、準備は整っています」

「お手伝いすることがございましたら、なんなりと命じてください」

「ど、どうも」


 会釈をしつつ、調理台へ移動する。

 そこには、大量の卵と小麦粉、バターに砂糖が置いてあった。


「す、すごい」


 準備の良さに、圧倒される。

 ふと、大きな装置に視線がいく。

 大きなボウルみたいな器に泡だて器が付属されているが、これはいったい?


「そちらは巨大自動泡だて器でございます」


 なんでも、一回で大量のメレンゲや生クリームを作ることが可能な魔道具らしい。


「泡だて器の取っ手部分に、窪みがございますでしょう? ここに、魔石を入れて使うのです」

「へえ、なるほど!」


 便利な物があるものだ。

 と、ここで閃く。なんか、ちょっと与えた程度では満足しそうにないので、大きなパンケーキを焼くのはどうだろうかと提案してみる。


『イイネ!』


 アルブムはすぐに賛同してくれた。


 勝手に決めたけれど、この魔道具を使ってもいいのか?

 責任者っぽい料理人に聞いてみる。


「どうぞ、どうぞ。思いの外、安く買えまして、どんどん使ってください!」


 なんでも、魔道具の大安売りをやっていたらしい。年に一度あるんだとか。


「今年は特に安くて。なんでも、砂漠があるアニスの地で、魔道具の素材となる魔石金属が大量に見つかったらしいです。すごいことですよ! その影響で、こちらの魔道具が安価で手に入ったのです」

「へ、へえ~~」


 アレだ。アルブムが芋を発見したことによって発覚した、謎の魔石資源。


「言っていました。今回の大発見で、魔道具はもっと身近な品になり、ゆくゆくは魔道具の輸出などもできるようになって経済も回り、国民の生活は豊かになるだろうと」

「そ、そうなんですね……」


 まさか、そんな大層な大発見だったなんて。

 わ、私はなんにも知らないよ~~。

 何か言われたら、侯爵様にぶん投げよう。これで、心配いらない。大丈夫ったら大丈夫。


 気分を入れ替えて、巨大なパンケーキ作りに挑戦する。


「じゃあ、卵の卵白と卵黄をわけましょう!」


 パンケーキ作りの始まりだ。

 いったい何個くらいの卵を割ったらいいのか。悩んでいると、執事さんが木箱に入れた何かを持って来てくれた。


「メル様、白駝鳥ストラウスの卵を使ってはどうでしょう?」


 それは、私の頭よりも大きな卵。高級食材で、一個金貨一枚もするらしい。

 ひええ、高すぎる……。

 普段、侯爵様のお菓子作りに使われているらしい。


「小さな卵を割っていたら、時間がかかりますでしょう。その間に、旦那様の機嫌も悪くなってしまいますし」

「そ、そうですね」


 そんなわけで、白駝鳥の卵を使うことになった。

 殻が硬いらしいので、金槌でトントンと穴を開け、のこぎりのような包丁を入れて二つに割った。


「――わっ!」


 すごい。鮮やかな黄色! 眩しいくらいだ。

 そんな白駝鳥の卵を、惜しげもなく三つも使って作る。


 卵白に砂糖を入れて、泡だて器に魔石を装着。柄に刻まれている呪文を指先でなぞると、自動で動き出した。


「す、すごい!」


 魔法の力で泡だて器が動き、卵白を混ぜてくれる。あっという間にふわふわのメレンゲが完成した。

 別のボウルに、卵黄と小麦粉、三角牛のお乳を入れて混ぜる、が、量が多くてなかなか混ざらない。途中から男性使用人のみなさんに混ぜていただいた。圧倒的感謝!

 その後、メレンゲと卵黄と小麦粉を混ぜたものを合わせ、再度泡だて器で攪拌させる。

 こうして仕上がった大量のパンケーキの生地。これを、バターを塗った半円形の大きな鍋に流し込む。

 一度蒸し焼きにして、中までしっかり火を通したあと、侯爵家にある大きなかまどで、一気に焼くのだ。

 これで、『白駝鳥の、鍋ごとふわふわパンケーキ』が完成した。


『ワ~、スゴイ、オイシソ~、パンケーキノ娘、天才!』

「まあ、それほどでも」


 アルブムは目をキラキラ輝かせながら、パンケーキを眺めていた。

 大人の男性五人がかりで、客間にいる妖精鞄のもとへと運んで行く。

 客間には、侍女さん達にお風呂に入れてもらって羽根がツヤツヤピカピカになったアメリアがいた。

 首に大きなリボンを巻いてもらって、ちょっと誇らしげである。


「アメリア、すっごいカワイイですね!」

『クエクエ!』


「そうでしょう?」だって。

 ふふふんと微笑む、お嬢様みたいな雰囲気だ。本当に、可愛いなあ。


『クエクエ』

「あ、すみません」


 呆れ顔で「それにしても、忠告したのに、パンケーキを作ったのね」と言われてしまう。


「なんだか、気の毒で」

『クエ~……』


 溜息を吐かれてしまった。本当に、ごめんなさい。

 鷹獅子グリフォンに溜息を吐かれる私って、いったい。

 そんなことよりも、妖精鞄は――。


 部屋には大きな魔法陣が敷かれており、そこに妖精鞄がいた。

 侯爵様が魔法で檻を作ったらしい。魔法陣の上からは出られないようになっているとか。

 そこに、パンケーキがドン! と置かれた。


 妖精鞄はこちらを向いて、パクパクと口を動かしていた。


「アルブム、なんて言っているのですか?」

『食ベテモイイ? ッテ』

「あ、どうぞ」


 アルブムが通訳した途端に、妖精鞄はバクリとパンケーキに噛み付いた。

 モグモグと咀嚼し、その場にビョン! と跳び上がる。どうやら、おいしかったらしい。


『ア、アルブムチャンも、一口……』


 アルブムが近付き、パンケーキに手を伸ばそうとしたら――妖精鞄はあろうことか、アルブムの体をバクンと呑み込んだ。


「え!?」


 私が驚き、妖精鞄に駆け寄る。


「ダメです! 吐いてください!」


 妖精鞄を手に取り、バンバンと叩いた。すると、アルブムはペッと吐き出された。


『ヘヴン!』


 アルブムは床に激突し、おかしな悲鳴を上げている。


『シ、死ヌカト、オモッタ……』


 なんて酷いことを。

 私は怒る。なんでアルブムを呑み込んだのかと。

 妖精鞄はパクパクと、私に何か言い訳をしているようだった。


「アルブム、通訳!」

『ハ、ハイ。コノ、食イ意地ノ張ッタ妖精ガ、パンケーキヲ奪オウト、シタカラ、ト』

「こんなにたくさんあるのに、独り占めをしたらダメですよ。おいしいものは、みんなで食べるからおいしいんです!」

『アルブムチャンモ、ソウ、思ウ』


 妖精鞄はしょぼんとしていた。

 私は鍋の中のパンケーキを拳大に千切り、半分に割る。

 片方は妖精鞄に、もう片方はアルブムにあげた。


『パンケーキノ娘、イイノ?』

「いいですよ」

『アリガトウ!』


 妖精鞄とアルブムは、同時にパンケーキを頬張った。


『オ、オイシ~イ!!』


 アルブムの言葉に、妖精鞄も頷いていた。


 パンケーキは皆に配った。

 侍女さんに執事、リーゼロッテに侯爵様にまで。

 私も食べる。


「わっ、おいしい!」


 驚くべきは、卵の濃厚な風味だろう。生地はふわふわで、優しい甘さが口いっぱいに広がる。


「おいしいですね」


 妖精鞄に話しかけると、何やら口をパクパクと動かしていた。


「なんか、いちいち通訳してもらうのも面倒ですね」


 さらに、妖精鞄はパクパクと口を動かす。


「なんて言っているのですか?」

『ア、ウ~ン、名前ヲ付ケタラ、オ話デキルヨッテ……デモ……』

「だったら、白い鞄なので、ニクスで」

『ア!』


 パチンと、私の目の前で魔法陣が弾ける。同時に、腿らへんに鋭い痛みが走った。

 いったい、何が……。


『ヨロシクねん!』

「わっ、鞄が喋った!」


 妖精鞄――ニクスは私の胸の中に飛び込んで、すりすりと身を寄せてくる。

 こ、これは、も、もしかして……。

 私は恐る恐る、背後を振り返った。

 呆れた表情をしている侯爵様と目が合う。


「お前は、何をしているのだ」


 低く、ドスの利いた声だった。全身鳥肌が立つ。

 アメリアもツカツカとやって来て、本日二回目のため息を吐かれてしまった。


『クエクエ』

「で、ですよね……」


 アメリアのお言葉は、「言わんこっちゃない」。返す言葉もなかった。


 私はどうやら、妖精鞄と契約を結んでしまったようだ。

 腿の痛みは、きっと契約印が刻印されたのだろう。

 どうしてこうなった。

 いや、うっかりしていた私が悪いのだけど。


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