肉団子のシチュー
第二遠征部隊はザラさんを迎えて六名になった。
見た目は貴公子ザラさんだけど、性格は女子力高めな感じで、部隊も随分と華やかになる。
それと、ザラさんのおかげで大変素晴らしいことが。
隊長の髭が伸びれば注意してくれ、ガルさんの毛を艶が出るまでブラッシングし、掃除の手つきが雑なウルガスに丁寧な方法を伝授。それから、ベルリー副隊長には自分を追い込むような訓練は控えるように言ってくれた。
第二遠征部隊にやって来て、気になっていたけれどなかなか指摘できなかったことを言ってくれるなんて。女神かと思った。
日々、充実していたが、ザラさんの入隊に一番喜んでいた人が、険しい表情を浮かべていた。ベルリー副隊長である。なんでも、歓迎会の計画を立てているらしい。
う~ん、と頭を悩ませているようだった。
「ベルリー副隊長、どうしたんですか?」
「いや、ザラに何を食べたいか聞いたら、リクエストが微妙な物で」
質問したことを、後悔していると呟いた。
「いったい何をリクエストされたんですか?」
「肉団子のシチューだ」
「ほうほう」
なんでも、肉団子は家庭料理なので、なかなかお店で出しているところがないらしい。
しかも、出していても肉団子はソース絡めの料理が多いらしく、シチューを出しているお店は王都では皆無なのだとか。
「ううむ。普通の肉団子で我慢してもらうか……でも、幹事のプライドというものもある」
ベルリー副隊長はうんうんと唸っていた。そんなに歓迎会に一生懸命になっていたなんて、知らなかった。
余計なお世話かもしれないと思いつつも、ある提案をしてみる。
「よかったら、私が作りましょうか?」
「え?」
「肉団子のシチュー、作り方、知っているので」
「いいのか?」
「はい。あ、でも、ごくごく普通のシチューと肉団子ですし、歓迎会が私の手料理って微妙でしょうか?」
ベルリー副隊長は私の手をばっと掴む。
「微妙じゃない。最高だ。皆、喜ぶ」
「だったら、よかったです」
そんなわけで、ザラさんの歓迎会の料理係を引き受けた。
いろいろ話し合った結果、歓迎会は隊長の家で行うことになった。
なんでも、一軒家に住んでいるらしい。
「材料は紙かなんかに書いてくれたら、こちらで用意しておく。手が足りない時は、使用人の手を借りろ」
「ありがとうございます」
なんか、凄いお屋敷に住んでいそうで緊張する。
その日は一日中、隊長の家で歓迎会の準備を行うことになっていた。
これでいいのかリスリス衛生兵。
いいや、歓迎会のため。今回は特別なのだ。
なんか、簡単に引き受けてしまったけれど、大丈夫なのか心配になる。
私の手料理なんて、何もない遠征先で食べてこそ美味しい物なのに。
でもまあ、ザラさんのために全力を尽くすしかない。
材料費などは隊長が負担してくれるというので、素材の味の力で美味しく思えるような品目を考えてみた。
ちなみに、その日は休日扱いになっている。勤務時間にそんなことをやったら職権濫用もいいところだろう。次の日もお休みにしてくれたので、問題はない。
歓迎会当日。私は朝から隊長の家に向かった。
さぞかし大変な豪邸に住んでいるのだろうと思っていたけれど、隊長の家は二階建ての、赤煉瓦の可愛らしい家だった。
ささやかな庭には綺麗な花壇があり、アーチ状になった薔薇もある。
こんな家に住んでいたなんて、かなり意外だ。
さらに、戸を叩けば、お婆さんが出てくる。
「あらまあ、可愛らしいお嬢さん。あなたがリスリスさんね」
「はい、そうです。初めまして。お世話になります」
「ええ、ええ。どうぞ」
お婆さんの名前はマリアさん。なんでも、隊長の乳母さんだったらしい。
独立する際に、一緒にやって来たとか。
「坊っちゃんが誘って下さったのですよ、この老いぼれ夫婦を」
隊長は老夫婦と三人で暮らしているとか。お婆さんの話とか弱いので、泣きそうになる。
これから、乳母さん孝行をしてほしいと思った。
さっそくお茶に誘われたが、遊びに来たわけでもなく、目的は料理。しかも、品目数を考えれば、時間ギリギリだろう。
そんな風に説明をすれば、マリアさんは笑顔で手伝ってくれると言ってくれた。
悪い気もしたが、申し出はありがたかった。なので、マリアさんの手を借りることにする。
まずは、肉団子作りから。
隊長はとっておきの、猪豚の肉塊を用意してくれていたようだ。
「まあ、メルさん、凄いのね。肉塊から肉団子を作るなんて」
「そのほうが美味しいんですよ」
「たしかに、そうよね」
お店で挽いたお肉は大きさが一律だけど、それだと食感もつまらない物になる。
大きな包丁で肉を切り刻む間、マリアさんは下ごしらえの準備をしてくれた。
大人数分の肉塊なので、骨が折れる。
途中で、マリアさんの旦那さん、トニーさんが手伝ってくれた。
「す、すみません、力仕事を頼んでしまって」
「庭師なので、力があるんですよ、お嬢さん」
「ありがとうございます~~」
心からの大感謝である。
トニーさんは紳士なお爺さんに見えたけれど、結構パワフルで、肉をどんどん切り刻んでくれる。
粗挽肉と、細挽肉。この二つを合わせて、肉団子にぷりぷりの食感を作りだすのだ。
大きなボウルにマリアさんが分量を量ってくれた香辛料を大量に入れる。それから、擦った芋、パン粉、酒、塩コショウなども加え、しっかりと練る。
トニーさん、マリアさんと三人がかりで生地を丸めて、肉団子を成形。
「なんだか、昔を思い出すわ」
マリアさんの家は大家族で、肉団子の日は家族総出で作っていたらしい。
懐かしいと頬を緩ませながら、肉団子を丸めてくれた。
しかし、凄い量だ。一人十個と考えて、多めに見繕って百個くらいあるだろうか。
全部食べきれるだろうかと、不安になる。
成形が終われば、高温の油でカラリと揚げる作業に移った。
じゅわじゅわと揚がっていく肉団子たち。表面はカリっと、綺麗に揚がった。
すべて揚げ終わった時には、お昼の鐘がなっていた。
危ない。計画どおりだったけれど、マリアさんとトニーさんの手がなかったら、もっと掛かってしまっていただろう。
改めて、二人にお礼を言う。
「いいのよ。パーティーの準備って、大好きなの」
「ええ、僕も、思いの外楽しく料理できました」
よかった。二人共、そんな風に言ってくれて。
ここで昼食にしようとマリアさんは言う。
一応、簡単に済ませられるよう、ビスケットを用意していたが、なんと、マリアさんがサンドイッチを作ってくれていた。
「お台所は使えないだろうと思って、朝から準備していたの。もちろん、メルさんの分もあるわ」
「わあ、ありがとうございます。嬉しいです」
なんて優しい人なのか。初対面の私にもお弁当をわけてくれるなんて。
色とりどりのサンドイッチは、本当に美味しかった。
昼食後、大きな鍋で約十人分のシチューを煮込む。
隊長の家に大きな鍋があって助かった。
なんでも、マリアさんの家から持って来ていた物らしい。
「うち、十人家族だったの」
「そうだったんですね」
「ええ。男の子が六人もいたから、食事の支度は大変だったわ」
その苦労、よくわかる。
料理当番の時、家族全員分の料理を用意することは本当に骨の折れる作業だった。大変なのはもちろんのこと、つまみ食いをしようとする弟や妹との攻防もしなければならないのだ。思い出しただけでゾッとする。
けれど、実家での生活は賑やかで、楽しかった。
寂しくないと言ったら、嘘になるだろう。
「メルさん、どうかしたの?」
「い、いえ!」
目元の涙を拭う。感傷に浸っている場合ではない。
腕まくりをして、残りの料理も仕上げることにした。
リーン、ゴーン、リーン、ゴーン。
街の時計塔の鐘の音が高く響き渡る。これは、労働時間終了を知らせる鐘だ。
そろそろ遠征部隊のみんながやって来ることだろう。
準備はマリアさんやトニーさんのおかげで、奇跡的に間に合ったのだ。
食堂の十人がけのテーブルには、バターケーキに丸鶏のパリパリ焼き、柑橘風味のサラダ、芋のグラタン、魚の蒸し焼きなどが並んでいる。
持って来ていたビスケットには、チーズや燻製肉を置いてカナッペを作ってみた。
隊長はお酒を用意していたようで、綺麗な瓶は食卓の色どりを良くしてくれる。
準備万端となったところで、玄関の鐘が鳴った。
マリアさんとトニーさんは手が離せないらしく、私が出ることに。
それにしても、来るのが早いような。終業の鐘が鳴って十分くらいしか経っていない。
騎士舎から隊長の家まで結構な距離があるので、全力疾走をしなければ無理だろう。
もしかしたら、早めに仕事をきりあげて来たのかもしれない。そう思いながら、扉を開けば――いらっしゃったのは、黒髪の美人。
「あなた、誰?」
私も聞きたい。
手には花束を持ち、真っ赤なドレスに黒の毛皮のコートを纏っていた。
「もしかして、新しい使用人?」
「え?」
「よかったわ。あんな年老いた使用人なんて、さっさと解雇するように言っていましたので」
「いや……私は……」
「違いますの?」
「はい」
その瞬間、手首をぎゅっと掴まれる。
「ねえあなた、クロウとどんな関係?」
「へ、いや、私は――」
この御方はいったい?
マリアさん達のことも悪く言っていたし、ムッとなる。
「メリーナお嬢様!」
背後より、マリアさんがやって来た。黒髪美人の名前はメリーナというらしい。
マリアさんはやって来たメリーナさんを見て、花が綻ぶような笑みを浮かべていた。
「お久しゅうございます。お元気そうで」
「マリアは? 腰の具合は大丈夫ですの?」
「はい、おかげさまで」
「新しい使用人を雇ってって言ったでしょう? まだ、雇い入れていないなんて」
「まあ、その辺はおいおいと」
「もう! 体はいつまでも元気じゃありませんのよ!」
一見して、いや~な感じだったけれど、勘違いだったようだ。メリーナさんはマリアさんの体を心配して、あんなことを。打ち解けた仲だと知らなかったので、びっくりしてしまった。
「で、このフォレ・エルフの子は?」
「こちら、坊ちゃんの部隊の御方で、メル・リスリスさん。お料理が上手で、今日のパーティーの準備をしにいらしていたの」
「まあ、そうでしたの」
メリーナさんは「ごめんなさいね」と謝ってくれた。なんでも、彼女は隊長の婚約者らしい。だから、あんな風に厳しい態度で接してきたのかと。
お互いに、誤解が解けてよかった。
メリーナさんは美しい薔薇の花をお土産としてくれた。花瓶に差して、テーブルに置こうと思う。
そんなことをしていたら、第二遠征部隊のみんながやって来た。
本日のホームパーティはサプライズだったようで、ザラさんは驚いていた。
そして、隊長は婚約者のメリーナさんを紹介する。来年の春に結婚をするらしい。
ウルガスが本気で羨ましがっていた。
それから、ザラさんは肉団子のシチューを見て、喜んでくれた。
「メルちゃん、ありがとう。王都で、これが食べられるなんて」
ザラさんの出身は北部の雪深い地域だったらしい。
そこで、年に一度のごちそうが、この肉団子のシチューだったとか。
たしかに、肉団子は手間がかかるし、お店で出さないのは納得する。実家でも、一年のうち作るのは一度あるかないかだった。
ザラさんはうっすらと、眦に涙を浮かべていた。
しかし、こんなに喜んでくれるなんて。作った甲斐がある。
グラスに酒を注ぎ、(私とウルガス、マリアさんは果実汁)乾杯した。
まずは、メインの肉団子のシチューから。
苦労して挽肉にした肉団子は、ほくほくプリプリな食感で口の中で肉汁がジュワッと広がる。隊長の家に常備してあった高級赤ワインで作ったシチューのソースと良く絡み合い、濃厚なコクがある。
「ザラさん、どうですか?」
「ありがとう、とっても美味しい……」
「よかったです」
ザラさんは満足してくれたようで、私も肩の荷が下りた。
みんなも、美味しいと言ってくれた。
酒が入り、だんだんと盛り上がってくる。
機嫌が良くなった隊長は歌い出す。同じく酔っていたメリーナさんは、食堂にあるピアノを弾き始めたけれど、二人共好きな曲を歌い、奏でていたのでてんでバラバラだった。
これは酷いと、ベルリー副隊長は大笑いしている。どうやら笑い上戸のようで、ずっと楽しそうにしていた。
ガルさんは尻尾をぶんぶんと振りながら、輝く目でバターケーキを食べていた。甘い物が好きだったなんて、知らなかった。ガルさんも酔っているのだろうか。なんか、雰囲気が子犬のようで、可愛い。
ウルガスはマリアさんとトニーさんの話を聞きながら号泣していた。お酒を飲んでいないのに、なぜ。どうやら、彼はお爺さん、お婆さんっ子だった模様。
そういうのに弱い気持ちはよくわかる。
ザラさんは先ほどから私に抱きつき、ずっとお礼を言ってくれる。
「メルちゃ~ん、本当に、ありがと~。もう、大好き」
ザラさんは若干めんどくさい酔い方をしていた。雑に「はいはい」と言って、適当に返事をしておく。
「これからも、よろしくねえ~~」
ザラさんのその言葉をきっかけに、みんなが次々とお礼を言う。
隊長は歌うのを止め、真面目な顔で言ってきた。
「おい、いいか、リスリス。騎士団は引き抜き争いがある。よそで誘われても、行くなよ」
その言葉に同意を示すベルリー副隊長。
「そうだ。リスリス衛生兵がいなくなれば、華やかさがなくなって、困る」
続いて、ガルさんがこちらへとやって来た。
頭を差し出してくる。撫でろと言いたいのか。
もふもふと撫でてやったら、尻尾をぶんぶんと振っていた。
可愛い過ぎか!
次に、ウルガスもやって来る。
片膝を突き、低い姿勢だったので、ガルさん同様撫でてほしいのかと、バターの色と同じ髪をぐしゃぐしゃに撫でた。
ウルガスは頬を真っ赤に染めながら、「違います」と言っていた。どうやら用事は別にあるらしい。
「リスリス衛生兵の料理、とても美味しいです。治療も的確で、お風呂入る時に傷が痛まなくなりました。その、これからも、よろしくお願いします」
さすが、酔ってないだけあって、まともなことを言ってくれる。
最後に、ザラさんが一言。
「私達、結婚します!」
「しませんって」
「ええっ!?」
とんでもないことを言うザラさんの言葉を軽く流しつつ、私もお礼を言った。
「その、ふつつか者ですが、これからもよろしくお願いします」
それを言えばスッと、胸が軽くなる。
私はここで必要とされている。いてもいいんだと思ったら、嬉しくて……。
泣きそうになったけれど、ぐっと我慢。
これからも、美味しい物を作って、みんなに喜んでもらえたらいいなと思った。
私、衛生兵だけどね。
一応、主張しておく。
人には適材適所というものがあるらしい。私の場合は、それに当てはまるのは生まれ育った村ではなく、王都にある騎士団であった。
ないない尽くしの烙印を押された私でも、必要と思ってくれる人達がいる。これ以上、嬉しいことはない。
これからも、精一杯頑張ろうと思った。




