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さすがの侯爵様

 ぶんぶんと手から離れない鞄に振り回される私に、侯爵様は冷ややかな視線を向けていた。


「おい、これはなんだ?」

「アルブムと同じ、森の妖精の革で作った鞄なんですよ~~!」


 侯爵様はチッと舌打ちする。

 すみません、本当に。


 ここで、まさかの事態となる。


『ア、アイツ、逃ゲヨウトシテル!!』


 アルブムが私の肩かけ鞄からひょっこり顔を出して叫ぶ。

 騒ぎに乗じて、店主が逃げるようだ。

 侯爵様はアルブムを掴み、店主へと投げつける。


『ヒエエエエ!!』


 投げられたアルブムは店主の顔にビタン! と着地する。


『エエエ、アルブムチャン、ドウスレバイイノ~~』


 店主の顔にしがみ付いたまま、アルブムは狼狽していた。


「蔓で拘束でもしておけ。自分の能力も忘れたのか!」

『ア、ソウダッタ』


 指摘されて思い出したのか魔法で蔓を出し、店主を拘束した。

 侯爵様は、今度は私をぐるりと振り返る。眉間に皺の寄ったそのご尊顔が怖くて、私は悲鳴を上げそうになったが、ぐっと我慢した。


 侯爵様は黒い手袋を外し、地面にペイッと捨ててツカツカとこちらに近づくと――蔓でぐるぐるにしている店主の腹の上にいたアルブムを見る。


『ア、ハ~イ』


 あのひと睨みだけで意図がわかったのか、アルブムはテッテケテ~とやって来て、侯爵様の肩に跳び乗った。


『ジャジャ~ン!!』


 アルブムは両手を挙げ、呪文(?)を唱えると、魔法陣が浮かび上がる。

 収納魔法を展開させ、異空間より先端に水晶の嵌め込まれた、銀色の杖が出現した。

 どうやら、侯爵様はアルブムに杖を預けていたようだ。

 パッと見る限りは、紳士用の杖にしかみえない。けれど、柄の部分に呪文が刻まれているので、あれは間違いなく魔法の杖だろう。

 侯爵様は杖を手に取り、さっと振り上げると――鞄に向かって振り落ろした。

 バンバンと、数回叩く。

 まさかの力技!!

 しかし、効果は絶大で、私の手から鞄は転げ落ちていった。

 鞄はウゴウゴしながら、逃げようとしている。

 しかし、侯爵様が逃がしてくれるわけがない。

 杖をダン!! と地面に突き、低い声で呪文を唱えている。

 すると、白く光る魔法陣が浮かび上がり、中から銀糸が飛び出してきた。

 それは、逃げ行く鞄を拘束し、ぐるぐる巻きにして、繭みたいになった。さすがにそうなっては、鞄も動けない。


 侯爵様はあっという間に騒ぎを解決してくれた。


 繭状にした鞄は店主の腹の上に置いて、纏めて騎士隊に突き出した。が、鞄は管轄外であると、侯爵様の手に戻ってくる。


 侯爵様は本日二度目の舌打ちをしていた。


 商店の前には大勢の騎士達が詰めかけ、辺りは騒然となる。

 こうなったら、買い物なんてできない。というか、侯爵様にお屋敷に来いと言われてしまった。


 人の少ない開けた場所に移動して、アメリアを呼ぶ。


『クエクエ~~』


 すぐに、飛んで来てくれた。

 なぜかいる侯爵様をみて、どうしたのかと訊かれる。

 事情を説明したら、長い溜息を吐かされしまった。

 鷹獅子グリフォンに呆れられてしまう私っていったい……。


『クエクエ、クエクエクエ』

「あ、はい」


 おいしい話には裏があるのですよと、懇々と諭されてしまった。

 ですよね~としか言いようがない。


 はてさて。これから侯爵邸に行くというが。


「えっと、侯爵様はどうされますか?」


 一応、アメリアが乗せてくれるらしい。アメリアは成人男性二人くらいまでだったら乗せて飛行できるとのこと。力持ちだな~。

 侯爵様的にこの申し出は意外だったのか、珍しく目を丸くしている。


 アメリアとの間にはいろいろあったけれど、きちんと水に流してくれているようだ。

 なんて優しく、心の広い子なのか。


 再度、侯爵様にどうするか訊ねる。


「と、いうことなのですが」

「まあ……そうだな。私も同乗させてもらおう」

「了解しました」


 私が前に乗り、侯爵様が後ろに乗る。

 アルブムは私の鞄にひゅっと入り込んだ。


『クエクエ』

「飛行するそうです」

「わかった」


 侯爵様の心の準備が整ったようなので、助走を付けながら翼をはためかせ、アメリアは飛行する。


 だんだんと小さくなる王都の街並み。


「――これは、素晴らしい」


 私の背後で、感嘆しているような声が聞こえた。

 高い場所は平気みたいで何より。それに、喜んでもらえたので良かった。


 あっという間に、リヒテンベルガー侯爵家に到着した。


 上空のアメリアの姿を捉えていたのか、執事や侍女さんがずらりと庭の噴水広場に集合していた。


「メル~~!!」


 着地したあと、こちらへ駈け寄って来たのはリーゼロッテ。

 ぎゅっと、抱きしめられる。


「良かった、無事で!」

「はい、おかげさまで」


 なんでも、リーゼロッテとお茶を飲んでいる時に、アルブムの助けてほしいという声を聞いて、侯爵様は召喚に応じてくれたらしい。


「お父様、大好物のシュークリームを食べる前に召喚されて……」

「それはそれは、大変な時に呼んでしまい……」


 なんと、侯爵様は大好きなシュークリームを食べ損ねていた。


「ずっと、ヤキモキしていたのよ」


 私とアルブムは一緒にいた。なので、何かあったのではと心配してくれていたようだ。


「この通り、大丈夫です」

「よかった、本当に」


 話が終わったら、リーゼロッテはアメリアのほうに向かう。


「お父様、お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」

「ああ」


 親子の会話は終了。以降、二人揃ってぼんやりとアメリアを眺めている。

 アメリアはちょっと気まずそうにしていた。


 侯爵様とリーゼロッテは、嬉しそうにアメリアを見ている。

 まるで、初孫を迎えた祖父母のような穏やかな表情だ。


 幻獣大好き父娘なので、いつまで経っても眺めているだろう。

 なんと声をかけて注意を逸らせばいいのか。

 悩んでいたら、執事さんがやって来て、声をかけてくれた。


「旦那様、お嬢様、今日は風が強いので、どうぞ中へ」

「……うむ」

「……そうね」


 名残惜しそうにしながら、屋敷へと戻って行く。

 アメリアは侍女さん達がお風呂に入れてくれると言ったら、喜んでホイホイついて行った。


 小さい時は私の姿が見えなくなっただけでクエクエ鳴いていたのに。

 ああ、切ない。

 改めて、アメリアったら大人になってしまったのねと。

 一人前になるのは嬉しいけれど、寂しくもなる。

 親心は複雑なのです。


 ◇◇◇


 侯爵邸の豪奢な客間で、先ほど捕獲した妖精鞄を眺める。


「アルブム、これ、元通りにならないのですか?」


 妖精や精霊は、人の摂理とは異なる生命体であると聞いたことがある。

 なので、どうにかならないのかと聞いてみた。


『元ニ戻レルヨ』

「え!?」


 まさかの!

 しかし、どうして鞄の姿を保っていたのか。


『タブン、呪イトカ、ソウイウノデ、戻レナインダト』

「それはそれは」


 なんて気の毒な話だろう。

 この鞄に関しては、侯爵様がどうにかするようにと押し付けられてしまったらしい。


「まったく。妖精は管轄外だと言うのに……」


 巻き込んでしまって申し訳ないとしか言いようがない。

 しかし、私とアルブムだけならば、事件は収まらなかっただろう。

 改めて、侯爵様にお礼を言う。


「本当に、ありがとうございました。侯爵様がいなかったら、私達はきっと大変なことになっていました」

「いいのよ、メル。お父様も暇だったし……」


 しかし、シュークリームを食べ損ねてしまったのだ。凄く申し訳ない。


『シュークリーム……』

「シュークリーム……」


 アルブムと二人して、呟いてしまう。

 以前食べたシュークリームはすっごくおいしかった。


『アルブムチャン、食ベタコトナイ』

「あ、そうだったのですね」

『デモ、アルブムチャン、シュークリームヨリモ、パンケーキノ娘ガ作ッタ、パンケーキノホウガイイ!』

「好きですね、パンケーキ」

『ウン!』


 最近頑張っているので、また作ってあげよう。そんなことを話しながら、頭を撫でる。


『ア!!』

「え!?」


 パンケーキの話をしていると、ガタリとテーブルの上にあった繭状の鞄が動いた。

 ウゴウゴと動き、籠を揺らす。

 激しく動くので、とうとうブツンと、侯爵様の魔法の銀糸が切れた。繭から生まれるかの如く、白い鞄が出て来た。

 鳥籠の中に入れられているので、逃亡される心配はないけれど。

 鞄の口元をガブガブと動かしているけれど、これはいったい……?


「アルブム、これはなんと主張しているのですか?」

『エ~ット、パンケーキ、食ベタイッテ』

「ええ~~」


 妖精鞄からの想定外のリクエストに、私はただただ困惑してしまった。


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