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市場で楽しくお買い物!

 結局、郊外にあるエヴァハルト伯爵邸から街へ向かう馬車がなかったので、アメリアが市場の近くまで連れて来てくれた。

 送ってくれたあと、アメリアは空の散歩を楽しむようで、上機嫌で飛んで行く。

 一応、疲れたらザラさんの家の屋根で休むんだよと、言っておいた。


 露店の上部にかけられた白い天幕が眩しい。

 騎士隊の保存食の買い出しの時はわき目もふらずにサクサクと歩き、目的の店を目指すけれど、今日は休みなので、ゆっくりと見回る。

 興味深いのは豊富な商品だけじゃなく、行き来する人々にも注目が集まる。

 商品を値切る人に、大量の荷物を持ちながら人混みを器用に歩く人。皆違う目的を持って市場にやって来ている。

 森育ちの私には、それすらも面白く感じた。

 たくさんの店が軒を連ねる市場は、今日も賑やかだ。


 入ってすぐの通りには、毛皮や革製品の店が並んでいた。

 ツヤツヤに磨かれた革の鞄は、丈夫そう。さすが王都の店というべきか、意匠デザインも垢抜けていた。値段は、結構高い。一つ一つ、丁寧に作られているのだろう。

 職人の手仕事に感心していたら、店主より声をかけられる。


「お嬢ちゃん、その鞄、年季が入っているねえ」


 四十代半ばくらいの、がっしりとした体形で日焼けしたおじさんが話しかけてきた。無駄に歯が白い。

 いやいや、そんなことはどうでもいいとして。

 この肩かけ鞄は十歳の時にお小遣いを貯めて商人から買った鞄だ。もう、八年も使っていたのだ。

 村で暮らしていた時は森に山に川に、採集に行く時はいつでも共にあった。それから、王都に来てからは遠征に持って行っていたので、すっかりくたびれている。


「お嬢ちゃんにだけ、特別に紹介してあげよう」


 店主が店の奥から白い肩かけ鞄を持ってくる。

 それはコロンとした可愛らしい鞄。肩にかけるベルト部分も、しっかりした作りだ。中はたくさん入るようで、革自体はすごく軽い。

 表面も手触りがよくて、すべすべしている。


 私の鞄は三角牛の革だ。しっかりしていて、丈夫なのが特徴。五年以上使えるよという謳い文句に惹かれたが、それ以上の期間を頑張ってくれた。そろそろ、新しい物を買ってもいいのかなと、思ったりもしている。


 商人が紹介してくれたこの鞄に、大きく惹かれているのも理由の一つであったが。

 それにしても、これはいったいなんの革なのか。


「実は、その鞄は魔法の鞄で」

「え!?」

「秘密だよ。お嬢ちゃんには、特別だ」


 魔法の鞄とは、いったいどんな品なのか。

 店主が鞄を手に取り、その辺りにあった鞄を中へと詰め込む。


「……えっ、ええ~~?」


 鞄が一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。どんどん中へと入っていく。

 これは、大量の品物が入る魔法の鞄のようだ。


「すごい! すごいです!」

「お嬢ちゃん、声は小さく、な」

「あ、はい。すみません」


 口元を押さえながら話を聞く。

 これは何か魔法がかけられているのか?

 だとしたら、この鞄は魔道具で、相当高価な品だろう。私の給料一年分だけではとても足りない。

 手間暇と、高い技術を以って作られる品々は、職人さんの情熱と魔力がしっかりと込められている。

 しかし、なぜ魔道具がここに?

 そもそも、高価な魔道具がこんな風に、庶民の行き来する市場で売っているはずはない。


 ……おかしい。


「気に入ったかい?」

「え、あ、はい」


 なんだか嫌な予感がして、恐る恐る聞いてみる。


「でもこれ、お高いんでしょう?」

「いやいや、今日は閉店大売り出しだから、特別価格でのご提供だよ」

「ほう?」


 ちょいちょいと、手招きをされる。

 店主は私の耳元で、驚きの価格を囁いた。


「お嬢ちゃんにだけ特別だ。鞄の中に入れた商品も含めて、金貨一枚で譲ってあげよう」

「ええ~!!」


 またしても大声をあげてしまった。口を塞いでいても、結構大きな声って出るんだね。

 そんなことよりも、この魔法の鞄が金貨一枚。

 まさかの、私の給料一ヶ月分であった。


 安過ぎる。あまりにも、安過ぎる。

 ありえなかった。


「ちょっと、考えてもいいですか? 金貨一枚は、大金で」

「ああ、ゆっくり考えるといい」


 別の客が来たので、店主の意識はそちらへと向かった。


 そろりと、アルブムが鞄の中から出てきて、耳元でボソリと囁く。


『パンケーキノ娘ェ』

「どうかしたのですか?」

『ソレ、タブン、アルブムチャント同ジ、森ノ妖精ノ革デ、作ッタ鞄』

「えっ!?」


 またしても、大きな声をあげそうになった。


『怒ッテル、スゴク、怒ッテイルヨ……』


 ええ~~……。なんてこった。妖精の革で作った鞄だなんて!

 店主は妖精の革だと知っていた?

 魔法の鞄であることは把握していたようだけど。


 収納魔法が使える森の妖精の革で作った鞄は、たくさんの荷物が詰められる物になるらしい。

 けれど。


 突然、鞄がぶるぶると震え出す。


「え!?」

『許セナイッテ、叫ンデイルヨオオオ』

「なんですと~~!!」


 ここで、店主が私達の異変に気付く。

 ぶるぶると震える鞄を見て、盛大に舌打ちをした。


「チッ、やっぱり、ヤバいやつじゃねえかよ!!」


 店主が本性を表す。


「妖精を殺して、鞄を作ったんですか!?」

「んなわけあるか! 作った奴は別だ!」


 なるほど。店主は仕入れただけだと。


「作った人が誰か、ご存じですか?」

「知らん。俺はただ仕入れただけだ。クソ、いい品が安価で手に入ったと思っていたら……!」


 仕入れた上等の鞄は、さまざまな物を呑み込んだらしい。

 昼間は比較的大人しいが、夜になったら暴れ出す。なので、鉄格子の箱の中で保存していたとか。


「手に負えないから、私に買わせようとしたんですね」

「ああ、そうだよ。お前さんみたいな、まぬけな田舎者丸出しの娘だったら買いそうだと思ってな!」

「いやいや、まぬけって失礼でしょう? 田舎者丸出しは否定できませんが!」


 いや、うん。これ、叫ぶ必要なかったね。

 ここで、騎士たる証の腕輪を見せて――って、家だわ。

 置いて来ていたことをすっかり忘れていた。

 気を取り直し、話を聞くため、騎士隊の詰め所に連行しようとしたが――。


「ちょっと、騎士隊に来て――きゃっ!」


 ぶるぶる震えるだけだった鞄が、ズンと動き出す。

 私は操り人形のように、鞄に引きずられる。


「ちょっ、鞄さん、止まってくださ~~い!!」

『落チ着イテ~~!』


 アルブムも仲間の怒気を鎮めようとしていたが、効果はまったくなし。

 鞄は店主が憎いのか、咬み付こうとしていた。


 私は鞄にぶんぶんと振り回されている。

 このままでは、私が店主を狙ったようにしか見えない。

 手を離そうと思ったけれど、どうしてか手放せない。いったい、どうして?


 その疑問には、アルブムが答えてくれた。


『エ、エート、ソノ鞄、パンケーキノ娘ノ魔力デ、動イテイルッポイ?』

「な、なんですと!?」


 ありえな~~い!!


 このままでは、私が実行犯になってしまう。でも、どうすれば。


 ついに、ガブリと店主の手に食いつく。


「ダメ、ダメだってば!」


 ぐいぐいと引っ張るが、私の力だけではどうにもならない。


「誰か、助けて~~!!」

『ア、アルブムチャンニ、任セテ!』

「へ?」


 魔法陣を作り出してブツブツと呪文を呟いている。

 何か大魔法でも使ってくれるのか?


 魔法陣はどんどん大きくなり、光の粒となって弾けた。

 散らばった光の粒は一カ所に集まって、人の形を作りだす。


 浮かび上がった影は背の高い男性のもの。ピンと背筋が立っていて、威厳のある佇まいであった。

 あれは、いったい誰?


 光が収まる。


「――私を無理矢理呼んだのは誰だ!!」


 ピシャリと叫ぶ、低くドスの利いた声。聞き覚えがあった。


「ま、まさか、侯爵様!?」

「お前は――」


 まさかのまさか!

 アルブムが召喚したのは、侯爵様本人である。

 契約で結ばれた繋がりを使って呼んだらしい。


 侯爵様の本日の装いは、黒地の詰襟に金の蔓刺繍が肩になされた上品な上着に、同じく黒のズボン、ブーツ姿。前髪はきっちりと撫で上げ、一切隙のない立ち姿という非常に渋い恰好をしていた。


 いきなり呼び出されたので、不機嫌全開の顔でこちらを睨む。

 呼んだ張本人であるアルブムは、いつの間にか鞄の中に身を潜めていた。裏切り者め!


「いったい、どうしたというのだ?」

「あ、そうです。これ、この鞄、人喰いなんです!」

「なんだと!?」


 ジロリと、鞄と私を交互に睨んでいる。

 めちゃくちゃ怖いけれど、もう、こうなったら侯爵様に助けを乞うしかない。


「た、助けてください!!」


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