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お引越し

 わくわくしながら隊舎に帰ったけれど、まだ改装・増築工事は終わっていなかった。がーん。


 でもスゴイ。アメリアのために、出入り口は広げられ、大きなかまどなどがある台所が作られている途中だ。完成が楽しみ。


 作業の邪魔にならないよう、訓練場で待機しておく。

 隊長とベルリー副隊長は上に今回の件に関しての報告に行っている。

 リーゼロッテは嬉しそうに、アメリアの翼のお手入れをしていた。

 ウルガスは膝に乗せたアルブムをよしよしと撫でていた。

 アルブムはウルガスにもらった炒り豆をポリポリと食べている。

 ガルさんはスラちゃんと遊んでいた。


 私はザラさんと共に空を見上げていた。

 空は澄み渡っていて、太陽はさんさんと輝いている。

 ちょっと前まで凍えるような寒さだったのに、雪は解けて、すっかり春の景色となっていた。


 春は大好き。緑が冬から目覚めるように鮮やかに芽吹く様子は、毎年見ていても飽きない。

 王都の花屋には、どんな花が並ぶのか。今から楽しみだ。


 しかし、仕事のことを考えたら、どんよりと落ち込んでしまう。


「メルちゃん……これから、どうなるのかしら?」

「本当に」


 この数日間で、ぎゅぎゅっといろんなことがあった。

 うっかり魔石金属を発見してしまった上に、大蠍を喰らった砂蟻を討伐する最中、ベルリー副隊長を危険にさらしてしまった。

 上はどういう判断を下すのか、まったく想像できなかった。


「私、ベルリー副隊長が異動になったり、別部隊に行けとか言われたりしたら……」


 正直辞めたい。でも、騎士として身を立てた以上、それは許されないことはわかっている。

 仲良しこよしでお仕事をしているわけではない。

 騎士という職務は国に忠誠を誓い、民のために戦う誇り高き職業なのだ。

 でも、隊長の指揮のもと、第二部隊もまとまりつつあった。信頼感もあるし、戦闘なども息が合っていた。その絶妙な戦力のおかげで、いくつもの困難な任務をこなしてきたのではとも思っている。

 それが、崩れてしまったら――。


「メルちゃん、落ち込むのは決定を聞いてからにしましょう」

「そうですね」


 おそらく、改装が終わるまでは、お仕事も休みになるだろうとのこと。

 その間、エヴァハルト伯爵邸への引っ越しを済ませて、いろいろお買い物もしたい。

 貸してくれるのは寝室と居間がひと続きになった部屋。寝台と箪笥、机はあるらしい。

 その昔、息子夫婦が使っていた部屋だそうで、寝室の寝台は二人用。なので、アメリアも一緒に眠れるだろう。


「そのほかにも、部屋はたくさん空いているらしいですよ」


 住人はエヴァハルト夫人と数名の使用人だけだ。掃除などは、使っている部屋しかしていないらしい。つまり、今から私が使う部屋は、きっと埃だらけ。

 部屋を借りるだけなので、食事も自炊だ。お風呂なども離れにある物を掃除して、湯を沸かさなければならない。

 でもまあ、寮は利用時間の決まりや門限などが厳しかったので、今から自由だと思ったらワクワクしてくる。


「楽しそうね」

「はい、そうなんですよ! あ、そうそう。前からザラさんに聞きたいことがありまして」

「何かしら?」

「ザラさんも、エヴァハルト伯爵家に住みませんか?」


 ずっと前に、ザラさんはエヴァハルト夫人から伯爵邸に住まないかと誘われていた話を私は覚えていた。


 だから、ザラさんも一緒に住めないかな~~などと、やんわり提案してみる。


「私が、エヴァハルト伯爵邸に?」

「一緒に料理作ったり、裁縫したり、本を読んだり。楽しそうじゃないですか?」

「……そうね。楽しそう」


 ザラさんの山猫イルベス、ブランシュだって毎日一人でお留守番する時間もなくなる。

 お屋敷が賑やかになったら、エヴァハルト夫人も楽しいはずだ。いいこと尽くしだろう。


「だったら、今日、ブランシュを迎えに行った時に、聞いてみようかしら」

「はい!」


 よかった。ザラさんが提案に乗ってくれて。

 きっと、エヴァハルト夫人も受け入れてくれるはず。


 そんな話をしていると、隊長とベルリー副隊長が戻って来る。

 表情から、どうだったかわからない。いつもの山賊顔だ。ベルリー副隊長も同様に、無表情だった。


 一列に並び、報告を聞く。

 アルブムまでも、私の横に並んで正規の隊員のようにしていたので、ちょっと笑いそうになった。


 隊長はただ一言述べる。


「解散だ」


 ぎょっとした。解散ってまさか――。

 心臓がバクンと大きく鼓動を打つ。

 ベルリー副隊長と目が合う。すると、いつもは冷静な彼女の目が驚きで見開かれる。


「リスリス衛生兵、どうした?」

「え!?」


 いったいなんのことだろうと思ったのと同時に、ボロボロと泣いていることに気付く。

 慌てて涙を拭うけれど、なかなか止まらない。


「メルちゃん、どうしたの?」

「え、だって、第二部隊が、解散する、って」


 悲しい。私は今、とっても悲しかった。

 打ちひしがれる私の前にベルリー副隊長がやって来て、優しく諭す。


「リスリス衛生兵、違う。うちの部隊が解散するという意味ではなく、今日のところは解散という意味だ」

「え!?」


 そ、そんな……。

 解散って、そういう意味だったの?


 しかも、勘違いしていたのは私だけだったようだ。


 みんなの顔を見る。ウルガスとリーゼロッテ、ザラさんにベルリー副隊長の表情は困惑。ガルさんは尻尾が垂れ下がり、心配そうにしていた。隊長とアメリアは呆れ顔だった。アルブムは話についていけていなかったのか、きょろきょろと視線を泳がせている。


 隊長は大きな溜息を吐きながら、再び解散の一言を述べる。


「皆、疲れているだろう。しばらく、ゆっくり休め」


 そんなわけで、改装が終わるまでの一週間ほど、お休みとなった。


 ◇◇◇


 ついに、寮からエヴァハルト伯爵邸に引っ越しました。

 荷物は少なかったので、アメリアが全部運んでくれた。


 部屋は埃だらけだろうと思ったけれど、綺麗に掃除をしてくれていた。

 ふかふかな布団も用意してある。


「アメリア、これ、すごいですね。私達の部屋ですよ!」

『クエクエ!』


 喜ぶ私とアメリアの間を、一匹の白いイタチが通る。


『アルブムチャンハ、ドコデ眠ロウカナ?』


 侯爵家で使っていた大きなクッションを持ちこんで来たアルブムが現われた。


「あの、アルブム?」

『ン?』

「どうしてここに?」

『ウン』


 気まずげに、視線を逸らしていた。


「あの、アルブムの契約者は侯爵様なんですよ?」

『ウン』

「侯爵様に許可は取ってあるのですか?」

『手紙ヲ、書イテキタ』

「文字、書けるんですね」

『チョットダケ』


 いったい、アルブムは侯爵様へどんな手紙を残してきたのかが気になる。

 しかしまあ、契約で繋がっているので現在地は把握しているだろうし、大丈夫か。一応、私からも手紙を書いておこう。


 アルブムとクッションを抱き上げ、寝室に連れて行く。

 寝台の上から天蓋カーテンが垂れ下がっていたので、それを改造してクッションを置けるようにして、アルブムの巣を作ってやった。


「アルブムの寝床は、ここ!」

『!』


 アルブムはぴょこんと跳び上がり、クッションを吊るした巣の中へと入って行く。


 ふかふかと寝心地を確認したあと、ひょっこりとカーテンの隙間から顔を出して聞いて来る。


『コレ、アルブムチャンノ?』

「そうですよ」

『ヤッタ~~!』


 三十秒くらいで作ったものだったけれど、喜んでくれたようだ。


 寝室は円卓があるだけで、物足りない。シーツや枕もただの白だ。

 何か、可愛い布でカバーとかを作りたい。


「でも、まずは食材を買って、生活に足りない物を揃えなければならないですね」

『クエ!』

「しかし、大荷物になりそうな」

『クエクエ!』


 荷物持ちをしようか? と、アメリアは聞いてくれたけれど、人が多い市場に連れて行くのは可哀想だ。ううむ、せっかくの申し出だけど、買い物は一人で行こうか。

 と、ここで、巣の中からぴょこんと下りて来たアルブムが、手をあげながら提案をしてくれる。


『アルブムチャン、荷物持チスルヨ!』


 そうだ。アルブムは収納魔法が使える。


「助かります。お願いできますか?」

『任セテ!』


 調理器具は貸してくれるらしいけれど、食器類まで借りるわけにはいかないので、買い揃えなければ。


 買う物は、食器に食料と――あとはお風呂で使う石鹸とか、タオルとか。


「では、アルブム、行きますか!」

『ウン!』


 アメリアにはお留守番をしてもらうことにした。

 私は鞄を肩にかけ、財布とアルブムを詰め込んで、市場に出かける。


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