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なんとか帰還

 砂蟻の巣でもギョッとしてしまう。なぜかと言うと、巣穴で蠢いていた大蠍の半身が食べられていたから。さらに、上半身だけなのにいまだ動いている。すごい生命力だ。

  魔物研究所のおじさんが、恐ろしい話を教えてくれた。


 砂蟻は窪んだ巣を作り、うっかり落ちてきた生き物を餌にする。一度転がり落ちたら最後。砂の斜面はサラサラと滑り、絶対に登ることはできないらしい。

 しかも、捕食する様子は残酷。獲物に噛みついて毒を注入し、内部の組織を破壊したあと、チュウチュウと吸う。食事を終えた獲物は巣の外に放置して、それに近付いて来た魔物や人も巣へと誘う。

 恐ろしい魔物である。

 今まで、砂蟻は成人男性くらいの大きさの個体しか発見されていなかった。

 しかし、今回討伐した砂蟻は、翼のある人工竜よりも大きい。三頭分くらいありそうだ。


「大蠍を喰らって、とんでもなく大きくなり、上位魔物に近い存在になっていたようだな」

「ひええ……」


 先ほど捕食した大蠍の半身が、巣の近くの砂の下から発見された。

 これもまたデカい。

 討伐された証として、爪の一部を持ち帰る。

 一応、大蠍が巣から出てくる可能性はゼロに近いが、万が一のことも考えて上半身も巣穴ごと燃やすことにしたらしい。


 いったん距離を置いて、術式を展開させるらしい。私はアメリアに跨り、他の人達は人工竜に騎乗する。


 離れた場所で、魔法研究局の局員が炎魔法を発動させる。

 大きな魔法陣が宙に浮かび上がり、火柱が空に向かって巻き上がった。


 その様子を、私達は切なげに見守っていた。


 ◇◇◇


 やっとのことでアニスの街に戻る。

 皆、疲れ切っていた。

 大蠍の討伐が終わったので、帰れることは嬉しいのだけど、いろいろ複雑なこともあった。

 きっと、ベルリー副隊長は今回の件に関して、嘘偽りなく報告をするだろう。

 悪い事態にならなければいいが……。


 魔物研究局、魔法研究局の局員とは、宿屋の前で別れることになった。


「リスリス衛生兵とアメリア、アルブムは先に休んでいてくれ。報告は私とガルがしておくから」

「はい、ありがとうございます」


 どうやら、眠れる山賊……ではなく、眠れる隊長を叩き起こすらしい。

 ベルリー副隊長とガルさん、なんて勇敢なんだ。

 私はへとへとだったので、お言葉に甘えさせていただく。


 部屋に戻り、そのまま寝たいところだけれど、体は汗でじっとりだった。

 風呂に入ってすっきりしなければ。休むことなく風呂場へ向かい、浴槽に水を張る。

 便利なもので、水の中に火の魔石を入れたら、あっという間にお湯になるのだ。

 魔石の表面には呪文が刻まれていて、文字を指先で摩っただけで術式が発動する仕組みだ。ちなみに、個人で魔石を買うのはちょっとお高い。

 でも、フォレ・エルフの村の冬場の風呂の準備は辛く、寒い中かまど番をしなければならない。魔石があったら一瞬で湯が沸くので、いつか購入して家族に贈りたいなと考えていた。

 脱衣所で三つ編みを解いて、外套を脱ぐ。


『クエクエ~』

「……」


 脱衣所にある鏡越しに、アメリアと目が合ってしまった。

 出入り口が小さく、鷹獅子グリフォンの成獣たる彼女は体の大きさが災いして、風呂に入れない。


「あとで、綺麗に拭いてあげますね」

『クエ~~』


 まさか、宿側も風呂好きな幻獣がいるとは想定もしていなかっただろう。

 視線が突き刺さるので、扉を閉めよう。


『アルブムチャンモ、ヒトッ風呂浴ビヨウカナ!』


 アルブムが肩にタオルをかけた姿で脱衣所に入って来ようとしたが――。


『クエッ!!』

『グギャ!!』


 アメリアがアルブムを踏みつけて、制止してくれた。

 首をクイクイと動かし、早く扉を閉めたほうがいいと、無言で合図を送ってくれた。

 ありがとうね、アメリア。


 服を脱ぐと、パラパラと砂が落ちてくる。発光していない、ただの砂だ。

 体中砂だらけで、口の中もじゃりっとしているような気がする。一回うがいしてから浴室に入った。


 魔石で温めた湯の熱さを手先で調べる。うん、いい湯だ。

 桶で掬い、頭から被った。

 大蠍が焼けるまで現場にいたので、汗まみれだし、煤まみれでもある。

 ゴシゴシと髪を洗い、石鹸で体中を磨いた。

 最後に、湯に浸かってはあと溜息。

 今日はもう、何も考えたくない。温かい湯を堪能することだけに集中していた。


 風呂から上がり、体を拭いて髪を乾かす。

 その後、アメリアの体を拭いてあげた。アメリアもまた、砂だらけだった。時間をかけて、綺麗にしていく。

 アルブムもよく見たら砂が付着していたので、風呂場で洗ってやった。

 桶に入れて、湯を注ぎ、両手で揉み洗いする。


『アアア、アアア、モット、優シク!』


 洗濯物を洗う感じで手を動かしていたら、アルブムに抗議された。案外、繊細な生き物のようだ。


 さっぱりしたところで、アメリアと並んで就寝。アルブムは足元で丸くなっている。

 寝台に転がった瞬間に睡魔に襲われ、あっという間に意識は薄れていった。


 ◇◇◇


 翌朝。

 アメリアが額をぐりぐり私のお腹に押し当て、起こしてくれた。


「うう~ん!」


 瞼を開き、背伸びをして起き上がる。カーテンの隙間からは、朝日が覗き込んでいた。

 帰って来て五時間ほど眠っていたのだろうか。もう少し寝たい。

 ベルリー副隊長は、隣の寝台で眠っている。いつ戻って来たのか、まったく気付かなかった。

 アメリアは早起きで、お目目はパッチリ。アルブムは腹を上に向けて、手足を広げて眠っていた。警戒心ゼロである。

 ぽってりとしたお腹をつついても起きなかったのに、鞄の中に入れていた飴の瓶がカランと鳴っただけで目を覚ました。


 そろそろ朝食の時間だろう。ベルリー副隊長はどうするか。

 一応、声をかけてみる。


「ベルリー副隊長、朝食はどうしますか?」

「う……ん」


 ぎゅっと体を丸め、枕に顔を埋めていた。やはり、お疲れのご様子だ。

 昨日は大変な任務だった。仕方がない話である。


「ベルリー副隊長、私達、朝食に行ってきますね」

「いや……待て、私も……」


 ベルリー副隊長はゆっくりと起き上がった。そして、体に巻きつけていた毛布がはらりと寝台に滑り落ちる。


「――え!?」


 ベルリー副隊長のまさかの姿に、私は目を剥いた。

 なんと、裸で眠っていたのだ。

 アメリアはアルブムの胴を咥え、脱衣所に連れて行き、バタンと勢いよく扉を閉めていた。

 そして、出てこないように、前足で押さえつけている。

 突然閉じ込められたアルブムは――。


『エッ、アルブムチャン、ドウシテ閉ジコメラレテイルノ?』


 ドンドンドンと扉を叩いていたが、アメリアは目を閉じて、門番に務めるばかりであった。


 それよりも、ベルリー副隊長はなぜ裸で眠っていたのか。

 惜しげもなくさらされた裸体を、じっくりと見てしまった。

 体の露出しているところは陽に焼け、腹筋はバキバキに割れている。胸は――前に温泉に入った時に見たので省略。

 腰はきゅっと細いけれど、腕は結構がっしりしている。まさに、戦う女性の身体つきであった。


 おっと、肉体美に見惚れている場合ではない。


「ベ、ベルリー副隊長、お召し物は?」

「いや、昨晩は、服を着る気力もなくて……」

「で、ですよね」


 まだ疲れが残っているのか、どこかふわふわした様子で話す。

 脱いだ服はきちんと畳んでいた。こういう、疲れていても几帳面なところが素敵なのだ。


 私はベルリー副隊長の鞄を探り、下着とシャツ、ズボンを取り出した。


「リスリス衛生兵、感謝する」

「いえいえ」


 なんだろう、上司のお世話をする気恥ずかしさは。

 まあ、原因はベルリー副隊長が全裸だからなんだろうけれど。


 騎士隊の制服に袖を通す頃には、いつものキリリとしたベルリー副隊長に戻っていた。

 袖のボタンを留める様子は、さまになっている。


「待たせたな、リスリス衛生兵」


 待望のお食事の時間となる。

 ちなみに、アメリアとアルブムはお留守番。


『エ、アルブムチャンモ、ダメナノ?』

「食堂の出入りについては、幻獣は許可されていますが、ペットは不可なので」


 言ったあと、しまったと思う。

 無意識のうちに、アルブムをペット枠に入れていた。

 しかし――。


『アッソウナンダ! ワカッタ』


 納得してくれた。アルブム、ペット枠でいいんだ。

 そんなことはさておいて。

 私はベルリー副隊長と共に食堂へ向かった。



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