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VS砂蟻 その二

 川鼈スッポンを食べ終えた砂蟻が、ズンズンとこちらへと迫って来る。


『クエクエ』

「はい、行きましょう」


 首に巻いていたアルブムは落ちたらいけないので、鞄の中へとしまった。


『パンケーキノ娘ェ……』


 鞄の中からひょっこり顔を出すアルブムは、不安そうにしている。

 不安なのか、ぶるぶると震えているように見えた。

 そっと頭を撫でると、落ち着いたよう。続けて、言葉をかける。


「大丈夫です。きっと、上手くいきます」


 これはアルブムを安心させる言葉ではなく、自分に言い聞かせているのだろう。

 正直、かなりというか、結構不安だ。怖い。


 けれど、やらなければならない。

 頬を両手でパンと叩き、気合いを入れた。


「頑張りましょう」


 アメリアに合図を送り、夜空へと飛び立った。


 ◇◇◇


 淡く光る青い砂。

 その中を縦横無尽に駆け抜ける砂蟻。

 目標は、巣穴の周辺に集まる人々。そのまま行かせるわけにはいかない。


 アメリアは大胆にも、砂蟻の前に出る。

 そして、巣穴とは別の方向に飛んで行った。


 砂蟻は――。


「よし、こっちに付いてきました」

『クエ!』


 ここで、砂蟻が頑張れば届きそうなくらいの低空を飛ぶ。

 あまりにも高くなると、諦めてしまうのだ。

 距離が近いからか、圧力というか、迫りくる気配がすごい。

 手綱を握る手に、力がこもる。じっとりと、嫌な汗も掻いていた。


『ギュルルル!!』

「ひえっ!」


 鳴き声が聞こえたと思い、振り返ったらすぐ後ろに砂蟻が!

 長い触角を震わせ、視界に捉えたアメリアごと食べようと思っているのか、大顎を広げている。


「ア、ア、アメリア、も、もう少し速く飛ばないと、砂蟻が迫っていますよ!」

『クエ!』


 地面スレスレに飛んでいたアメリアは、爪先を砂に着ける。

 蛇行しながら飛び続けると、キラキラと発光した砂が、宙に舞った。

 青い砂の粒は、砂蟻の視界を眩ませることに成功する。

 目の中に砂が入ったからか、その場でうごうごと動いていた。

 これで時間が稼げると思ったが、しかし――。


『クエ!?』

「うわっ!!」


 アメリアの体が、突然ビクリと震え、前に進まなくなった。

 翼を一生懸命は羽ばたかせているけれど、まったく動かない。


「アメリア、どうしたのですか!?」

『クエ、クエクエ!!』

「ええ~~」


 後ろ足に何かが絡みついているらしい。

 体を捻ってみたけれど、私の位置からは見えない。


「すみません、アルブム。アメリアの後ろ足を見てもらえますか?」

『エ!?』

「お願いします!」

『ウ、ウン』


 アルブムは鞄から身を乗り出し、アメリアの足を覗き込む。


『ア!!』

「どうなっていますか?」

『糸! 砂蟻ノ口カラ吐キ出サレタ糸ガ、絡ミツイテイル!』

「そ、そんな!」


 蜘蛛じゃあるまいし、糸を吐くなんて。

 その糸はアメリアの行動を阻むだけではなく――。


『クエ!?』

「うわぁ!!」

『ヒエエ!!』


 砂蟻は身を引き、糸を自分のもとへと手繰り寄せる。

 急に後ろに引かれ、ウッとこみ上げるものがあったが、必死に耐えた。


 糸がもう一本、飛んできたようだ。

 それはアメリアのもう片方の足に絡まり、引かれる力が強くなる。


『ギュルルル!!』


 再度、眼前に砂蟻の顔が迫った。

 もう駄目だ。


 まさか、糸を吐くなんて。


 ぎゅっと瞼を閉じる前に、目の前に魔棒グラの魔法陣が浮かび上がった。


 いや、今は食材なんていらな――あ!!


 この食材で気を逸らせるかもしれない。

 私は川鼈を作り出し、いくつも砂蟻に投げた。すると、地面に落ちた川鼈に食いついている。

 それはそれでよかったが、砂蟻の視線が下にいったので、糸で繋がっていた私達はアメリアごと地面に叩きつけられてしまった。


 散り散りになって、地面に転がるアメリアとアルブムと私。


『クエ!!』

「ぎゃっ!」

『ヒ~ン!』


 慌ててアメリアの無事を確認する。地面が砂で、かつそこまで高さがなかったので、大丈夫らしい。よかった。アルブムは砂に体の半分が埋まっている状態だった。急いで尻尾を掴んで引っこ抜く。


『プハ!』

「無事ですね?」

『ウン、平気』


 アルブムを鞄に詰め込んで、再びアメリアのもとへ。

 足に絡まった糸をナイフで切ろうとしたけれど……。


「なんですかこれ、切れない!」


 針金みたいな強度で、私の力では断ち切れない。

 足に何重にも巻き付いているので、外すことも不可能だ。

 どうしよう、どうしよう……!


 暗闇の中、砂蟻の赤い目が怪しく煌めく。

 どうやら、川鼈はすべて食べてしまったようだ。


「やっ、やだやだ!」


 危機が迫り、頭の中が真っ白になる。

 こういう時、何をすればいいのか、まったくわからなくなった。


『ア、アルブムチャンニ、任セテ!!』

「え!?」


 アルブムが鞄から飛びだし、砂蟻のほうへ駆けて行った。

 何をするのか見ていると、空間魔法で収納していた食べものを次々と出し、砂蟻へ投げつけている。

 よほど空腹状態なのか、砂蟻は嬉々として投げつけられた食料を食べていた。


 アルブムが頑張っている間に、糸をなんとかしなきゃ。


『クエクエ、クエクエ!』


 アメリアは「私は大丈夫だから、お母さんだけでも先に逃げて」なんて言っているけれど、そんなこと聞けるわけがない。

 私はナイフで一生懸命砂蟻の糸を切り付ける。

 しかし……。


「これ、なんで、切れないの!!」


 私の叫び声が、砂漠の中で空しく響き渡った。

 さらに、状況は悪化する。


「――え!?」


 ズルズルと、アメリアの体が砂蟻のほうへと引かれていく。


『パンケーキノ娘~~!』


 アルブムがこちらへ走って来た。


『ゴメン、食ベ物、ツキチャッタ!!』

「!!」


 今度こそ、糸を手繰ってアメリアを食べようとしているようだった。

 アメリアの体にしがみ付き、引かれないようにしたけれど、私の力なんて無力で、一緒になって引かれてしまう。


『ギュルルル!!』

「やだ、やめて、アメリアを、食べないで!!」


 眼前に迫る砂蟻。

 大きくて、怖い。私どころか、アメリアですら丸呑みにしてしまうだろう。


 砂蟻が大きな顎を広げた。

 ねちょりと、唾液のような物が牙から滴っている。

 もうだめだ。

 私はぎゅっと瞼を閉じて――。


「リスリス衛生兵!!」


 凛としたベルリー副隊長の声が聞こえた。

 その刹那、砂蟻の体が弾かれたように宙を舞う。

 同時にアメリアの体と、しがみ付いていた私の体も僅かに浮かんだが、足に巻き付いていた糸は一瞬にして断ち切られた。


 アメリアは体を捻り、体勢を整える。

 私は砂の地面に転がった。


 しかし、ダメージはなかったので、すぐに起き上がって振り返ると、見知った騎士の姿があった。


「ガルさん!」


 アメリアの糸をナイフで切ってくれたのは、ガルさんだった。

 駆け寄って、互いの無事を喜ぶ。

 ベルリー副隊長は――双剣を抜いた姿で砂蟻と対峙していた。


「――え!?」

『ア、アレハ……』


 突如として、天を衝くようにして砂地より氷柱が生えていた。

 砂蟻は氷柱のようなものに体を貫かれている。絶命しているようだった。


 それから、わずかに光るベルリー副隊長の双剣。


「も、もしかして、あれがベルリー副隊長の双剣の能力ですか!?」


 発動条件が謎な、魔導シリーズの武器。

 確か名前は、魔双剣アワリティア、だったような。


 呆然としているベルリー副隊長のもとへと駆けて行った。


「ベルリー副隊長、大丈夫ですか?」

「!」


 ここで、ベルリー副隊長は我に返ったようだ。


「リスリス衛生兵、無事、みたいだな」

「はい」

「他の者は?」

「無事です」

「そうか、よかった」


 なんでも、アメリアの足に糸が絡みついたのと同時に、助けに来てくれたようだった。

 しかし、驚いた。まさか、武器の力が発動するなんて。


「正直、我々だけでは助けられるとは思っていなかった」


 ベルリー副隊長は、ガルさんと共に死を覚悟して、助けに来てくれたようだった。


「そんな、そんなの……」


 魔双剣の力が発動したから、砂蟻を倒せた。

 でも、その力がなかったら、私達は今頃全滅だっただろう。


「私は、現場指揮官として失格だ」

「ベルリー副隊長……」


 どんな覚悟で、ここまで来てくれたのか。

 助かったから良かったと言えるけれど……。

 泣いたらだめだとわかっているのに、眦からはどんどん涙が流れてくる。


「私なんて、よかったのに」


 巣穴を燃やす術式は完成間近だったらしい。

 私が犠牲になったら、討伐は成功していたのだ。


「だが、もしも、リスリス衛生兵を見殺しにしていたら、私は一生、自分を許せなかっただろう」


 ボロボロと、堰を切ったように涙が流れる。

 皆、生きていて、本当に良かった。

 でも、ベルリー副隊長の決断は、騎士としてあるまじきもの。

 現場を放棄するなんて、あってはならないのだ。


「私は願ったのだ。あの砂蟻に対抗できる力があったらと」


 それは、強欲な願いだったのだろう。

 しかし、それを魔双剣強欲アワリティアは叶えた。


「単純によかったとは、言えない結果だ」

「……」

「しかし私は、皆が無事で嬉しい」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「気にするな」


 ベルリー副隊長は私の背中を優しく撫でて、励ましてくれる。


 ガルさんは討伐の証として、砂蟻の触角を切り取っていた。


 早くアニスの街へ帰らなければ。

 私達は、魔法研究局と魔導研究局の局員がいるところへ戻った。


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