ホカホカ! スイートポテト
昼間、しっかりと眠り、しっかりと夜に備えた。
ちょっと部屋が寒かったけれど、アメリアやアルブムで暖を取りながら眠ったのだ。
おかげさまで、元気いっぱいな状態で任務に挑める。
朝から砂漠で大蠍退治に出かけていた隊長御一行であったが、帰って来た時の表情は冴えない。どうやら、遭遇できなかったようだ。
「みなさん、お疲れ様です」
ウルガスは笑顔を返したつもりだったのだろうが、目元が笑えていなかった。それだけ、慣れない地形での討伐任務はきつかったのだろう。
一方で、リーゼロッテはわりと元気だった。
「リーゼロッテは、大丈夫だったみたいですね」
「ええ。私は人工竜との相性もよかったから」
なるほど。移動手段である人工竜との相性の問題であったと。
ウルガスは断然馬派だと言ってくれた。
「人工竜、俺の前だと、どうしてかすごい勢いで舌を出し入れするんです。それが怖くて……」
「完全に、ジュンの反応を面白がっていたわね」
ザラさんは口元に手を当て、目を細めながら話す。
人工竜にからかわれるウルガス。気の毒だけれど、ちょっと笑ってしまった。
砂漠は昼間でも肌寒く、陽が沈んだら白い息が出るほどだったらしい。防寒はしっかりするようにと、隊長よりお言葉がかかる。
その辺はぬかりない。私にはほかほか襟巻、アルブム・チャンがあるのだ!
隊長より、本日の活動報告を聞く。
やはり、大蠍の討伐はできなかったとのこと。
隊長は早く討伐して、家に帰りたいとぼやいている。まだ一日目なのに。
出現区域は商人が行き来する場所でもあるので、困っている人も多いだろう。可能ならば短期間で解決したい。
出発前、スラちゃんを持っていてくれないかと、ガルさんより託される。
お任せくださいと言って、スラちゃんを受け取り、首から提げて持ち歩くことになった。
私達はしっかり防寒着をまとい、夜の砂漠へ向かう。
◇◇◇
街の外の景色を見て、息を呑む。
昼間、白かった砂漠が、淡い青に光っているのだ。
砂漠の砂を使って作られた街の建物も、同様に青く染まっている。
この幻想的な景色は、ただただ美しい。口をぽか~んと開いたまま、景色に見惚れていた。
と、こんなことをしている場合ではない。任務に向かわなければ。
街の外では、魔法研究局の局員がずらりと並んでいた。
調査団は全員で六名ほど。うち、二名が魔物研究局の局員らしい。
人工竜を貸し出しての任務なので、同行することになっている。
砂漠の砂は手で掬っても、淡く発光している。
魔法研究局は、この謎について昼夜を問わずに調査している。
不思議なことに、この地域から持ち出すと光ることはないらしい。
精霊の加護か、それとも地質的な問題なのか。理由がわかるまで、調査を続けるとのこと。
今回も、アメリアにはガルさんが跨る。
スラちゃんは聖水を作り出し、みんなに振りかけてくれた。これで、魔物も寄って来ないだろう。
ベルリー副隊長と共に人工竜に跨り、幻想的な砂漠を進んで行った。
「その人工スライムは、すごいな」
私の後ろに跨るベルリー副隊長が、耳元で話しかけてくる。
「ですね! スラちゃん、すごい子なんです!」
内緒話だと前置きすると、ベルリー副隊長は私の腰をぐっと近くに寄せた。
密着した状態で、他の人に聞こえないよう話をする。
「それで?」
「あ、はい。スラちゃん、一度飲んだ物を魔力で生成する力と、飲んだ成分を分解して再生する能力があるんです」
「なるほど。それは内緒にしておかなければならないな」
ガルさんは報告書にまとめて隊長に提出すると言っていたけれど、ベルリー副隊長が知らないようなので、まだ報告はしていないようだ。今、言って良かったのか。まあ、ベルリー副隊長は口が堅いので、問題ないと思うけれど。
「なんだか、取り巻く環境がどんどん変わっていくな」
「ええ、そうですね」
ここの部隊に来てからいろいろあった。本当に、いろいろと。
第二部隊は居心地がよくて、過ごしやすい。上司や仲間達にも、深い信頼を寄せている。
けれど、このまま過ごしても大丈夫なのか、不安になる時もある。
突然、この環境が壊れてしまうのではないのかと、心がザワつくのだ。
「なんだか、最近秘め事が増えすぎて、ちょっと気が重いと言いますか……」
「そうだな。無理をさせているし、私達だけでは解決できない問題も抱えていると思う」
私の腰を抱くベルリー副隊長の力は、ぐっと強くなった。
「すまない。私達に大きな後ろ盾があればよかったのだが」
「いえ……」
十分、良くしてもらっているのに、心の安寧のために守ってくれる後ろ盾が欲しいだなんて、我儘だろう。
「今回の任務が終わったら、隊長とも話し合おう」
「ありがとうございます」
アメリア、アルブム、スラちゃん。
みんなが暮らしやすく、他からの脅威も受けない環境になるよう、私も頑張らなければ。
頬を打って、気分を入れ替えた。
一時間ほど人工竜で向かった先に、調査地となる砂丘がある。
そこで、魔法研究局の局員達は調査を始めるようだ。
まず、大きな結界を張って、魔物避けを施す。こうでもしないと、魔物の活動が盛んになる夜は調査どころではなくなるのだ。
しかし、結界も完全ではないので、私達護衛組が周囲を警戒しておくのだ。
私は衛生兵として、治療本部を作って備える。
アメリアはガルさんと共に警戒にあたっていた。
なので、スラちゃんとアルブムと三人である。
首からぶら下がっているスラちゃんを、アルブムは警戒していた。
私の腕を壁にして、恐る恐る覗き込んでいる。
「アルブム、スラちゃんは怖くないですよ」
『ウ~ン』
スラちゃんは妖精であるアルブムは平気なようで、瓶の中から手を振っていたが――。
『タブン、アルブムチャンヨリ、高位ノ存在ダカラ、ゾワゾワ、スルンダト思ウ』
「なるほど」
アルブムよりも高位の存在って、いったいスラちゃんにどれだけの予算をかけたのか。
能力については上に報告しなければならないんだろうけれど、悪用されるのは目に見えている。
叶うならば、このまま無害なスライムとしてガルさんとのほほんと暮らしてほしい。
ぼんやりと過ごしていたら、アルブムが突然ハッとなる。
「どうしました?」
何かに気付いたのか、急に砂場のほうへ走って行った。
探るように地面に鼻を近づけ、くんくんさせながら進み、途中で尾をピンと立てた。
『ココダ!!』
そう叫んで、砂をザクザク掘り始める。
気になったので、私も近づいて、アルブムが砂を掘る様子を眺めていた。
すると、砂から何かが出てきて――。
『見ツケタ!』
顔に砂を付けたアルブムが、両手で持ち上げる。
それは、真っ青な長い芋。
「え、なんですか、それ?」
『甘芋ダヨ』
砂漠地帯の、魔力が豊富な場所にのみ自生する甘い芋らしい。
しかし、甘い芋とはいったい……?
どんな味がするのか、想像できない。
アルブムはどんどん、甘芋を掘っていく。
私も手伝った。
スラちゃんもと瓶をドコドコ叩くので、手伝ってもらったけれど、あっという間に砂だらけとなる。
でも、一番大きな甘芋を掘り当てたので、嬉しそうにしていた。
うん、よかったね、スラちゃん。砂はあとで綺麗に洗い流そう。
甘芋について、調査中にナイフで手を切ってしまった魔物研究局のおじさんが教えてくれた。
なんでも、砂漠の幻の芋と呼ばれているらしい。
おじさんの治療を行いながら、話を聞く。
「すごいな、こんなにいっぱい」
「あ、はい、偶然見つけまして」
たぶん、妖精であるアルブムには興味がないだろうけれど、関心を持たれたくないので、適当に答えておく。
「砂に火を点けて、芋を入れて、蒸し焼きにするんだ」
「へえ~」
「砂牛のバターを塗って食べたら、悶絶するほど美味いらしい」
「おお!」
そういえば、市場で買った砂牛のバターを持って来ている。
そろそろ休憩時間なので、作ってもいいだろう。
おじさんが去ったあと、アルブムに聞いてみる。
「あの、アルブム、これ、蒸してもいいですか?」
『ヘエ、蒸シテタベルンダ』
「はい」
どうやら、アルブムは今まで生のままで食べていたようだ。
「たぶん、火を入れたほうがおいしいですよ」
『ソウナンダ』
だったらどうぞと、すべて私の前に差し出してくる。
「アルブムが先に取り分をどうぞ」
『イイ』
「なんでですか?」
『オイシイ物ハ、ミンナデ、食ベタホウガ、オイシイカラ!』
「アルブム……!」
本当、いい子になったなあ。
人間の食べものが欲しくて、妖精を使役して奪っていた時とは大違い。
きっと、善悪がわかっていなかったのだろう。
アルブムの頭を撫でてやったら、気持ちよさそうに目を細めている。
休憩時間になったので、甘芋の調理を開始した。
まず、鍋に青く光る砂を敷き詰めた。その中に、甘芋を並べていく。
上から砂を被せ、砂に直接火を点けた。
ボッと、砂が引火する。
魔力に反応しているのか、青い色が濃くなった。次第に、キラキラと輝く。
「うわ、綺麗……」
だんだんと強まる輝き。それは、宝石に劣らないほど美しかった。
串を刺して、芋に火が通っているか確認。
五分ほどで、すっと串が刺さるようになった。どうやら、火力が強いので、すぐに焼けたようだ。
足で鍋をひっくり返す。砂地に転がる甘芋。
厚い手袋を嵌めて、拾ってみる。
青い皮なので、あまり食欲が湧いてこないが、漂う匂いは甘い。
半分に割ると――中身はきれいな黄色だった。
「うわ、おいしそうですね」
『ホカホカダ~~』
さっそく、アルブムと半分こで食べる。
「あつ、はふっ!」
『甘~イ!』
そうなのだ。この芋、驚くほど甘い。濃厚な風味がある。なんだろう、蜜が溢れてくるような、この甘さは。
『スゴイ! 焼イタホウガ、ズット、オイシインダネエ!』
アルブムも新たな発見だった模様。
それにしても、おいしい。
身はねっとりした食感だ。こう、バターみたいな。
ここでハッと思い出す。甘芋には砂牛のバターが合うと。
鞄から取り出し、壺に入ったバターを匙で掬って、アルブムと私の芋に載せた。
バターが芋の熱でじわじわ溶ける様子を見守ってから、大きく頬張る。
味わいは甘じょっぱくなり、高級なお菓子のようだ。
ほかほかで、口の中ではふはふと冷ましながら食べる。
寒い中なので、余計においしく思えてしまった。
他の人にも持って行こう。
スラちゃんは液体じゃないと食べられない。帰ったら、スープか何か作ってあげなければ。
『アルブムチャンモ、芋配リ、手伝ウネ!』
「助かります」
こうして、アルブムと分担して、みんなに甘芋を差し入れた。