眠気覚ましの○○○
帰宅後、猛烈に疲れて眠りたかったのだが、私達は明日の夜、調査部隊について行かなければならない。なので、夜間は起きていなければならないのだ。
なぜ、街に到着したあと、買い物に行ってしまったのか。
疲労感半端ないし、はしゃいでいろいろと買ってしまった。
無駄遣いをしたと思う。観光地というだけで気分が盛り上がり、判断能力も鈍っていたのだろう。
「ベルリー副隊長、眠いです」
「なんとか耐えろ」
「うう……」
ちらりとアメリアを見る。
『クエ~~!!』
「寝たらだめだよ!」と、キリリとした様子で言われた。
アメリア、いつもだったら眠っている時間なのに偉いな。心構えが違う。
冷たい水で顔を洗ったり、体を動かしたり、お金を数えたりしたけれど……何をしても眠い。
頬を思いっきりパン! と叩いたが、効果なし。
眠たい時は、何をしても無駄なのだ。しかし、ここで眠っては、任務に支障が出る。
ここで私は、ベルリー副隊長に頬を力いっぱい抓ってくれとお願いした。
「リ、リスリス衛生兵の頬を、抓るのか?」
「はい、よろしくお願いします!」
目を瞑り、ベルリー副隊長のほうへ顔を向ける。
しばらく待っていたら、頬をむにっと抓まれたが――。
「……?」
頬を軽く抓んだまま、いつまで経っても力が込められない。
そっと目を開けたら、困惑顔のベルリー副隊長と目が合った。
「あの、ベルリー副隊長?」
「す、すまない。リスリス衛生兵を力いっぱい抓るなんて……」
手がぱっとされる。
「ベルリー副隊長だけが頼りなんです」
「しかし、可哀想で……このような残酷なことは、私にはできない……」
「そ、そんな!」
ここで、扉がコンコンコンと叩かれた。
やって来たのはザラさん。いったい何用なのか。
「ごめんなさい、夜遅くに」
「いえ」
すぐにその理由を察した。腕の中にアルブムを抱いていたのだ。
呑気にすぴー、すぴーと寝息を立てて眠っている。
「部屋を暗くしているからか、眠っちゃうみたいで」
「あ、なるほど」
「ガルさんのほうに連れて行くのも、悪い気がして」
「ですよね。わかりました。ありがとうございます。アルブムはこちらで面倒みますので」
「ごめんなさいね」
「いえいえ」
ザラさんとはおやすみなさいと言って別れる。
いいなあ、今から眠れるとは。
そんなことよりも、アルブムを起こさなければ。
「アルブム、起きてください!」
『ウ~ン、アルブムチャン、モウ、食ベラレナイヨ~』
「……」
なんとも幸せな夢を見ているらしい。羨ましい奴。
しかし、容赦するわけにはいかなかった。
「アルブム、夜に寝たら、明日の調査の時、困りますからね!」
『ムフフ~ン』
まったく起きる気配がない。
頭と足を掴んで、体をビロ~ンと伸ばしてみたけれど、ぜんぜんだめ。
アメリアが嘴で突いても、『イイ刺激~~』とか言って、効果はゼロ。
『アルブムチャン、オ腹イッパイダヨ~』
「……」
時間の無駄だと思い、アルブムは寝台の上に投げておいた。
私も、隣に寝転がった。ぐっと、歯を食いしばる。
「うう、眠たい、眠りたい~~!!」
「リスリス衛生兵……」
ベルリー副隊長より、可哀想なものを見る目が向けられる。
「リスリス衛生兵、何か、目が覚める食べ物とか、ないのか?」
「はっ!?」
眠気覚ましの食べもの、ある!!
私は鞄を漁り、昼の残りの兵糧食を取り出した。手にしたのは――チョコレートだ。
「チョコレートには興奮作用がある物が含まれていて、その効果で目が覚めるんです」
さっそく、チョコレートを齧る。
「不味っ!!」
思わず、もんどり打つ。ぼふっと、布団に着地した。同じ寝台で寝ていたアルブムは、ビョンと跳ねたが、やはり起きる気配はない。
この兵糧食のチョコレート、すごく不味い。どうしてこう、粉っぽいのか。
「チョコレートを珈琲などに混ぜたらどうだろうか?」
「あ、それ、いいかもしれません」
そういえば、珈琲にも興奮作用のある物質が含まれていたような。
しかし、珈琲など持っていない。しょんぼりしていると、ベルリー副隊長が布袋を手渡してくれる。
「これは?」
「先ほど購入した珈琲だ。一緒に飲もう」
「わあ、ありがとうございます!」
ありがたく、ベルリー副隊長の珈琲をいただく。
布袋を開けると、ふわりと香ばしい香りが!
「いい香りですね」
「私も匂いにつられて買ってしまったんだ」
珈琲は祖母が好きで飲んでいた。
フォレ・エルフの村では贅沢品なので、年に四回くらいしか買えなかったみたいだけど。
「器具などないが、珈琲の淹れ方を知っているか?」
「はい、おまかせください!」
祖母のお手伝いをしていたので、淹れ方はバッチリ。
乳鉢を取り出す。これで、珈琲豆を挽くのだ。
お湯も沸かさなければならない。抽出に使う布と紐を、煮沸消毒させなければ。
暖炉の火で、湯を沸かす。
珈琲豆は焙煎された物であった。
村で買っていた豆よりも、しっかり炒ってある。香りも濃い。
乳鉢に珈琲豆を入れて、ごりごりと挽いた。けっこう力がいるので、途中からベルリー副隊長が代わってくれた。
私は布の煮沸消毒を行う。
布をぐつぐつ煮ている間、珈琲豆のいい香りが部屋に立ち込める。
『ア~、ナンカ、イイ匂イスル~~』
やっと、アルブムは目覚めた模様。
すぐにぴょこんと起き上がり、ベルリー副隊長の珈琲豆を挽く様子を、興味があるのか覗き込んでいる。
『パンケーキノ娘、コレ何? 美味シイノ? ッテアレ、ナンデ、パンケーキノ娘ノ、部屋ニ!?』
「ザラさんが連れてきてくれたんですよ」
『ソウナンダ~』
何か手伝うことはないかと聞かれたので、チョコレートのカットをお願いしてみた。
できるかなと、心配しつつ見ていたら、器用にナイフを使い、チョコレートを細かに切り刻んでくれた。任せても大丈夫そうだ。
煮沸消毒した布の湯を、棒を使って絞る。
しばし冷やし、ベルリー副隊長の挽いてくれた豆と、アルブムが刻んでくれたチョコレートを包み、口を縛って鍋の中に入れる。
器具がないので、煮出しの珈琲しかできない。
あまりおいしくはないが、仕方がないのだ。
湯を一度沸騰させ、珈琲豆とチョコレートの入った布を入れる。
沸騰させないように気を付けながら、鍋の様子を見守った。
一分ほどで完成。
ベルリー副隊長と私、アルブムの分を淹れた。
カップから、深みのある香ばしい匂いが漂う。香りを十分に楽しんだあと、ふうふうとしてから飲んだ。
チョコレートを入れているからかなめらかな味わいで、コクがある。
ほどよい苦味と甘さがちょうどいい。
「うまいな」
「はい、おいしいです」
『コレ、スゴ~イ!!』
アルブムは珈琲を飲むのは初めてだったようだ。
目をキラキラさせながら、おいしいと言っている。お口に合ったようで何より。
スラちゃんに珈琲を飲んでもらったら、いつでも飲めるのに。
残念ながら、ガルさんのお部屋だ。
「というか、ガルさんも呼べばよかったですね」
「そうだったな。明日は、招いてみよう」
「はい!」
チョコレート入り珈琲の効果か、その後、眠気はほぼなくなった。
まだまだ夜は長い。
ベルリー副隊長とお話をしたり、アメリアの羽毛の手入れをしたり、アルブムに構ってやったりして、なんとか過ごした。
◇◇◇
朝――隊長、ウルガス、ザラさん、リーゼロッテは大蠍退治に出かける。
ウルガスは市場に売られて行くような、仔牛の表情をしていた。
まあ、頑張れ。
お嬢様のリーゼロッテのほうが、しっかり任務に向けて体調なども整えてきているようだった。
「リーゼロッテ、無理しないでくださいね」
「ええ、ありがとう」
アメリアからも『頑張れ~』と応援を受けて、嬉しそうにしていた。
「ザラさん、いってらっしゃい」
「ええ、いってくるわ」
隊長は――目が合ったけれど、いいや。下っ端が言葉をかけるなど、おこがましい。
手を振って別れる。
どうか無事でありますようにと、願いを込めながら。
今回のお話で100話目でした。今まで読んでくださり、ありがとうございました。これからも、メルを中心とした、第二部隊のゆる~い活動を見守って頂けると、嬉しいです。
そして今回、お知らせがございまして、なんと、『エノク第二部隊の遠征ごはん』の書籍化が決定しました。
マイクロマガジン社のGCノベルズ様にて、夏頃に発売予定となっております。
詳しい情報は、発売が近付きましたらご報告いたしますので、本編とあわせてよろしくお願いいたします。m(__)m