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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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山蛙のスープに、もも肉のカリカリから揚げ

 槍を片手に、耳を澄ます。

 山蛙フロッシュの鳴き声が聞こえたら、抜き足差し足忍び足で近づき、すかさず捕獲。

 そんな水辺の狩りを繰り返す。

 頑張れば人数分! なんて目標立てていたけれど、そう上手くはいかないわけで。


 しかも、最悪なことに――


「ひえっ!!」


 岩場で足を滑らせ転倒し、川に転がり込むようにして転んでしまった。

 全身びしょ濡れなのは言うまでもなく。

 浅いところだったのは幸いだけど、体を強く打ち付けてしまった。顔にも切り傷を作ってしまう。痛い、地味に痛い。

 岩場に転がっていた槍を回収し、馬のいるところまで戻って鞄を取る。山蛙フロッシュは鞍に吊るしておいた。

 落ちたのが綺麗な川でよかった。汚い川だったりしたら、泥臭さが取れなかったことだろう。

 どこか陰になるところがないかと辺りを見渡す。大きな岩があったので、そこに隠れて着替えることにした。

 大自然の中で全裸になる。なかなか勇気がいることだ。けれど、だんだんと震えてきて、奥歯がガタガタと震えているのだ。体を拭いて着替えないと風邪を引いてしまう。

 外套を脱げば、ビタン! と頭巾から何かが落ちる。


「うわっ、えっ、何……!?」


 なんと、川魚が入っていたようだ。

 せっかくなので、ありがたく頂戴する。

 ただで川に落ちたわけではないとわかり、いくぶんか気も楽になった。


 三つ編みを解き、水分を絞って、鞄から手巾を取り出し、体の水分を拭う。

 下着まで替えなければならない事態とは。

 濡れた服などはここの岩で乾かしておこうと思った。

 傷は村秘伝の傷薬を塗った。打ち身部分には、水で薄めた檸檬茅リモングラスの精油を揉み込み、血行の促進を促した。

 救護道具は豊富なので、衛生兵でよかったと思った瞬間である。


 まだ髪は濡れているけれど、これ以上ここでのんびりしているわけにもいかない。みんなの夕食を作らなければならない。

 水分を含んだ髪が肌に触れたら冷たいので、左右に編みこんで後頭部で纏めておく。

 ちなみに、昼食は各々パンと干し肉を持って行っている。私も頃合いを見て、食べなければ。


 隊長が決めた場所に戻って、その辺にある石を積み上げて、簡易かまどを作る。

 それから、火を熾すのだ。薪を集めて、マッチで着火。

 村にいた頃は基本的にかまどの火を絶やさないようにしていたし、必要な時は火打ち石を使っていた。簡単に着火可能なマッチは、本当に便利だと思う。


 まずは昼食を取らなければならない。

 メインは、さきほど偶然手に入れた川魚。寄生虫が怖いので、内臓は取り除く。

 火が大きくならないうちに、枝の棒に刺して焼いた。

 香草風味も美味しいけれど、今回はシンプルな塩味にした。

 焼くこと数分。綺麗に焼き目がついた。

 パンを鞄から取り出し、一緒に食べる。

 食前の祈りのあと、魚にかぶりついた。

 皮はパリッパリ! 良い塩加減だ。脂が乗っていて、噛めば微かに甘味も感じる。

 もぐもぐと、頭と骨を残して食べきってしまう。

 ふわふわパンには蜂蜜ミエレをとろ~りと落として食べた。

 パンに蜂蜜ミエレをたっぷり塗るなんて、村では考えられない贅沢な食べ方だろう。騎士隊万歳。

 満腹になった。魚の骨は他の隊員にばれないよう、穴を掘って埋めておいた。証拠隠滅完了。

 しばらく草の絨毯の上に横になり、腹休めをしていたけれど、陽が傾きだしたので、夕食作りに取りかからなければならない。がばりと起き上がり、背伸びをしたあと頬を打って気合を入れる。


 川辺で解体していた山蛙フロッシュを革袋から取り出す。


 山蛙フロッシュは腿の身がむっちりしていて美味しいのだ。

 三匹分切り分ける。からあげにするとしたら、一人一本。微妙だ。

 けれど、からあげが一番美味しいので、スープの具にせずに、香草を揉みこんで下味を付けておく。

 上半身は細かく切ってスープにする。頭部ももちろん投入。これで、なんの肉かわからないはずだ。


 身の半分を入れて沸騰させ、灰汁抜きをしたものに、薬草ニンニクや唐辛子ピマンなどの香辛料でしっかりと味付ける。途中で胡椒茸などを入れて、さらに煮込んだ。

 味見をしてみる。しっかりと、山蛙フロッシュの出汁が出ていた。

 スープ鍋をかまどから下ろし、小さな鍋を火にかける。

 さきほど摘んだ目箒草バジリコと薬草ニンニク、山蛙フロッシュの身に、オリヴィエ油を垂らしてカリっと炒めた。

 香ばしい香りが漂うそれを、スープに入れる。これで完成なのだ。


 あっという間に日が暮れて来た。

 角灯に火を点し、手元を明るくする。


 二品目は山蛙フロッシュのからあげ。

 下味を付けていた物を、少量のオリヴィエ油でからっと揚げるだけの簡単なお料理。

 タイミングよく、揚がったころに第二遠征部隊のみんなが戻って来た。


 疲れた顔をしている隊長を出迎える。


「お帰りなさいませ」

「ああ」


 頑張りの甲斐あって、目標討伐数をクリアしたらしい。

 明日の朝には帰れるとのこと。


「いやあ、ザラさんのおかげで早く終わりました」


 ウルガスの言葉に、満足げに頷くベルリー副隊長。


「お力になれてよかったわ」


 ザラさんは、片目を瞑りながら言っていた。柄の長さが身の丈ほどもある戦斧を軽々と手に持つ姿を眺めながら、細身の体のどこに力があるのかと不思議に思う。


 皆様、お腹が空いているようだけど、私はみんなの状態に目を光らせる。


「怪我、していませんよね?」


 以前、戦闘から帰ってきて、お腹が空いたと食事を取っていたら、みんなが地味に傷だらけだったことに気付いたのだ。

 揃ってこれくらい大丈夫と言っていたけれど、薬を塗らなきゃ痕に残るし、治りも遅くなる。

 今まで食事>治療だったみたいだけど、これからは治療>食事にさせていただく。


 一人一人確認する。

 ウルガスは手先が荒れていたので、保湿軟膏を塗った。

 ベルリー副隊長は頬にかすり傷があったので、綺麗に洗って傷薬を塗る。行き来する時に、枝に引っかけてしまったらしい。女性なので、顔は気を付けてほしいと思った。

 隊長は顎に切り傷が。ベルリー副隊長と同様に枝で切ったのかと思えば、髭を剃る時に失敗したものらしい。なんてこった。こちらも傷薬で対応。

 ザラさんは無傷だった。さすがである。

 ガルさんは毛がボサボサになっていたので、櫛で梳いてあげた。


 衛生兵の仕事が終われば、食事の時間となる。


 配膳をザラさんが手伝ってくれるようだ。丁寧かつ迅速にお皿を並べていく様子を見て、私もあんな風に手際がいい行動ができたらなと思ってしまった。


 ふと、視線を感じる。

 隣を見れば、ザラさんと目が合った。


「あら、メルちゃん、その髪型可愛いわね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 うっかり川に落ちて、髪を濡らしてしまった話をしたら、驚かれてしまった。


「水辺は本当に危ないから!」

「そうですね。気を付けます」


 なんだろう。心配してくれる人がいるありがたさ。身に沁みてしまった。


 パンを切り分け、スープの蓋をするようにお皿の上に置いていく。

 準備が整ったので、食前のお祈りをした。


「リスリス衛生兵、今日の食材は?」


 ウルガスが良い質問をしてくれた。けれど、答えは言わない。


「なんのお肉が入っているか、当ててもらおうかなと」

「お肉なんて持って来ていたのですか?」

「いいえ、昼間に調達しました」

「なるほど」


 私はザラさんに向き直り、挑戦状を叩き付けるように言った。


「ザラさん、このお肉が、なんの肉か不正解だったらうちの部隊に入ってください」

「あら、私、お肉には詳しいけれど」

「望むところです!」


 ザラさんは挑戦を受けてくれた。目を細めながら椀に浮かぶお肉を眺めている。


「食べよう」


 隊長の一言で、皆、一斉に食べ始める。


「あふっ、うわ、美味っ」


 ウルガスは気に入ってくれたようだ。ベルリー副隊長も頬が緩んでいる。

 ガルさんは猫舌なので、冷めるのを待っていた。


「骨は食べられますが、よく噛んでから呑み込んでくださいね」


 山蛙フロッシュは骨が多い。一本一本取り除いていたら、陽が暮れてしまう。骨からも良い出汁が出るので、そのまま煮込んだ。


「隊長、どうです?」

「普通に美味い。けれど、なんの肉か見当もつかない。魚のように淡白だけど、鳥のような風味も感じる」

「ふふふ」


 隊長はわからないと。


 ちらりと、ザラさんを横目で見る。

 何かを確かめるように、慎重に肉を噛みしめていた。

 スープを飲み、今度は腿のからあげを手に取る。

 私も掴んで噛みついた。

 カリカリに揚がった腿肉は、香草の香りが鼻を抜ける。骨から肉がほろりと解けるように外れ、噛めば旨みが滲み出る。隊長の言う通り、食感や味は魚と鳥の中間くらい。

 これは近所に住んでいたお爺ちゃんの好物で、捕まえて持って行けば、お小遣いがもらえたのだ。実際に食べたのは一回くらい。こってりしていなくて、なかなか美味しい。

 ザラさんは綺麗に食べ、足の構造を観察していた。

 足首から先は切り落としていたので、なんの生き物か簡単にはわからないはず。


 みんな、綺麗に食べてくれた。ホッとひと安心。


 最後に、ザラさんへと質問をする。


「なんのお肉かわかりました?」

「それがまったく。噛めばわずかに肉汁が滴ってくるけれど、くどくなくて後味はあっさり。こんなお肉、食べたことがないわ」


 ふふふんと、笑いそうになった。食堂で働いていたザラさんでも、山蛙フロッシュのお肉は食べたことがないようだ。


「でも、川に行ったって言っていたから、水辺の生き物なのよね」


 聞かれてドキリとする。

 自分からわざわざ親切に、ヒントを与えていたようだ。


「そ、それで?」

「う~ん、わからないけれど、珍しい水鳥?」

「残念!!」


 その刹那、ベルリー副隊長が「我が隊へようこそ!」と喜んでいた。

 困った笑顔を浮かべつつ、肩を竦めるザラさん。


「で、リスリス衛生兵、なんの肉だったんですか?」

山蛙フロッシュです」


 そう言えば、場の空気が凍り付く。


「か、蛙……?」

「う、嘘ですよね?」

「冗談だろう?」

「本当です」


 頭を抱える、ザラさん以外の隊員達。意外と繊細なようだ。


「やられたわ」

「すみません、難解な問題を出してしまって」

「ええ、鳥にしては骨が多いなと思っていたけれど、まさか蛙だったとは」


 なんとか騙せたので、よかったと思う。

 これで、ザラさんは第二遠征部隊の隊員となったのだ。


「でも、ザラさん。本当に良かったのですか?」

「良かったって」

「うちの部隊で」

「ああ――」


 ザラさんは耳元でそっと囁く。


「メルちゃんの料理が美味しかったから、一口食べた瞬間に、入隊は決めていたのよ」


 聞いた瞬間、顔が熱くなる。

 そんなの、殺し文句だろう。


 都会の男性は末恐ろしいと思ってしまった。

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