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がらんどうの現《うつつ》

作者: 奥川 歩

 とある日、とある心療内科で彼はこう診断された。

「抑うつ、統合失調症だとおもいます。しばらくは休職が必要でしょう。」

彼女は、医師はそう言葉にした。

診断書を書きますから、あとは睡眠薬と精神安定剤などの処方箋を準備しますから控え室でお待ち下さい。と事務的にそう伝えた。

彼女は別に冷徹でもなければ聖母の様ないつくしみの言葉を投げかける訳でも無かったが、退室直前に少しでも元気になってくれるといいんだけどねと若干リップサービスの様な思いを伝えてくれた。

 彼は何故、今此処にいるのかと漠然と考え込んだ。

こうなる兆候は以前から心当たりがあり過ぎた。両親の離婚。戸籍上もと父親の虐待まがいの心と身体への抗えない暴力的支配。

物心ついた時からそうだったので彼の幼少期からは常に孤独と猜疑心と“人間が嫌いだ”という嫌悪で溢れてきた。

それでも約20年弱は破裂しそうな、崩れて壊れてしまいそうな心身で耐え抜いてきたつもりだった。(もしくは既に自分でも気付かぬ内にそれは静かに音を立てながら崩れ、溢れ、壊れていたのかもしれない。)

 一ヶ月程前、彼の職場で“ごくありふれた事件”があった。

どこでだってよくあることだろう。彼の上司が些細な裏切りを敢行したのだ。だがそれがトリガーとなり過去からのストレスやトラウマが起爆剤となり彼なかでその死神が、溶かす様に心を犯したのだ。

控え室で頭を擡げながら思案していると自分の名前が呼ばれて診察の終わりが告げられた。

その後、同じ敷地内の薬局で精神安定剤と睡眠薬を二種、頭痛薬や栄養剤を処方して貰い、彼は自宅への帰路を辿った。


 昨夜から一睡もできなかった彼は部屋へ着くなりベッドへと倒れた込んだ。睡眠不足の所為かそれとも渦巻くストレスの所為かそれでも眠ることが出なかった。

彼の部屋は質素だ。元から几帳面過ぎる所もあり、無駄なものは置かず良く言えば綺麗な、悪く言えば生活感の無いようなビジネスホテルの様な所だった。

仕方なくの赤色で彩られた箱からイギリス産の煙草を取り出し火を付けた。

深い、鬱屈した溜息と共に紫煙を吐き出してしばらくは無想に耽った。

 幼少期は煙草というものが大嫌いだった。常に彼の“戸籍上元父親”が喫煙者だったのでからだ。副流煙から漂う咽返る様な悪臭と煙たさがことさら彼を阻害していたのだ。

しかし両親の離婚後間もなく彼はコンビニで安いウイスキーの小瓶とに煙草を購入して隠れるようにそれを“嗜んだ”。

単純な話だ。身体に悪い物を取り込めば早くこの世界からおさらば出来るものと安直に考えたのだ。

しかしどうやら、なかなかどうして気付けばそれに依存する様になっていた。

彼は“戸籍上元父親”の最後の言葉を思い出していた。

「元気でな」たった一言だった。その言葉にどれ程の意味が含まれていたのかは今となってはもう確かめようもない。

まるで子供が要らなくなった玩具をもういらないから捨てようという感じとも覚たえし、二度と会えない哀愁からの言葉だったのかもしれない。

その様な事を思い出したのもきっと疲れているからだろう。眠れぬ彼は本棚から二冊の短篇小説を取り出し眼鏡を掛けて読み始めた。

一冊はヘミングウェイ。もう一冊はフルガムだった。

本だけは彼の友であり、また心の拠り所であったのだ。読書の間は余計な事は考えずに済むし時間もあっという間に過ぎてゆく。

そして気付けば日は沈み部屋の明かりも薄暗くなっていた。

 彼は処方された睡眠薬2錠を水で流し込みベッドへと再び横になった。そのうち激しい耳鳴と吐き気が襲い意識を失い泥の様眠りについた。


 彼はおかしな夢を見た。窓から人の形をした怪物が入ってきた。

その“怪物”は姿こそ人間の様だが顔が変わり続けるのである。まるで一昔前の映画の3Dの様に。

その変わり続ける顔はどれも醜く獣のなり損ないの様であった。彼とどの様な会話をしたのかは覚えていないが不思議と恐怖心は無かった。

そして入れ替わるかのように男女5、6人が窓から現れた。男の一人が「怪物を見なかったか?」と尋ねきた。

それから急に彼を取り押さえようとしてきたので何とか応戦してその場は事なきを得た。

ふと玄関へと視線を移すと何故かパンプスの様なものが片方ずつ二種類置いてあった。

そして彼はああ、まだあいつ等は隠れてコチラを伺っているなと確信した。

予想通り三人が襲って来たのでまたもや彼は応戦した。不思議な事にその中の一人の男はバスルームに潜れており、見つかるないや水をかけてきた。

 その後はあまり覚えていないが気づくと現れた男女と彼を交えて全員で椅子に腰掛けて向かい合い会話をしていた。

曖昧だか彼は彼等にこの様な質問を投げかけた。「あの怪物が原因なのか?協力する。(何に対してだろうか)」

最後に覚えているのが彼が男の一人に煙草をくれないかと頼むとこちらに箱ごと投げつけてきた。

それをよく見ると本来ならあり得ない様なサイズのもので、なんだこれはと心で呟くと夢は終わり目を覚ました。


時間を確認すると朝四時であった。あまりの気持ち悪さにそれ以上は眠れず仕方なくベッドシーツを整え珈琲を淹れる事にした。

煙草に火を付け、口を珈琲で湿らせながら彼は夢の内容を反芻していた。

夢とは人の深層心理の表れだと本で読んだ事がある。もしそうならばあの“顔の変わり続ける怪物”も入れ替わる様に現れた“彼等”も自分なのかもしれない。

だとしたらそれらは自分の一部で今の精神状態だという事になる。

怪物の顔が醜く変わり続けるのも自分が今の最悪な状況から抜け出し、変わりたいと願っているからだろうか。

そしてその後に現れたから男女が自分を取り押さえ邪魔をしようとしていたのは脱却や変化を怖れているからだろうか。

ふと彼はバスルームで水をかけてきた男の事を思い出した。古い映画や小説などで、正気を失っている人間に対して冷水を浴びせるといった古臭いシチュエーションがある。

狭いバスルームに閉じこもっていたのは殻に、からに閉じ込められている自分に目を覚ませと伝えたかっのだろうか。

 これ以上考えては気が触れると思い彼は顔を洗おうと水道へ足を運んだ。

ふと小瓶に飾られていた花が目に映った。捨ててしまえば良いだろうに彼は再びそれの水を入れ換えた。

嗄れた花に今更水をやったところで意味はあるのだろうか。それとも今の自分と重ね枯死した花に憐情を覚え、その花がもし返り咲き新たな実を、花を、未来をつける事が出来るかもしれないと心の何処かで思慕したのだろうか。

“がらんどうの今に、渇き続けている自身の世界”に水という安心で満たされたいという渇望なのかもしれない。


 彼はある小説家の言葉を思い出していた。“現世うつつは夢、夜の夢こそまこと”

まるで今の自分ではないかと口を少し歪めた。

現世うつつと夢の狭間で足掻き胸三寸、このざまをそのまま言語化したようなものだと。

もう一つ彼は寝るまで読んでいたフルガムの短篇、“あ休みの前に”を思い出した。

 “「今必要な事は眠ることだ。他の人は眠っている。どうしてお前は眠らないのか?眠るんだフルガム。お休み。」

そして眠る。これは従来の意味での就寝時の祈りとは言えないが、夜の安寧と翌日を生産的な一日にしようとする希望をん前提としている。”

彼の言葉は確かに祈りと呼んでもおかしくはない。

そんな事を今考えながら再び彼はベッドに横になった。フルガムの様にもう一度寝よう。明日が良い一日であってほしい。彼の祈りを少しばかり拝借して眠ろう。

 もう夜も白けて鳥の囀りも聴こえていたが、彼は再び夢へと旅立った。














 



 


普段から文学が好きで本を呼んでいるのですが、執筆するのは初めてになります。

稚拙だとは思いますが読んでいただけたら幸いです。

よろしくお願いします。

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