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The end of summer


 10時 34分

 

 『おかしな話じゃないか? なんで“僕達”が入院しているんだ?』

 『仕方ないでしょ……。先生に見つかっちゃったんだから』

 

 白く柔らかなベッドの上で目をつぶり、頭の中で鳳京と会話をする。

 

 昨晩、蛍の病室に入ってきた医師、恒彦先生は私の元担当医で、目が合った瞬間、誤魔化す暇もなく正体がバレてしまったのだ。

 そこからは、やれ「どうして抜け出した」だの、「今までどうしてた」だの質問攻めにされ、気づけば再び入院させられて今に至る。

 扉がノックされたのはその時だ。

 

 「お見舞いに来ましたよ」

 「…………蛍」

 

 蛍は病室に入ると、ベッドに腰を下ろして足を組んだ。 私が質問攻めにされている間に目を覚ましたらしく、特に目立った外傷もなかったので今朝退院したそうだ。 

 

 「こうしてると連れ出した日を思い出しますね」

 「蛍がベッドの下から湧き出たんだっけ?」

 「そうですそうです。それで、そこの窓から外に出たんですよ」

 「…………懐かしいわね」

 「1週間前の出来事ですよ」

 

 1週間。言ってみれば短いものだ。でも、今まで生きてきた単調な24年間より、よっぽど密度の濃い、刺激的な7日間だった。

 

 「今日も連れ出してくれるの?」

 

 冗談混じりにそう問いかける。

 蛍は天井を見上げてしばらく黙ったあと、決心したように口を開いた。

 

 「今日はお別れに来ました」


 やっぱり、と思った。何となくそんな気がしたのだ。

 

 「“能面”が元組長を元に戻せないと分かった現状、これ以上逢莉さんを巻き込む訳にはいきませんから」

 

 蛍が上を向いたまま言うものだから、寂しいはずなのに頬が緩んでしまう。

 

 「それでは、私はこれで……」

 

 急ぎ足で病室から出ようとする蛍。私は「待って」と呼び止める。蛍は振り向かず、入口の前で立ち止まった。 

 

 「これからどうするの?」

 「とりあえずは、組長を復興しようも思います。生き残った組員もいるでしょうから……」

 「そう……見つかるといいわね」 

 

 鼻をすする音が病室に響いた。

 

 「寂しくなったら呼んでください。きっとベッドの下にいますから……」

 「連れ出しに来てくれるの?」

 

 蛍は返事をしなかった。その代わりに、右腕を軽く上げる。

 スーツの袖口が下がり、火傷の痕が目に入った。

 

 蛍が病室を去った後、再び目を閉じた。鳳京が話しかけてくることは無く、ただ1週間の日々が頭を巡った。

 

 「ありがとう。蛍」

 

 最初組長とか呼ばれた時は訳わかんなかったけど、楽しかったわよ。

 

 

 

 10時 42分

 

 「あー、気分悪ぃ」

 

 ベッドの上で不貞腐れる尭羅さん。昨日の戦闘でかなりの負傷をしたため、全身至るところに包帯が巻かれている。

 

 「真が“能面”倒しちまったら、俺がリベンジできねえじゃねえかよお」

 「でも、昨日も負けたんですよね?」

 「あんなもん、黒刃の乱入があったからだ。タイマンだったら負けるわけないんだよぉぉぉぉ」

 

 かなりイラついているようで、子供のように両足をベッドの上で何度も弾ませている。

 

 「こうなれば、真を倒すしかないな。│あいつが“能面”より強いなら、真を倒せば俺は“能面”よりつよいことになる。そうだろ?」

 「…………言いたいことは分かりますけど、あの時の真さん、僕の能力も使ってますからあの人自身の力だけって訳じゃなさそうですよ」

 「お前の能力? 実戦で使えたのか?」

 「ええ、尭羅さんの特訓のお陰で、かなり上達しました」


 それを聞くと尭羅さんは嬉しさ半分、照れくささ半分といった顔で笑った。

 

 「まあ、俺にかかればその位当然だろ。これからも精進することだ」

 「もちろんです。ご教示感謝します」 

 

 尭羅さんのケイタイが鳴ったのはその時だ。彼は画面を見て舌打ちをする。

 

 「じゃあ、僕はこの辺で」

 「ああ、またな」

 

 病室から出ると、眠気を抑えるダムが崩壊したように大きな欠伸が出た。 思えばここ数日まともに寝ていない。

 アパートに帰ることにした。

 

 

 

 10時 55分

 

 境夏の病室を訪れると、彼女はベッドから窓の外を眺めていた。

 

 「よう、境夏」

 「……真さん」

 

 彼女は寂しそうな面持ちでこちらを向いた。左目には包帯が巻かれている。

 俺は境夏の傍らに寄ると、彼女の手を包み込むように握った。

 

 「悪い……。千春、元に戻せなかった」

 「いいんですよ。真さんが帰ってきただけで私には十分です」


 彼女はそう言って屈託なく笑うと、恥ずかしそうに左目の包帯に触れた。

 

 「これ変じゃないですか?」 

 

 黒刃の能力の影響か、彼女の目はかなりのダメージを受けたらしい。右目はさほど影響を受けなかったが、左目は以前負傷したこともあり、回復は難しいそうだ……。

 

 「もしかしたら、ずっとこのままかもしれないそうなんです……」

 

 俺は自分の左目に手を当て、しばらくした後、その手で境夏の左目に再度触れた。

 

 「俺が君の目になる」

 

 「………………手、当るの長くないですか?」

 「悪かったな。“共有”には時間がかかるんだよ」

 

 …………優しい気持ちの分、余計に。

 

 “共有”を終えて手を離すと、境夏は何度か瞬きをした。

 

 「右目では真さんが見えてるのに、左だと自分が見える。…………これが視覚の“共有”ですか」

 「気持ち悪いか? 」

 「むしろ心地好いです。それに……、同じ方向を見れば違和感もありませんから」

 

 

 

 11時12分

 

 アパートまでの帰路を雨の中、駆け足で進んでいく。肌にかかる雨粒は冷たかったが、こういうものだと思い込めば辛いものではなかった。

 Tシャツが透けて肌に密着しかけた頃にアパートが見えてきた。アパートの前で誰かが居ることに気づいたのはその時だった。

 その人は、雨にも関わらず傘はささず、夏にも関わらずコートを羽織っていて、英国紳士をおもわせるその風貌と、一度見たら忘れられないようなその黒い髪は、僕の記憶を直接的に刺激した。

 そう、七日前の夜、僕が家出を決意した一番の要因とも言えるあの女性がアパートの壁にもたれて、佇んでいるのだ。

 

 彼女は僕の存在に気づくと、手招きするように僕をじっと見つめるのだ。

 それに従って彼女の近くに駆けていくと、金属のようで、今までに嗅いだことのない匂いが彼女を包んでいた。

 

 「また、会えたわね。調子はどう?」

 「お陰様で、僕の能力が人の役にたちました。あの夜別れた後、貴方の言葉に感化されて家出したんです。色々紆余曲折しましたが、僕の求めてた答えが見つかった気がします」

 「…………そうなんだ」

 

 彼女は自分の髪を数回撫でたあとに小さく溜息をついた。

 額に当たる冷たく硬い感触。なるほど、匂いの正体はこれか。

 映画などで見たことはあったものの、本物を拝むのは-------------銃口を向けられるのは初めての事だった。

 

 「皮肉なものよね。家出させたのは私で、連れ戻すのも私の役目みたい」

 

今回は各々のエピローグ的な話でした。思い返すと、逢莉と尭羅の活躍は少なかったですね。最初は尭羅を主人公にしようかと思ってたりしました。いつか単体の話とか作りたいです。


多分次回が最終回になるかと思います。あとは、光輝と不知火+α。光輝が家出する原因になった3人の話です。

あと少しですが最後までお付き合い下さい。

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