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“わたし”と“あいつ”


 最初の記憶は薄暗い路地裏。まるで“人間の型”に無理やり押し込められたような“違和感”があった。

 自分が何処で産まれて、何から産まれたのかは分からない。でも、何を“食べて”、どうやって“生きる”のかは本能的に理解した。

 

 『狭っ苦しい“入れ物”に入っちまったな』

 

 頭の中に響く声。“わたし”と“あいつ”は、誰にも認知されることなく産声をあげた。

 

 

 

 22時 24分

 

 玄関に置いた鏡の前で心を落ち着ける。黒のパーカーにスパッツ。いつも通り、出来るだけ動きやすく闇に紛れる服装を選んだ。

 “あいつ”の声が頭の中に響く。

 

 『いつまで感慨に浸ってんだよ。そろそろ私の時間なんだから変わんな』

 

 仕組みは分からないが、満月の夜だけ“身体の主導権”が“あいつ”に移る。“食事”の主導権を握るのは彼女であり、

 視界が暗くなった瞬間、私は、“あいつの人格が入った私”を幽体になったように頭上から見下ろしていた。

 重力や抵抗もなく、空間にふわふわと浮いている。こうなってしまうと私に出来ることは無い。完全に“あいつ”の独壇場である。

 

 「じゃあ、そろそろ楽しい“食事”に行こうか」

 

 “あいつ”は私の方を向き、ニヤリと歯を見せてきた。

 

 「やっぱり1ヶ月ぶりの“身体”は違うね。清々しい!」

 

 鼻歌まじりにドアを開き、外へ出ると大きく伸びをした。満月を一瞥した後にパーカーのフードを被った。

 

 「あれ? ロマちゃん今からお出かけ?」

 

 見ると、アパートの2階で、山辺 優子が柵に肘をのせてコチラを見下ろしていた。

 

 「まあ、そんな感じかな」

 

 私がしないような、天真爛漫な笑みを浮かべて“あいつ”が適当に返事をする。

 

 「聞いた話だけど、“ブラックバス”っていう殺人鬼が出るらしいから気をつけてね」

 「ホントぉ? ありがと優子さん。でも、私は絶対大丈夫だよ」

 

 私がいつも使わないようなうざったい口調で言うと、“あいつ”は優子に手を振りながら走り始めた。

 

 「…………だって、私が“ブラックバス”だから」

 

 優子に聞こえないように呟き、私達は夜の街へと駆け出した。

 

 私達を見送った優子は腕を組んで「うーん」と唸る。

 

 「あんな表情豊かな子だったかな? ……にしても、今日は真と光輝くんもいないし、アパートには私だけ。…………寂しい夜だね〜」

 

 

 

 22時47分

 

 目当ての“獲物”は早々に見つかった。

 コンビニにでも出かけていたのか“私達”と同じような格好にサンダルを履ている。髪はもちろん金髪だ。

 彼女は尾行されてることに気づいたのか、“私達”から逃れようと小走りになる。

 

 『コノママジャ逃ゲラレルゾ』

 「大丈夫だよ。人目のないところに逃げるよう誘導してるから」

 

 ホントかよ……。疑いながらもしばらく追いかけっこを続けていると、住宅街から離れたとある廃工場にたどり着いた。

 人がいた面影はあるものの、窓ガラスは割られ、所々にスプレーで落書きがされていた。錆びた機械が点々と残っているがらんどうとした工場内に金髪少女は逃げていく。

 

 

 『ね? 言ったでしょ?』

 

 “あいつ”は得意げな顔をすると、工場内の隅で息を荒げながら縮こまる少女に歩み寄る。

 

 「こんばんは。楽しい夜を邪魔してごめんね。でも、これがアナタにとって最後の夜になるんだから楽しんでね?」

 

 金髪少女は訳が分からぬままに、着実と迫りくる恐怖に唖然としている。

 恐怖から声も出ないのか口を金魚のようにパクパクさせている。

 

 「そんな怖がんなくてもいいんだよ?」


 ゆっくりと歩いていた“あいつ”の足が止まったのはその時だ。“彼女”は何かの異変に気づいたように地面を睨みつける。

 

 『如何シタノカ?』

 「おかしい……。何かが、来る……」

 

 いつになく真面目な表情の“あいつ”が少し後ずさった瞬間、地面が、水面のように波紋を帯び始めた思った。そして、そこから1人の女が飛び出したのだ。 

 夏にも関わらずコートを羽織ったその女は“私達”から目を逸らさずに言った。

 

 

 「隅で震えてるそこの子。はやく逃げなさい」

 

 金髪少女は一向に状況を理解出来ていなかったが、小鹿のように立ち上がり、そそくさと逃げていった。

 “あいつ”は逃げていく少女を横目で見たが、追うことはせず、突然現れた女を睨んだ。

 女も“私達”に銃口を向ける。

 

 「あーあ、せっかくの“ゴチソウ”だったのに。君のせいで逃げちゃたじゃないか」

 

 人の寄り付かない工場跡地。

 被っていたフードを脱いでから、銃口を向ける女を睨んだ。

 

 「満月に現れる殺人鬼“ブラックバス”って貴方の事でしょ? ちょっとお話聞かせて貰いたいんだけど」

 「人にモノを尋ねる時に銃を向けるよう教わったのか? っていうか、“ゴチソウ”を逃がした責任。取ってくれるんだよな?」

 「私を殺せたら煮るなり焼くなり好きにしなさい」

 「基本的に生で食べるから、煮るとか焼くとかいう行程は嫌いなんだよ。でも、君みたいなおばさんだとバイ菌の温床かもしれないし、調理するのも悪くないな」

 「……これでも28なんだけどね」

 

 「まあ、なんでもいいや。 それじゃあ、始めよっか。楽しい“食事”をさ……」

 

 沈黙の下、互いは睨み合っているが、どちらともどこか余裕があり、不真面目でヘラヘラしたしている。

 

 『オイ! アイツ拳銃持ッテルゾ』

 『だからなんだよ。あんな金属を直進させるだけの道具、“私達”の身体能力なら確実に避けれる』

 

 銃声が響いた瞬間、“私達”の頬を金属の塊が掠める。

 

 「……………………え?」

 

 “あいつ”が頬の傷口に触れ、間の抜けた声が口から漏れた。

 

 

 『避レルンジャ?』

 『違う! 今のは弾道すら見えなかった。銃声がした瞬間、目の前に“黒い穴”が出現して、そこから弾が飛び出したんだ』

 

 “あいつ”は傷口を拭う。

 

 『あの女、弾道を“私達”の目の前に“瞬間移動”させた……。多分、“テレポーター”の一種だ』

 

 柄にもなく冷静な分析に驚いたが、明らかに“あいつ”は焦っており、いつの間にか息も荒くなっていた。

 

 「一応、威嚇射撃のつもりだったけど降参する気になった? 出来れば生け捕りにしたいんだよね」

 「……拳銃向けといてよく言うな。殺す気満々じゃん」

 「殺さないための拳銃だよ」

 

 再び銃声が鳴った瞬間、“あいつ”はその場にしゃがみ込んだ。頭部があった場所に“黒い穴”が開き、弾丸が飛び出す。

 銃弾を上手く回避した“あいつ”は、凡そ人間の域を超越した脚力と瞬発力をもって一瞬にしてコート女との距離を詰めた。

 

 『相手ハ、“テレポーター”ダゾ。距離ヲ詰メタトコロデ、逃ゲラレル』

 『いや、“私達”に近距離攻撃しか攻める方法が無い以上、距離をとっても負ける。仮にテレポートされたとしても、また一瞬で近づいて弾切れまで殴り続けるだけだ!』

 

 “あいつ”は頭部めがけけて回し蹴りをした。コート女はまだ“私達”に反応できていない。

 この蹴りが入るのは間違いないと思った。しかし、固い頭蓋骨の感触はいっこうに足へ伝わってこない。代わりに得たのは―――この世のモノとは思えない。柔らかくも固くもない、ただ、冷たい感触だけの“何か”。

 

 「危ない危ない。今のはちょっとやばかったかもね」

 

 体中から汗がドっと吹き出し、“私達”は自分達が置かれた奇妙な状況に唖然とした。

 蹴りがコート女の頭部に当たろうという瞬間、突如、空間に出現した直径30cm程の“黒い穴”。蹴りを繰り出した足先が、その穴にスッポリとハマり、まるで水中にあるかのような感触を得た。

 この“黒い穴”がどういったモノなのかは想像すら出来なかったが、この世界の何よりも歪で、何よりも法則に反した存在なのだと直感的に察した。

 “あいつ”は、すぐさま“黒い穴”から足を抜き、バックステップでコート女から距離をとった。

 

 『なんだよアレ……。あんなモノがこの世に許されても良いのかよ……?!』

 

 “あいつ”は喘息のように激しく、音をたてながら空気を出し入れする。彼女の表情はこの世の終焉でも覗いてしまったかのようだ。

 数秒前まで、彼女を“テレポーター”だと思い込んでいたことが、どれだけ浅はかで、愚かであったか。自分という小さな物差しで彼女を図ろうとしたのがどれだけの愚行か。

 “私達”は目の前で銃口を向ける“怪物”に一種の畏怖さえ覚えたのだ。

 

 「今ので分かったと思うけど、私に物理攻撃は通らないから……」

 

 絶望的な答え合わせとともに、引き金を引くコート女。

 

 『オイ! 避ケロ!』

 「…………チッ」

 

 完全に反応が遅れた“あいつ”の太ももに銃弾がめり込むと同時、地面を紅色のシミが染めた。


 「もう諦めなって。どうやっても適わないよ」

 「……だれが」

 

 口を開いた瞬間、銃声と共に腹部に激痛がはしった。たまらず、膝をつき吐血する。

 

 「ほら、“今の”見えなかったでしょ? 身体的にも限界だよ」

 「…………んなことテメエに決められてたまるかよ」

 

 “あいつ”は地面の砂利を一握り掴むとコート女目掛けて投げつけた。煙幕にはなり得なかったが、一瞬だけコート女が目を瞑った。

 コート女が次に目を開けた時、“私達”の姿は何処にもなかった。

 

 「…………逃げられたか」

 


  

 23時 03分

 

 「クソッ! クソッ!」

 

 深く息をしながら、夜道を壁伝いに進む。出血の止まらない腹部を抑え、弾のめり込んだ太ももを引きずりながら必死に逃げた。

 

 「あの野郎……。いつか……、いつか絶対殺す……」

 

 辿たどしく発する声には涙声も混じっていた。

 

 『コレ以上ハ喋ルナ。出血ガ酷クナル』

 『…………分かってるよ。まずは、安全に休めるところを……』

 

 そうして歩き続けると、小さな公園に辿り着いた。少しでも身を隠せるようにと、“使用禁止”と書かれたトイレの個室に倒れ込むようにして入る。

 和式のトイレだったが、汚れなどいとわず、その場に座り込んだ。生ぬるい便器の水が指先に触れる。

 

 「…………死ぬのが便所か」

 

 薄々気づいていた事を、とうとう“あいつ”が言った。

 

 「こんな風になるなら、(あいつ)にトイレ貸してやるんだったな」

 『諦メルニハ早イ。此処デシバラク休モウ』

 「無理だよ……。ここに来るまで大量の血が地面に流れてる。すぐに追ってくるよ。 それにさ、もうあんまり目も見えてないんだよね…………」

 

 彼女は声に出して小さく笑ってみせたが、泣いていたのかもしれない。

 

 「ねえ、私達って何だったのかな」

 『分カルハズ無イダロ』

 「人間を食べないとカタチを保てない怪物か?」

 『…………カモナ』

 「最期までノリが悪いんだな……。でも、そういうところ気に入ってたよ。ありがとな」

 『礼ヲ言ワレル筋ハナイ。ドウセ、死ンデモ一緒ダロ?』

 「…………かもね」

 

 彼女はそれ以降何も口に出さなかったが、頭の中で直接語りかけてきた。

 

 『でも、このままやられるのは癪なんだよね。一矢報いてみようとは思う…………』

 

 立ち上がると、トイレのレバーに手をかける。“私達”の重みから、レバーが下がり音をたてながら水が流れた。

 

 

 

 23時08分

 

 地面についた血痕を不知火が辿っていくと小さな公園に辿り着いた。

 

 「そう言えば、ちょっと前に公園(ここ)で少年に介抱されたんだっけ……」

 

 たしか、あの日は鳳京 和夫に会って……、ビルから飛び降りて、と不知火は数日前の出来事を思い出していた。

 コートから拳銃を取り出して、警戒態勢をとる。追い詰められた人間ほど何をするかは分からない。

 充分に警戒しながら血を辿ると、“使用禁止”と張り紙のされたトイレの個室に行き着いた。

 不知火は小さく深呼吸をすると、一気にドアを開き、銃口を向けた。しかし、そこには誰もいない。

 

 「やられた!」と、すぐさま辺りを見回したが、“ブラックバス”が現れることは無かった。

 

 「…………あれ〜? おっかしいな。何処でまかれた〜?」

 

 欠伸をしながら頭をかく。

 

 「…………まっ、いっか。あの傷じゃ長くはないでしょ」

 

 そう言って自身の事務所―――“散産堂”へと帰っていった。

ずっと書きたかった話だけあって一番長い話になりました。


結局、ロマは何者なんじゃい! 最後はどういうことなんじゃい! という方もいらっしゃると思いますがご安心ください。


次回は18日のエピローグ且つ19日のプロローグの予定なので、そこで触れます

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