高校生能力者と衝撃復元者
14時 04分
「―――それが、真さんの高校2年生8月24日の出来事なんですけどね! あの時の真さんといったら日本語では形容し難い程……」
「境夏さん、その話も4回目です……」
境夏と2人になってから数十分しか経っていないはずなのに、“杉山 真 高校生活名場面集”を4週も語り続けらた光輝は少々苛立ちを感じていた。
「あれ? そうでしたか? じゃあ、高校1年冬休みの話にしましょう」
「それも3回は聞きました……。っというか、高校時代からお知り合いだったんですね」
「ええ、最初の頃は兄の友人程度にしか思っていなかったんですけどね。でも、ある日突然魅力に気づいてしまったんですよ」
頬に手を当てて真との思い出にひたる境夏。口元は緩み、可愛らしい笑みがこぼれていた。
「あれ? お兄さんいらしたんですか?」
「そう言えば、まだ紹介してませんでしたね」
境夏は自身の懐から奇妙な形のナイフを取り出した。
「兄です」
光輝は首をひねる。彼女の屈託のない嬉しそうな顔は嘘を付いているように見えない。さらに、光輝の嗅覚も“嘘だ”と否定しなかった。
比喩的な表現だろうかと思った時、光輝の嗅覚が“不吉な気配”を嗅ぎつけた。
「いや〜、ごめんなさい。遅れちゃいました」
光輝達の方にかけてくる青年。黒く、少し目にかかる程の髪に、“情報共有”の場で“矢黒”と名乗った人物だと光輝は覚えていた。
光輝の頬を冷や汗が落ちる。“矢黒”から漏れる狂気を彼の嗅覚が嗅ぎとったからだ。
「逢莉ちゃん達は先に行ってしまいました。そこのトイレから入れるらしいですよ」
「そうですか……。逢莉ちゃんもいるんですね……」
薄ら笑いを浮かべる矢黒を見て、光輝は全身の毛が逆立ち、体中を鳥肌が駆け巡った。
“矢黒”に対して人生で感じたことのない程の危険を察知し、それ以上に奴をこのまま行かせてはいけない。ということを“嗅覚”的に判断した。
「ちょっと待ってください!」
気づいた時には怒鳴りつけていた。矢黒は不思議そうに光輝を見る。
「アナタに一つ聞きたい。radianに向かって、“能面”に会って何をするつもりですか?!」
「……僕の目的は、“能面”の正体を暴くことで……」
「嘘ですね! アナタの目的は“能面”ですらない。本当の目的はなんですか!」
声を張り上げる光輝を見て、境夏は慌てて落ち着かせようとする。
「どうしたんです急に。 そんな怒鳴ることでもないじゃないですか」
「境夏さん騙されないでください。コイは絵に書いた好青年みたいなやつじゃない。嘘で塗り固められた存在なんです! 」
興奮する光輝とは対照的に、“矢黒”は表情一つ変えずに首をひねった。
「君は何か勘違いしてないか? 僕は悪巧みなんかしていない」
「……それも嘘です。 喋れば喋るほどボロがでますよ?」
“矢黒”は困ったように唸ると、腕を組んで考え込んでしまった。
「まあ、でも……」
少し考えたあと、重い口を開く。
「バレてるなら……仕方ないか」
“矢黒”から溢れる凄まじい殺意。
あまりの威圧に光輝は反射的に鼻をつまんだ。
「それで君はどうするんだ? 仮に君が止めに来たとしても、僕には勝てっこないよ」
光輝は鼻をつまんだ手を離し、顔の前に両拳を構えた。
「それでも止めます。 アナタを尭羅さん達の所に向かわせない」
光輝は雄叫びを上げながら駆け出す。その瞬間、黒刃の手から“玄波”が飛び出すのを、彼は視覚ではなく嗅覚で認識した。
黒刃の能力すら把握していないはずの光輝だったが、彼の鼻は“玄波”を“能力の塊”と認知する。
“玄波”が危険だと察知してからの光輝の身体は回避行動をとった。
熱いヤカンに触れた時のように反射的に行われたソレは、彼の意思に干渉されない偶然かつ奇跡的なもので、見事“玄波”を避けることに成功した。
避けられるとは夢にも思っていなかった黒刃は、二発目の“玄波”を打とうとするも、それより速く光輝の拳が彼の右頬にめり込んだ。
黒刃は後ろに転倒し、右頬を手で抑えた。
「どっ、どうだ! 僕だってやるんだぞ!」
息を切らしながらも、堂々と立ち尽くす光輝。殴り慣れていない拳は既に赤くなっていた。
「この程度で勝った気になるな!」
至近距離では“玄波”を避けきれないと悟った光輝はすかさずバックステップを踏み、黒刃との距離を開いた。
その間に黒刃は体勢を立て直しており、“玄波”を全身に纏っていた。
「1度殴った程度でいい気になるな!」
そう叫んだと同時に、左腕を大きく振り切る。その瞬間、黒刃を中心に“玄波”が幾重にも連発された。
避ける隙間のない攻撃に、光輝は無駄と知りながら身体を縮こめこんだ。
「無駄だ! “玄波”に防御は通用しない」
んなもんわかってるよ!と心中で叫びながら来るであろう未知の衝撃に備える。
“玄波”が触れた瞬間、光輝の体に雷に撃たれたと言っても過言ではないほどの激痛がはしった。
先ほど黒刃を殴った拳の痛みも、昨日radianで受けた衝撃も、更には幼い頃に転んだ膝の傷すらも、それら全てが同時に光輝の身体を襲った。
「どうだ? これまでの人生で受けたあらゆる苦痛を一瞬で受けた感想は。言葉にできないだろ?」
「なかなか……効くじゃないですか……」
口からはヨダレを垂らし、片膝をつきながらも虚ろな目で黒刃を睨み続けた。
「少々気に食わないが、さっきのカリは返したことにしとくよ。君じゃ僕に敵わないことも分かっただろうし」
「それは……どうでしょ。僕の目的はアナタに勝つことではありませんから……」
左足を引きずりながら光輝はゆっくりと歩き始める。黒刃とは逆方向に進んで行き、公衆トイレの入口前で壁に背中を当てながら倒れた。
「僕がここにいる限りアナタはradianに……、尭羅さんの元には行けない。僕をどかそうとしても時間は稼げます」
「なるほど、“通せんぼ”ってわけか」
光輝は頷くと、不敵に笑みを浮かべる。
「たしかに困ったな。じゃあこうしよう」
黒刃は口笛を吹きながら軽快な足取りで境夏の元まで来ると、気を失っている彼女の顔を片手で掴んだ。
「別にいいんだ。君がそこを退くまで彼女に“玄波”を当て続けるから。存分に通せんぼしてるといい」
「なっ、何をする気ですか!」
「どうやら、足も生まれつき悪いって訳じゃなさそうだし、目も怪我した事があるみたいだ。
…………そうだな、3秒ごとに“玄波”を打つことにしよう」
光輝の声を気にせず、黒矢は嬉しそうに笑った。屈託のないその笑顔に光輝は心底恐怖した。
「そ、そんなのムチャクチャで―――」
「1、2…………3」
境夏を掴む手から“黒色の波紋”が漏れ、彼女の体は電流が流れたように揺れた。
「わかりましたどきます! どきますから境夏さんを離してください!」
「なんだ、案外簡単に諦めるんだな。拍子抜けしたよ」
黒刃はもう1度“玄波”を発した後、境夏の顔面を掴んだ手を乱暴に離した。
光輝は無念そうに地面を這って、トイレの入口から退いた。
光輝の前を横切ろうとした黒刃がふと足を止めると、先程自分の頬に拳を入れた少年の前までやって来た。
朦朧とする光輝が、黒刃が目の前に立ったことを認識した瞬間、彼の頭部に重い蹴りが入った。
「やっぱりさっきの分返しとくことにした」
勝利宣言のような黒刃の笑い事を“嗅ぎながら”、光輝は意識を失った。
彼が、努力で埋めようもない“能力の差”を実感した瞬間でもあった。
結局1週間空いてしまいました。申し訳ない。
割と話も大詰めなのに、光輝が毎回ぼろ負けするという……。もっと戦闘描写はもっと巧みな文章で書きたいのですが、まだ理想と現実がイコールになりませんね