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BRAWL


 定休日のradianは日々の喧騒がうそのように静粛な空間だった。

 

 リングの中央に横たわった、“能面”の首元に蛍がそっと手を当てた。

 

 「…………脈がありません。完全に死んでます」

 「まさか死体で現れるとはな……。チッ、やられっ放しで終わりじゃねえか」

 

 コーナーバックにもたれながら尭羅が呟き、バーカウンターに座る翔也に尋ねた。

 

 「おい、翔也。 “能面”(こいつ)はどうやって現れたんだよ」

 「入口のドアから入ってきてな。ふらふら歩いてると思ったらそこでぶっ倒れた」

 「なんだよそれ……。radian(ここ)の医者は、前蔵時(ぜんぞうじ)は何か言ってたか?」

 「アイツは“ブロンドの美女”以外、“欠陥品”だと認識してるんだぞ。そんな気持ち悪いお面付けてる奴に興味持つわけないだろ」

 

 翔也と尭羅が話してる中、逢莉はリングの隅で“能面”を凝視していた。

 

 「とりあえず、お面はずしてみる?」


 逢莉の提案すると、蛍は“能面”の“能面”たる由縁を下からゆっくりと外した。 

 

 「結構……、気持ち悪いわね…………」

 

 昨晩付けていたとされる覆面は被っておらず、そこには“能面の素顔”があった。

 瞳は石のように白く乾き、頬は骨が浮き上がるほどに痩せていた。

 全体が干からびたミミズのように乾いた顔に、仲間を殺されたはずの逢莉と蛍すら哀れみを感じた。

 

 「どうしてこんなになるまで……」

 「んなこと考えたって分かるはずないだろ。それより“元能面”(こいつ)を地上まで運ぶぞ。顔がこれだから全身も痩せてて軽いだろうが、死人はおぶりたくねーな…… 」


 ため息を付きながら尭羅が足を踏み出した瞬間、死体の口から黒色の球体が飛び出すのを彼は見逃さなかった。

 

 「チッ、テメエ―――」 

 

 尭羅が舌打ちをしたのと同時に、球体は蛍の口内に飛び込む。

 体内に侵入した異物に、蛍の体は拒絶するように何度も咳と嗚咽を繰り返し、その場に膝をつくと静止した。

 

 「ちょちょ、ちょっと蛍大丈夫なの?!」

 

 逢莉の声に反応したのか、蛍は肩を震わせると立ち上がった。

 

 「ああ、全然大丈夫だよ。むしろ、絶好調かな」


 彼女の“妙な”口調に逢莉は首をたしげたが、むしろいつもより清々しい彼女の顔を見て安堵する。

 

 「でも何よ、その喋り方。可笑しくて笑っちゃいそう」

 「待て!!」


 歩み寄ろうとする逢莉を、尭羅が大声で制した。

 

 「さっきアイツの体に“何か”が入った。 無闇に近づくな」

 「え?!」 

 

 蛍は自身の口を手で覆うと、不適に笑い始める。

 

 「何がおかしい!」

 「いや、別におかしいわけじゃない。ただ“新しい体”を手に入れて喜びが溢れてくるんだよ」


 蛍は床に転がった“能面”を拾い上げる。

 

 「ねっ、ねえ? ふざけてるならそろそろ止めない? あんまり蛍らしくないじゃない」

 「別にふざけてるつもりはないよ。いつだって大真面目」

 

 指で“能面”を弄び、そっと自身の顔に備えた。

 

 「じゃあ、“コンティニュー” といこうか」

 

  

  

 16時03分

 

 「訳わかんない! どういうことよ!」

 

 反乱狂のように逢莉が叫ぶ。

 

 「慌てるんじゃねえよ。指し詰め、“体が乗っ取られた”とかそんなもんだろ?」

 

 逢莉とは対照的に落ち着いた態度の尭羅。彼は懐からペットボトルを出した。

 

 「そこの青年ご名答! 僕の本体は“黒色の球体”だよ。体内に入り込む事で人格を乗っ取ることも出来る。

 前の体は使い過ぎて声が出なくなるほどボロボロだったからね。健康な体に入れてよかったよ。でも、女の人の体は慣れないね〜」

 「お喋りが過ぎるぞ」

 

 尭羅は“水”を“氷”へと変化させ、剣を形成した。

 

 「ちょっとアンタ! 蛍に攻撃する気?!」

 「俺はな、“能面”に“足の借り”を返せればいいんだよ。今は蛍の体に人格があるんだからそうするしかないだろ」

 

 尭羅は剣を構えると蛍へと突撃する。

 反射的に目を閉じた逢莉は無意識のうちに叫んだ。

 

 「鳳京!!」

 

 逢莉を中心に渦巻き状の炎が形成され、彼女の脳内に夢の中で聞きなれた声が響く。

 

 『あーあーあー、何でこんなピンチの時に呼び出すんだよ!』

 『ピンチだから呼び出すんじゃないの!』

 『ああ、もう端的にせつめいするぞ? 昨日みたいに僕が能力をコントロールできない! だからこれからは君がやるしかないんだ』

 『はあ?! 急に言われたって困るわよ。目だって見てないんだから戦い用がないじゃない!』

 『今はそんな事言ってる場合じゃないだろ! あの青年なら蛍の命がかかってる。今前に突っ込めばちょうど青年にぶち当たるからやれ!』


 「ああ! もうわかったわよ!」 

 

 逢莉は炎を纏った全身で直進し、何かにぶち当たったと思った瞬間、おもいっきり右腕を横に振り抜いた。

 

 『うっひゃー、凄いぞ。あの青年壁にめり込んじゃったよ』

 『流石にうそでしょ? それより、なんでコントロールできないのよ』

 『あくまで憶測だけど、昨日、君に無理やり止められたせいじゃないかと思う』

 

 止められた? いつの事だったかと逢莉は首を傾げる。

 

 『あ、もしかして黒刃って奴が来た時?』

 『多分そうだろう。というか、その場に主悪の根源である“能面”の人格がいるんだ。まずは奴に聞こうじゃないか。特に蛍から引きはがす方法とかをね』


 逢莉は目を瞑ったまま、蛍がいるでろう方角を向いた。

 丁寧な拍手の音が聞こえる。

 

 「お見事。お見事。まさか君が鳳京の能力を引き継いだのか。幸運というか、不幸というか……」

 「やっぱり、鳳京について知ってるのね?」 

 「知ってるも何も、8月12日に僕が彼を物質に変身させたんだよ」

 「…………?!」

 

 “蛍”は犯行を自白する犯人のように語り始めた。

 

 「察しはついてるだろうけど、僕は“生物をランダムな物質に変身させる”能力者。“黒色の球体”も自分に能力を使った結果だね。

 鳳京を物質にしたまでは良かったんだけど、その物質が僕と同じような“真っ赤な球体”でさ。まさか意思まで持ってるとは思わなかった。僕の手から転げ落ちて、何処かに逃げていったんだ」

 「そして、私の体に入った…………」

 「そういう事だろうね。すごい偶然だよ。むしろ必然なのかもしれないけど」


 逢莉の中で、バラバラだったピースが次々とハマっていく。そして理解した。胸の火傷も、蛍に会ったのも、組合に入ったことも全ては、14日の夜に始まったことなのだと。

 

 「でも、君は凄いな。“球体”を体内に留めておきながら人格を保ててる。どうだい? 僕と一緒に来ないかい?」

 「へ?」


 思いがけない言葉に声が裏返る。

 

 「僕にとっては、君と“鳳京の球体”という貴重なサンプルが二つも手に入る」

 「そんなの乗るわけないじゃない……」

 「じゃあ仕方ないか。今使ってる体結構気に入ったんだけどなあ……」

 

 “蛍”がたぶらかすように言うと、逢莉を取り巻く炎が一斉に肥大化した。

 

 「まあまあ、怒んないでよ。君が来てくれれば“この体”に危害は加えない。なんなら、別の体に引っ越してもいい。僕が望めば今にでも出られるからね」

 「アンタ……、結構卑怯ね……」

 「そんなことないよ。ただの交渉さ。君“達”にとって、この“蛍ちゃん”は大切な人だろうから危害を加えることができない。さっき襲ってきた青年も今じゃ伸びてるだろうしね」


 


 16時 07分

 

 「おーい、起きろよ」

 

 頬を叩かれるのを感じ、尭羅は目を開いた。どうやら、バーカウンターの内側らしい。

 

 「どの位寝てた……?」

 「1分も経ってねーよ。まだ二人共リングの上にいる。にしても、派手にやられたな。 壁の修理代は高くつくぜ」

 

 翔也が真面目な表情で言うのを無視して、額に触れるとドロっとした生暖かい感触。手のひらを見て尭羅は苦笑する。


 「2人に増えたな…………」 

 

 尭羅は立ち上がると、右手に再び氷の剣を形成する。

 

 「水、追加しとくか?」 

 「いや、これ以上“水”はつかわねえ。こっからは“こっち”をつかう」

 「おいおいおい、店壊す気かよ……」


 翔也の苦言も無視して、リングへと走り始めた。

 一歩、また一歩と進む度に彼の左手に“薄青色の物質”が形成される。

 リングに掛け登った時には、剣の形を模しており、両腕に持つ異色の双剣を逢莉に切りつけた。

 

 背後からの攻撃を避けられるはずも無く、逢莉はその衝撃に吹き飛ばされ、コーナーバックに叩きつけられた。

 

 「アンタ……、左手に持ってるの何よ……明らかに氷じゃないでしょ」

 

 掠れた声を出しながら逢莉は立ち上がり、拳を前に構えた。

 

 「生命の源であり、最も危殆な存在―――酸素だ」

 

 薄く青い、自然界ではありえない存在の剣先を逢莉へと向ける。

 

 「こいよガキ。法則(ルール)の外側が相手だ」

英語の題名なんてオシャンティーですね。


前触れなく、アッサリと鳳京の秘密がバレちゃったり、尭羅が酸素使えたりといろいろ話が進みましたね。

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