感覚共有者の依頼
9時 24分
「なんで付いてきてんだよ……」
「真さんのアルバイトを見学したい。というのは建前で純粋に面白そうだからですよ」
6人収容用のエレベーターも、境夏が乗れば窮屈なもので、端の方に追いやられる。
“チーン”と到着を知らせる音がなり、エレベーターの扉が開いた。
「“散産堂”……、ここか」
「変な名前ですね……」
ふと、蛍を見ると額に冷汗を浮かべて、その場から少しずつ後ずさりをしている。
「どうしました? 蛍さん」
「いえ……、以前組長の件でここに来たことがありまして……。何て言うか、ここの方、変なんですよ」
「俺に女装して来させるくらいだからな……」
…………とは言ったものの、本当は鏡屋に着せられたのだが。
「あ、そうそう。一応これ拾っておきましたよ」
そう言うと境夏は、風呂敷からカツラを取り出した。 俺が先程投げ捨てたものだ。
「それ付けても絶対バレるだろ……」
「大丈夫ですよ。とてもかわいらしいですから。ね? 蛍さんも思いますよね?」
「え?! …………まあ、見えなくも……なくなくないような」
突然の問いかけに慌てる蛍。おい、これ絶対似合ってないやつだろ!
「でも、女性用のワンピースまで着て、髪型はそのままだと逆に違和感がありますよ」
「そうか? ……まあ、ここまで来たらやるだけやってみるか」
境夏から手渡されたカツラを雑に被った。多分地毛が間から見えているだろう。
扉を押すと、老朽化しているのか金具部分がギィィと音をたてた。
部屋の中はゴミ袋が散乱していて、足の踏み場を探しながら中へと進んでいく。
「ん? なんだこれ……」
足に“硬い何か”が当たった気がして、拾い上げると“銃弾”である。まあ、銃弾ね…………えぇ!?
飛び出しそうになった声を飲み込み、指でつまんだ銃弾をまじまじと眺めてみる。ドラマとかだと、硝煙? とかそういう臭いで色々と分かるのかもしれないが、あいにく俺は銃はもちろん銃弾なんて見たこともない人生を歩んできた人間なので、一切のことは分からない。しかし、“弾”があるということは、これを発砲できる物も存在するわけだ……。
「あ、 来てたんだ。ノックが無いもんだから気付かなかったよ。 っていうかここ数日誰もノックしてくれない。部屋に入る前に断り一つ入れてくれないんだよね。もしかしたら、私が気づかないうちにこの部屋は公園みたいな“公共の場所”にされてるのかな? そしたらここで寝泊まりしてる私はそこら辺のホームレスと変わらないのかな…………」
社長椅子がクルッと回り、そこに腰掛けた女性が少々早口で言い切り、1人で落ち込み始めた。夏を感じさせないロングコートを羽織り、腰まで伸びた黒髪が特徴的だった。
「デリヘル鏡屋から来た真だ。 アンタが不知火さんか?」
俺の発言に、ゴミを踏まないよう慎重に入室している境夏が「デリヘル?!?」と反応する。
「やっぱりそういうお店じゃないですか……。お店の番号おしえてくださいよ!」
こういう反応をされるからバイトについては話したくないんだよ……。
「たしか、“金髪の女”って依頼したはずなんだけどなぁ……」
俺の容姿を見た不知火は眉をひそめて、首を傾ける。
「君、どう見ても男だよね? それとも私の目がおかしくなってるだけで、そのカツラからはみ出てる黒髪も、女性にしてはやけにガタイのいい体型も本当は存在しない可憐な美少女なのかな?」
そりゃあ、バレるよな……。今着てるワンピースに袖を通してから、いや通す前から一瞬たりとして、いける!と思えなかったもん。自分も信じれないのに他人が信じるわけがないのだ。
「申し訳ないが現状空いてるのが俺しかいないんだ。確かに金髪じゃないし性別も男だけど……。でも、今さっき“かわいらしい”って言われたからさ。なんとかならないか?」
「多分、その“かわいらしい”って言ったのは私のことですね……」
恥ずかしそうに小さく手を上げる境夏。
俺の弁解を聞いて納得出来るはずもなく。不知火は自身の頭をボリボリ掻き始めた。
「君のその姿が可愛らしいとか。可愛らしくないとかはどうだっていいんだよ。今回の仕事は金髪で女の子じゃないとダメなんだよね〜。後ろにいる2人も女の子だけど黒髪だし。…………ていうか、車椅子押してる君って、前に来た組合の子でしょ?“和夫と能面”の件は解決したの?」
「ええ、ある程度は……」
「貴女“能面”をご存知なんですか?!」
蛍が曖昧な返事をしたのと同時に、境夏が“能面”という単語にすかさず反応した。その迫力に、不知火は椅子ごと後ずさりをした。
「あなたも“能面”を追ってるの……。残念だけど殆ど知らないわね。期待させてごめんなさい」
「そうですか……」
境夏が俯きながら残念そうに返事をすると、不知火は逸れた話を戻そうと俺の方を向いた。
「そういう訳で、金髪で女の子じゃないと話にならないわけ。っていうかその条件に当てはまってさえいたら最悪誰でもいい」
「逆に聞かせてもらうが、なんで金髪じゃないといけないんだ? あんたの言う“条件”でしか出来ない仕事が俺には思いつかない」
不知火は少し黙った後、「あんまり言いたくは無いけど……」と呟く。
「君、“ブラックバス”って知ってるよね?」
「ああ、もちろん」
彼女の言った“ブラックバス”とは満月に現れる殺人鬼の事だ。被害者が全員金髪の女性というのが特徴的で………………ああ、そういうことか。
「本来は“ブラックバス”を誘き出す囮の為に依頼したんだよね。別に適当な子でも良かったけど、一般人を巻き込むのは悪いなと思って依頼したの。…………そう言えば鏡屋の部下なんだし、何かしらの能力はもってるんでしょ? 都合良く“金髪の女の子に変身できる”能力とかもってないの?」
「そんな都合の良いもの持ってたら女装なんてしねーよ。俺の能力はだな……」
不知火に俺の能力を説明をすると、彼女は顎に手を当て、唸りながら何かを考え始めた。
「質問なんだけど、その能力って自分の視覚を壁とかと“共有”できて、つまりは壁から見た風景を自分も観れってことよね?」
「まあ、そうだな」
「じゃあ例えば、自分の視覚を複数の物体と共有することはできる?」
「…………出来ないな」
「え? 出来るじゃないですか」
俺の発言を否定するように境夏が口を挟んだ。
「学生の頃に校内全ての女子トイレと女子更衣室の壁に視覚を共有させて、かなり楽しんだと聞きましたけど?」
「あ、あれは若気の至りというかだな……」
ちなみに嗅覚も、聴覚も共有させていました。その事を伝えると、既にドン引きしている蛍に嫌悪感を抱かれてしまいそうなので、敢えて黙っておいた。
「つまり出来るのね?」
確認するように不知火が問う。
「ああ、出来るよ。でも複数の物体との“視覚共有”は気持ち悪くなるんだよ。出来ればやりたくはない……」
同時に複数の風景が見えるというのはかなり気持ちの悪いもので、溢れんばかりの性欲でもないとやる気になれない。女子のあんな姿やこんな姿を観るためなら努力を惜しまないのが男子と言うものだろう? …………そうだよな??
俺の返事を聞くと、不知火は頬に手を当ててウーンと唸り始める。しばらくその体勢が続いたと思えば突然「よし!」と立ち上がり、大きく伸びをする。
「計画とは違うけど何とかなるでしょ。真って言ったけ? 改めて仕事を依頼させてもらう」
「嫌な予感がするけど内容は聞くだけ聞こう」
「簡単な話よ。“ブラックバス”が出現しそうな場所全てに君の視覚を共有させればいいんじゃない。そうすれば街中を見渡せる監視カメラができるわけだから“ブラックバス”が現れたらすぐわかる」
「そんな横暴な依頼があるか!街中を監視するって、いったい何ヶ所と共有させる気だよ!」
「まあ……、百から千の間で済むんじゃないかな?」
「不可能だ………」
「それでも受けるのが仕事ってもんでしょ? どうせ断れないんだからサッサと始めよう」
不知火は俺の襟を掴むとキャスター付きのスーツケースを運ぶ要領で、俺を引きずっていた。
不知火さんの登場する話は何だかんだ長くなってしまいます。
作中キャラを(オブラートに言って)“おかしな人”順に右から並べれば、割と右端に寄ってそうな不知火さんですが今回は真と境夏がいましたからね、不思議とまともに見えますね




