感覚共有者のバイト
08時 52分
アパートから3駅程離れたマンションの1室に俺のバイト先、“デリヘル鏡屋”がある。
…………デリヘルと聞いて如何わしい店を想像したそこの貴方。勘違いしてはいけない。この店名は店長の鏡屋が、「こういう名前にしておけば勘違いした学生が電話してくるんじゃないか?」というイタズラ心から付けられたものだ。
名前に反して仕事内容は真面目なもので、例えるなら“何でも屋”みたいなものだ。
姉御とやってる事は根本的に変わらないが、仕事内容のレベルが違う。
そんな事を姉御に言えるはずもなく、今の所バイトについて詳しくは話してない。
「それで? 朝っぱらに呼び出したんだから相当な仕事なんだろうな?」
一人がけのソファにふんぞり返った男、鏡屋に尋ねた。
「まあそんなに慌てるなよ。 朝食でもどうだ? ちょうど食パンが最後の1枚なんだ。俺が食べるから、お前は俺を見守る係にしてやる」
「どっちにしろいらねーよ。こっちにも用事があるんだ」
鏡屋は「へー……」と生返事をすると、手元に置かれたトースターに食パンを入れた。
「実を言うとな、今回の仕事はお前向きじゃない」
「じゃあなんで呼んだよ……。ここの社訓は“適材適所”だろ?」
この会社は、「どんな能力者でも役に立つ現場があるはずだ!」という鏡屋の思いつきから出来たものだ。
依頼に合った能力者を派遣する人材派遣会社と言えるだろう。
「依頼人は“ブロンドの女”なら誰でも良いって言ってな、能力は問わないそうだ」
“ブロンドの女”なら、それこそ“そういう店”に電話した方が簡単に見つかりそうだが……。
「縦那でいいだろ? アイツ金髪だし」
「残念だが、別件の仕事でいない」
「じゃあ、鰐太でいいだろ。アイツも金髪だ」
「残念だが、あいつも仕事だ。っていうか、お前以外全員別件の仕事が入ってる……」
わー皆大忙しだー(白目)。何とも言えない寂しさが波のように押し寄せてくる。きっと“醜いアヒルの子”もこんな疎外感だったんだろう。
「ま、まあ……、俺しか空いてないのはいいとして、俺はブロンドでも女でも無いんだぞ? 要望に答えれないなら断った方がいいだろ」
「そうは言ってもだな……」
鏡屋はため息をつくと、分かってないなとでも言いたげに首を振った。
「今回の依頼人はな、“不知火”さんなんだよ」
「…………いや誰だよ。そんな自信満々に言われても困るわ」
「不知火さんも知らんのか……。年中コート着て、定期的にメチャクチャな依頼をしてくるうちの常連だぞ」
「聞く限りだと只の変人だけどな」
トースターがチンッと鳴ったのはその時だ。鏡屋は狐色に焼けたトーストを取り出すと、何も塗らずにかじり始める。
「つまりは断るに断れん相手ってことだ。機嫌を損ねても面倒だしな」
「だからって要望以外の奴が来ても怒るだろ」
「って言うと思ってだな。もう対策はしてあるんだよ」
食べかけのトーストを机に置き、鏡屋は引き出しの中を探り始めた。
「ほら、これで大丈夫だ」
そう言って鏡屋は“何か”を俺にほかった。
自分の胸にのったその“何か”を摘み上げる。どうやら金色のカツラのようだ。
「まさかお前……」
「そうだ。それを被ればお前も立派な“女の子”だ」
「こんなカツラで女になり切れるはずないだろ……。っていうか、この程度でなれる女なんて嫌だ」
「そう言うと思って、つけまつ毛と口紅と下着も用意しておいたぞ!」
「そういう問題じゃねーよ!」
机の上にはどんどん女性用品が置かれていく、鏡屋の引き出しは四次元空間にでも繋がっているのだろうか。……というか、これだけの女性用品をなぜ彼はもっているのだろう…………。
「おいやめろ。どれだけ出しても女装なんてしないからな」
忠告のつもりだったが、鏡屋の手は止まらない。それどころか手の動きはどんどん加速していき、机の上から物が溢れて、こぼれ落ち始めた。ちょうどゲームセンターにあるメダルゲームのようだ。
「なあ、真。俺としては下着で窒息死っていうのも悪くないんだが……、お前はどうだ?」
下着で脅迫される日が来るとは思っていなかったが、このままだと永遠に続きそうだ。
「わかったわかった。行けばいいんだろ?! 上等じゃねーか! 女装でもなんでもしてやるよ!」
カツラの一つを乱暴に拾い上げ、部屋から出るために扉へ向かった。
「待て待て。口紅と下着を忘れてるぞ?」
「……は?」
「あと、お前がちゃんと女装するか不安だからここで付けてけ」
「えぇ……」
二話投稿しようとしてましたが、どうしてもやる気が起きなかったんですね




