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感覚共有者と組合


 19時 56分

  

 境夏をだき抱えながら夜道を走る。

 

 「次の角を右です!」


 彼女の指示通りに進んでいくと、目的地の辺りで煙が上がっているのが分かった。

 

 「どうやら急いだ方がよさそうだな」

 「ごめんなさい私のせいで……。重くないですか?」

 「重くは無いけど走り続けるのは結構足にくる……」

 

 車椅子を光輝に預けてから、ずっと走りっぱなしだった。日頃の運動不足を今になって後悔する。

 

 「おい、 待ってくれよ!」

 

 後方から声がしたと思もい立ち止まると、1人の青年が足に包帯を巻いて走ってくるのだ。たしか、光輝の隣にいた男だ。

 

 「悪いけど今忙しいんだ。後にしてくれないか?」

 「お前ら“能面”を追ってるんだろ? 俺もアイツにはカリがあるんだ。同行させてくれ」

 

 俺達以外にも“能面”を追っている人間がいた事に驚いた。

 境夏と目を合わせて互いに頷く。

 

 「人数が多いのは悪いことではありませんから、私は構いませんよ」

 「けど、俺は気にせず走り続けるからな。ちゃんとついてこいよ。俺は杉山 真。 こっちは如月 境夏きよかだ」


 境夏が頭だけをペコリと下げて挨拶をする。

 

 「俺は 八神だ。しばらく頼むぞ」 

 

 簡易的な自己紹介を済ませ、3人に増えた一行は再び走り始めた。

 

 

 

 20時05分

 

 「おいおい、これは酷いな……」

 

 到着した場所は、今まさに燃え上がっているビル。 建物の大半が炎に包まれ、まさに焦熱地獄と言ったところだろう。既に野次馬の集団が出来ている。

 

 

 「境夏。本当にこの中に“能面”がいるのか?」

 「ええ、地図の場所とピッタリ重なっています。ここで間違いありません」

 「でもこの火事だと中に入るのも一苦労だぞ」

 

 3人にしばらく沈黙が流れたが、俺は既に決心していた。歩けない境夏がビルに入るのは不可能だろう。八神は一見万全な状態に見えるが、走る様子がどうも不格好だった。きっとまだ足が完治していないのだ。

 そうなれば俺がやる事はただ一つ―――。

 

 「俺が中に入るよ」

 「何言ってるんですか!? 危険すぎますよ!!」

 

 境夏が断固として反対する。予想通りの反応すぎて少し笑ってしまった。

 

 「境夏。お前も充分理解してると思うけど、こんなチャンス滅多にない。次もまた4年後になるかもしれないんだ。だから俺は行く」

 「そんなこと分かってますよ! 分かった上で言ってるんです。 もし真さんに何かあったら、私はどうすればいいんですか……」

 

 境夏の瞳が潤みはじめる。今にも泣き始めそうな境夏をそっと地面に下ろした。しかし、彼女は俺の首に手を回して頑なに離れようとしなかった。

 

 「大丈夫。俺は必ず“能面”を連れて戻ってくる。そしたらお前の兄貴を元に戻してもらって全部元通りだ。だから安心してくれ」

 

 彼女は鼻を啜って涙をこらえながら、自身の懐を探り始めた。

 

 「どうしても行くというなら、コレも持って行ってください……」

 

 境夏から渡されたのは、1本の歪なナイフ。俺と彼女を繋ぎとめる物であり、“能面”を追う理由だ。

 

 「ありがとう。じゃあ行ってくる」

 

 八神に、境夏を頼むと目配せをしてから、再度ビルの方を観た。

 建物全体覆う炎は傍から見ると提灯のようで幻想的だ。窓から溢れる煙も外からでは大きな黒色のバケモノに見えてしまう。

 そう思うと、不思議と頬がゆるんだ。恐怖と緊張が空回りしたのだろうか。

 少し後ずさり、助走をつけてから一気にビルへと突っ込んだ。

 

 

 

 一階はそれほど炎が回っていないようで、苦労しながらもなんとかエントランスまでやって来ることができた。

 

 「だ、誰ですか?!」

 

 見れば、女性が廊下の壁に寄りかかりながらこちらへと進んできている。

 

 「“能面”を探しにここまで来たんだ。何か知らないか?」

 「能面!? 貴方も“能面”をご存知なんですか?」

 

 彼女の話を聞くところによると、“能面”は彼女達のボスについて手掛かりを握っているらしいのだ。詳しく聞く暇は無いが、彼女も“能面”を追っていたらしい。

 

 「でも、この建物割と広いですし、上の階はほとんど火が回っています。早く逃げた方がいいですよ」

 「それでもやらないといけないんだ。境夏の兄貴を直せるのは“能面”しかいない。それより、アンタも早く逃げた方がいいぞ。今なら無事に出れるはずだ」

 「私もやる事があるんですよ……。今この時も逢莉さんは戦ってるかもしれない……。彼女を置いて逃げることは出来ません」

 

 怪我でもしているのだろうか、覚束無い足取りで彼女は火の粉舞う階段をゆっくりと登り始めた。

 

 「お前ボロボロじゃないか! 今逃げないとガチで死ぬぞ!」

 「組合の皆と死ねるなら本望ですよ……」

 

 彼女の言う“組合”がなんの組織かは知らないし、彼女が助けようとしている“逢莉”が誰かも分からなかった。しかし、気づくと彼女に肩をかしている自分がいたのだ。

 

 「何してるんですか貴方。“能面”を探しにいくんじゃないんですか?」

 「自殺しに行く奴をほっとける程冷酷じゃないんだよ。それに、アンタの助けようとしてる子が“能面”を知ってるかもしれないだろ」

 

 階段を登りきると、会議室へと向かった。

 発火元はその会議室なのか、近づくにつれて炎の勢いも増していく。


 「逢莉さん!」

 

 運の良いことに女性が探していた少女は入口の近くで倒れていた。会議室の天井が崩落していたので、少女がこの場に倒れていなければ救出は不可能だっただろう。

 女性が少女を抱き上げて意識を確認する。

 

 「大丈夫なのか?」

 「わかりません。でも、早く脱出しないと危険です」

 

 俺が少女をおぶって会議室から廊下へと出た。 既にエントランスも火の海になっている。


 「これじゃあ窒息よりも先に焼け死ぬぞ」

 「貴方、“能面”を探すのでは?」

 「1人で歩けないやつが、女の子おぶるなんて無理があるだろ。外まで俺が連れていく」 

 「…………感謝します」

 

 服の襟を口に当てて出口へと向かう。天井が今にも崩れそうだと思っていた矢先、空から落ちてきた瓦礫が出口へと続く道を塞いでしまった。これでは外に出ることができない。

 

 「裏に非常口があります……。そこに向かいましょう」

 「いや、そっちの出口も塞がれてる可能性がある……」

 

 俺は、境夏に渡されたナイフを取り出した。

 

 「悪いな千春ちはる。お前の能力借りるぞ……」

 

 刃で瓦礫を切りつけ、その後少し離れた床にナイフを一刺しした。ナイフ投げでも出来れば、もっと格好よく、そして手間なくこなせる動作なのだろうけど俺には無理だ。

 廊下を塞いでいた瓦礫がすこし浮いたと思えばすぐに動き始め、床にナイフを刺した場所まで移動した。

 

 「よし行くぞ!」

 

 ナイフを懐にしまって再び走り出した。

 

 「今何したんですか!」

 「今説明してる暇なんて無いだろ! 出来るだけ喋んな!」

 

 ビルから脱出したのと、ビルが倒壊し始めたのはほぼ同時だった。

 

 「…………死ぬかと思った」

 

 肩で息をしながら、おぶっていた少女を女性に渡した。

 

 「真さん!!」

 

 床に座る境夏が声をかけた。

 

 「ああ、お前と千春のお陰で助かった。ありがとよ」


 ナイフを返すためにしゃがむと、すかさず境夏に抱きつかれた。

 

 「良かったです……。生きてて本当に良かったです……」 

 「ああ、でも“能面”は見つけれなかった……。謝らないといけないな……」

 「いいんですよそんなことは……。また探し出しだすだけですから」

 

 探し出すなんて簡単なことではない……。まともな手掛かりを手に入れたのも今日が初めてだと言うのに。しかも、今回の火事で死んでる可能性だってあるのだ。

 

 「そう言えば、あそこのお2人は誰なんですか?」

 

 境夏が顎で指したのは、ビルの中で会った女性と少女。

 

 「俺も詳しくは聞いてないんだが、彼女達のボスについて“能面”が何か知ってるらしい」

 「そうなんですか……」

 

 境夏は何か考える事でも始めたのか途端に静かになる。

 

 「なら、ここにいる私たちは、全員“能面”を探してるわけですね」

登場人物達が段々集まってきました。

17日の山場はここで終わりですが、まだあと1人残されてる方がいます。


次回はその人の話になります

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