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高校生能力者の初戦

約50話くらい続いて、初めて主人公が戦うって大丈夫なんですかね……


 リングの真横に置かれたパイプ椅子に腰をかけていると、人々の歓声はなお大きくなる。極度の緊張からか僕の耳にはほとんど届いてない。

 

 「特にこれといったルールもない。言うなら、ルールがないのがルールだな」

 「それ言いたいだけだろ」


 翔也さんが自慢げに言う声は、辛うじて耳に届いた。

 返事すらしない僕を見かねてか、尭羅さんがドンッと肩を叩いてきた。

 

 「しっかりしろ! 今までで一番の重症でも複雑骨折くらいだ。死にはしない」

 「充分怖いですよ!」

 「いや、尭羅それは違うぞ。一番の重症は郷助ごうすけさんの眼球と右腕の同時破裂だろ? 複雑骨折なんてよくある事じゃないか」

 「そう言えばそうだっな! 郷助さんを忘れちゃいけなかった」

 

 2人は僕の事など気に止めもせず、声をだして笑い出した。励ますどころか余計に怖がらせてることを自覚しているのだろうか……。

 暫くして、僕が笑っていないことに気づくと翔也は眼鏡をクイッと上げ、少し真面目な表情になった。

 

 「実際問題、ヤバそうになったら止めに入ってやるから安心しろ。それに郷助さんは奇跡的に完治して、今じゃピンピンしてるはずだから」

 

 破裂したものがどう治ると言うのか……。嘘をつくにしても、もう少しバレにくいのをお願いしたいものだ。しかし、“止めに入ってくれる”と言うのは少し安心できた。

 

 「よし、そろそろ行ってこい。やれることは全部やってみろ」

 

 翔也さんに感化されて芽生えた本の極小量の期待、それを大きく上回る恐怖心と緊張。既に逃げれる状況じゃないんだ。言われた通り、やれることは全部やろう。

 

 「あ、ちょっと待て」

 

 リングに登ろうとしたところで、尭羅さんに呼び止められた。彼は僕の肩に手を回し、僕以外には聞こえない声量で語りはじめる。

 

 「お前に基本的な事教えてやるよ」

 

 そう切り出した彼は、僕の返事を待つことなく話を続ける。

 

 「能力者と戦うときはな、相手の能力の能力を見極めることが重要だ。どんな能力でも大体は弱点があるからそこを突くんだよ」

 「………………そんなの当たり前じゃないんですか?」

 「最初に基本的なことって言っただろうが。お前が何も知らないペーペーみたいな顔してたからわざわざ教えてやったんだよ」

 

 そう言って僕の頭を小突き、尭羅さんは離れていった。

 

 リングを囲むロープの間を通り抜け、幾人もの能力者が激闘を繰り広げてきたであろう場に立つ。

 向かい側には、茶髪で、僕より少し年上くらいの青年がコーナーマットにもたれ掛かっている。

 

 『あー、あー、テステスマイテス』

 

 レフリーがリングの中心でマイクテストをし、マイクの調子が万全なのを確認すると、気だるそうに喋り始める。

 

 『前置きが長いとヤジが飛んでくるから、いつも通りチャッチャと進めていきまーす。それではこれより古野夜このやvs 新人 一ノ瀬の試合を開始します。はい、じゃあ開始で』

 

 適当な試合の開始宣言がされ、呆気に取られる。

 しかし、そんなことを考えてはいられない。格闘技、喧嘩の経験が一切ない僕が殴り合いで何とか出来る…………とは到底思えなかったが、とりあえず両拳を顔の前に構える。ちょうどボクシングのような構えになっていると思う。

 

 相手は……たしか古野夜と呼ばれていた、彼はどうするのだろうと、拳と拳の間から睨みつけたが、彼は試合開始前と変わらずコーナーマットにもたれたままだ。…………こういう場合どうしたらいいのだろう。自分から距離を詰めて行くべきだろうか?

 

 『守ってるだけじゃ進まねぇだろうがよぉ!! チャッチャとせめろよ!!』

 

 大声でヤジが飛んできたと認識した瞬間、左脇腹に重い“何か”がめり込んできた。体勢が崩れ、床に右腕から崩れ落ちる。呼吸が出来ない。臓器が悲鳴をあげている。

 

 ハッキリとしない視界で古野夜を見たが、相変わらずコーナーマットから動いていない。じゃあ、今の衝撃はなんだ……!? まさかヤジが、声が、重さを帯びて突っ込んで来たわけが―――。

 

 その瞬間、再び衝撃が身体を襲う。今度は顎。身体がコーナーマットまで吹っ飛んだ。口の中に血が滲んでいくのを感じ、その臭いは鼻腔まで届く。血の匂いなんて嗅いだの久しぶりだ。

 しかし、今の顎への一撃で見えた。左脇腹と顎への衝撃は古野夜による攻撃だ。

 

 コーナーマットでもたれていたはずの古野夜が、顎に一撃を入れる瞬間に目の前に現れ、まるでボールをシュートするかの如く僕の顎蹴りあげたのだ。まさしく“瞬間移動”。本物は初めて見るが、古野夜はテレポーターだ。

 

 ロープに手を掛けて立ち上がり、舌で歯が折れてないのを確認しながら口内に溜まった液体を吐き出した。自分でもよく立ち上がったと思う。

 

 ロープに体を担いでもらいながら再び古野夜を睨んだ。相変わらずコーナーマットに居座っている。

 

 「そこが定位置ってか…………」

 

 今こうしている間に攻めてこないあたり、相当舐められてる……。このまま守りの体勢になったって、さっきみたいに空いてるスペースを攻撃されるだけだ。かと言って、攻めに行ってもまともな攻撃手段もない。そもそも、さっき攻撃で走れるかどうかも……。…………いや、だめだ。考えたって勝ち筋は見つからない。それなら―――。

 

 意識は自然と鼻へと向かっていった。既に父親との約束など頭の片隅にすらない。

 

 テレポートと言っても、移動が省略されるだけで面前に現れることに変わりはない。しかも、今の今まで無かったはずの者が当然現れるのだから、“匂い”だってそれに伴って当然現れるはずだ。 人間の感覚器官は変化することで反応する。どんな臭い部屋でも長時間居ればニオイが気にならなくなるのと同じだ。ならば、その“匂い”に反応することが出来れば……、古野夜の動きだって……。

 

 目を閉じて、全神経を、全感覚を鼻呼吸だけに集中される。一つの個体を嗅ごうとするな。空間そのものを……。

 

 鼻以外の感覚はないと思え……。色も、音も、味も、なに一つとして存在しない。有るのは“匂い”。ただ、それだけ…………。

 

 

 ――――――右前


 匂いのした場所に向かって拳を振る。当たった感触はあった。しかし…………。

 

 『やっぱりダメか』

 『いや、反応は出来てるよ。ただ、身体がそれに追いついてないんだ』

 

 匂いしかしないはずの世界で、翔也さんと尭羅さんの声だけが聞こえた。

 

 右頬に衝撃を感じる……。脳が揺れたのを感じた……。最後に、身体が床に伏せて動けなくなったのを……。

 

案の定ボロ負けしましたね

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