衝撃復元者の脱獄
17日スタートです
8月17日 0時14分
鉄格子の着いた窓から見る夜景。薄い安っぽい布団。いつもと変わらない独房の中。ただ、いつもと違うのは、喧しいサイレンが刑務所中に鳴り響いてる事だ。
「おい、誰かが脱獄したらしいぞ」
隣の房からそんな声が聞こえた。なるほど、脱獄者が出たとなればサイレンが鳴っても不思議ではない。しかしよくもまあ、脱獄なんて出来たもんだ。
何にしても俺には関係ない。布団の中に入ると、サイレンの音を少しでも妨ぐために、掛け布団を頭まで被せた。誰だか知らんが脱獄者、早く捕まるなり、逃げ切るなりしてくれ。俺は静かに寝たいんだ…………。
ボコッ!
扉が音をたてたのは、その時だ。何かが扉に当たったような音。俺は慌てて起き上がり扉を見る。…………特に何もなっていない。何かの勘違いだろう。
ボコッボコッボコ!
しかし、音が再び鳴った。今回は3回。これを気のせいで済ますのは無理がある気がする。そう考えていると、再び音がなる。しかも、連続でなり続けている。もう数えることも出来ない。音はどんどん大きさを増し、ついには扉の所々が凹み始める。
そして―――大砲のような轟音と共に扉は破壊された。
扉のあった場所に誰かが立っている。
「よう、篤金久しぶり」
「…………黒刃か?」
彼は昔同じ雑居房だった玄刃だ。目に掛かるくらいの黒髪と、整った顔立ちで、刑務所には一生縁の無さそうな見た目。
「お前、ここで何してんだよ。今は脱獄者が出たとかで荒れてんだぞ? てか、よくその扉壊せたな。鉄製だぜ?」
自分でも驚くほど落ち着いて話せた。人間は理解の限界を超えると意外に落ち着けるのかもしれない。俺の態度を見て、玄刃がため息をついた。
「僕がここにいる時点で、その脱獄者が僕だと思わないか?」
「……お前かよ」
会ったときからずる賢い奴だとは思っていたが、まさか脱獄とは……。
「詳しい話は後だ。早くここから出よう」
「出るってどこ行くんだよ」
「脱獄なんだから刑務所の外に決まってるだろ」
サイレンが鳴り響く廊下をこっそりと、どころか堂々と駆けていく。
「なあ、脱獄ってもっとコソコソやるもんじゃないのか? これじゃあ看守にすぐ見つかるぞ」
“脱獄”と聞くと、どうしても下水パイプとかを匍匐前進するイメージなんだが。俺の少し前を進む玄刃にそう訪ねると、彼は鼻で笑った。
「お前の房に行くのもこうやったんだ。大丈夫だよ」
「そうは言ってもだな……。ていうか、何でわざわざ俺の所まで来たんだよ。1人で逃げればよかったじゃねーか」
「だって、お前言ってたじゃないか。“早くここから出たい”って」
黒刃はさも当然のように答えた。確かにそんな事を言った記憶はあるが、服役してる奴なんて大抵そうだろう。
「多分、そろそろ出口があると思う」
「多分って……。脱出プランとか無いのかよ」
「無いね。そもそも脱獄しようと思ったのが数日前だから」
そんな軽い気持ちで脱獄できるとは思えない。しかし、黒刃は冗談を言うような奴では無かったはずだが……。
「根本的にどうやってあの扉を破壊したんだよ。あれ鉄製だぞ」
「あーもう、うるさいなぁ! 出してやったんだから文句言うなよ。刑務所から出れたら教えてやるから待てよ。お喋りしながら出れる場所じゃないんだよ」
「数日前に脱獄を決めたヤツに言われたくねーよ!」
しかし、彼の言う通り、話しすぎるのも良くないかもしれない。まずは、脱獄することが先決だろう。
「動くな!」
突然、後方から怒鳴りつけられた。無視して進み続けようとしたが、玄刃がピタッと止まったので、俺もそうした。
「腕を上げて、こっちを向くんだ」
言われた通りに振り返ると、予想通り、看守が数人、拳銃を向けている。見つかってしまったらもう終わりだ……。
「言わんこっちゃない。やっぱり見つかったじゃないか。どうするんだよ」
ゆっくりとこちらに近付いてくる看守達に聞こえないように話しかけた。
「……そう言えばさっき、“どうやって扉を破壊した”とか聞いてたよね」
「この期に及んでなんだよ。捕まる前に教えてくれんのか?」
「まあ、そんなところ。聞くよりも直接見て、体験した方がわかりやすいだろうから。でも、それに伴ってお前にも被害が出ると思うんだ。それでもいいか?」
「この状況が切り抜けれるならなんだっていい……」
「良かったよ。結構痛いと思うからさ」
そう言うと、黒刃の右手に気体のような物が集まり始めた。黒く色のついた物質……。見ているだけで気分が悪くなりそうな、邪悪な気配を感じる。
黒刃が指を鳴らすと、右手に集まっていた“黒い物質”が水面に生じた波紋のように、空間に広がっていった。
その瞬間、体中に激痛が走った。あまりの衝撃に立つこともできず、その場に膝から倒れた。意識か薄くなるなか、看守達も俺と同様に倒れているのが見えた。彼らはみっともなく口から泡をふいている。多分、俺も同じ状態なんだろう…………。
02時42分
「おい、起きろ」
黒刃に顔を叩かれて意識が戻った。サイレンの音はもう聞こえない。気絶している間に脱獄したんだろう。
「お前を担いで来てやったんだ。大変だったんだぞ。感謝しろよな」
立ち上がると、どこかのビルの屋上にいるのだと分かった。肌を撫でる風が外に出たのだと実感させる。玄刃は屋上の淵でしゃがんで、地上を見下げている。
「看守から逃げる時にやったやつ。結局あれ何なんだよ」
「なんだ、分かんなかったのか。もっかいやってみるか?」
「遠慮しとく」
黒刃は脅すように右手を小さく上げた。彼の手を見ると、先程の激痛が再び体を襲うような気がしてくる。
「簡単な事だよ。 俺は能力者になったんだ」
「能力者って……。でも、前まではなんの能力だって持ってなかっただろ」
「そうだな。 服役中に覚醒したんだよ」
能力者が増え続けている現在。彼らの存在自体は珍しくもないが、今まで一般人だった人間が、突然“変わった”というのはなかなか珍しいことだと思う。
「さっき、俺の手に集まった黒いのみたろ?」
「ああ、やっぱりアレが関係してるのか」
「アレに当たると、今までの痛みとか、衝撃とかが復元されるんだよ。めっちゃ痛かっただろ?」
確かに、あの“黒い物質”に触れてから激痛が走ったが、黒刃の言ってる事がイマイチ理解できない。それを見かねてか、彼はため息をついた。
「扉を破壊したのも同じ原理なのか?」
「そうだよ。1発体当たりしたくらいじゃびくともしない扉でも、それを何万、何億と繰り返せば壊れるだろ。ほら、ゲームとかで例えるなら、永遠に1ダメージを与え続けるようなもんだ。そうすれば最強のラスボスだって倒せるだろ?」
「…………まあ、何となく理解はした」
「それなら良かった。ほらよ」
黒刃が俺に向かって何かを放り投げた。ビッシリと札の詰まった財布だ。
「どうしたんだよこんな大金」
「逃げる時看守達から奪った。それ使って好きな所に逃げな」
黒刃はそう言い捨てると屋上から降りる為に非常用の階段へと向かった。
「おい、待てよ。一緒に逃げないのか?」
黒刃が睨みつけてくる。刑務所ではあんな顔みたことがない。外に出てから口調と言い、何かが変わったように感じる。
「やる事があるんだよ。お前だってあるだろ?」
そう言われて、脳裏に浮かんだのは旧友の顔。
「……確かにやる事はある」
「それじゃあ、ここでお別れだな。元気でやれよ」
「お前のやる事ってなんだよ」
階段を降り始めた玄刃に訪ねる。彼は、余計なことは聞くなと半眼で見つめてきた。
「……復讐だよ。不知火へのな」
黒刃はそう呟いて、階段を降っていった。彼の姿は見えなくなったが、階段を降る音は聞こえる。
その音すら聞こえなくなった頃、俺も同じように階段に向かった。
「影山……」
誰もいない屋上で、友の名を呼んだ。
黒刃の能力は個人的に一番強いと思います
17日は主に三つの視点+αって感じですね。割と長い話になりそうです




