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影支配者の新依頼


 12時12分

 太陽が真上まで登ってきた頃、野外は砂漠のように暑く、歩いてるだけでも体が湿っていく。運動不足と冷房のせいもあって暑さにはめっぽう弱くなっていた。

 「優子さん、これどこ向かってるんですか?」

 後方を歩く光輝ははつらつとした若者らしい元気な声で尋ねる。

 「ばあちゃんの家。依頼が来たらしいから」

 「本当ですか!?」

 後ろを振り返った訳じゃないが、光輝の喜んでる姿が想像できた。そりゃあそうだ。彼にとっては初めてのまともな依頼である。しかし、優子は多少不安を抱いていた。

 祖母の家に近づくと急いで玄関を開ける。室内の涼しい風が優子の体を緩やかに撫でていく。

 サンダルを乱暴に脱ぎ捨てて、廊下を進んでいく。

 「ああ、やっぱり……」

 優子の不安は的中した。奥の部屋の扉を開けるとここ最近何度か依頼を受けていた女子大生の顔。

 「また猫がいなくなりました? それとも今回は犬ですか?」

 12日と昨日も猫捜索の依頼が来たが、どちらも勝手に帰ってくるという全く無駄なものだ。

 「いえ、今回はこの子が」

 「どもっす。美伽っていいます」

 女子大生の隣には彼女と同い年に見える女性が座っていた。ブロンドの髪に黒目の大きな瞳が特徴的だ。

 「ふむ。とりあえず話を聞きましょう」

 

 「誰かに監視されてる気がする?」

 女子大生2人に向き合う形でちゃぶ台の前に座る。隣にいる光輝を横目で見ると緊張のせいか固まっていた。

 「そうなんすよ。この前引っ越してから、夜道とか1人で歩いてると誰かに付けられてる気がするし、うちマンションの2階に住んでんですけど、下から私の部屋見てるやつがいるんすよ」

 美伽は内容の割にはさほど思いつめた様子では無かった。

 「それって幻覚とかじゃないの?」

 「最初はそう思ってたんすよ」

 思ってたのね……。ふざけて言っただけなんだけど。

 「でも、しばらくしたら電話がかかってきたんす」

 美伽はスマホを取り出す。

 「着信履歴もあるし、流石に勘違いじゃないなって」

 「その電話はどのくらいのペースで来るの?」

 「1回来てからほとんど電源切ってたんでわかんないっすね」

 また極端な事をするなぁ……。

 「その話を聞いて思ったんです」

 もう1人の女子大生……、そう言えば名前を聞いていなかった。猫の依頼で来たのだから猫と仮定しておこう。彼女はどこか偉そうにそう言う。まるでオチが分かっているようだ。

 「そのストーカーってブラックバスなんじゃないかって」

 「……ブラックバス」

 優子は初めて聞いた単語のように復唱した。首を傾けしばらく考える。

 「あの魚の?」

 優子の発言に光輝が肩を落とす。彼の反応からいって間違っているのかもしれない。確かに、魚がストーカーというのはB級映画にも無さそうなアイデアだ。ブラックバスがサメなら有り得たかもしれないが。

 「ブラックバスは満月に現れる殺人鬼の通称っすよ」

 美伽が優子の間違いを確定させる。

 「優子さん知らなかったんですか……?」

 「いや、関係なさそうな事は覚えない主義だし。逆に光輝くんなんで知ってるの?」

 「学校でも注意するように言われてるんです。満月の夜に金髪の女性だけ狙うんですよ。被害者が無残に食い散らされてるのと、髪が金色だから外来種であるブラックバスの名前がとられてるらしいです」

 金髪なのにブラックなのか。しかも、カニバリズム……。それならハンニバルとかの方が……と優子は名称の複雑さを思った。

 「外来種って人間が連れてきた、元々その地にいなかった生き物って意味だけど。そのブラックバスも誰かに連れてこられたの?」

 「そこまではわかんないですけど……。金髪が外国人を連想させやすいから、外国から来たってことでそう呼ばれてるのでは?」

 また、ブロンドの外人を全員敵にまわすような由来だ。改めて美伽を見ると綺麗なブロンドの髪。たしかに、これならブラックバスに狙われる条件を満たしている。

 「それで、結局のところ依頼内容はどういった?」

 「簡単に言うと護衛してもらいたいんですよ。で、あわよくばストーカーも捕まえて」

 つまりは彼女の家の見張りだ。優子は少し悩んだが、断る理由もなかったし、なにより猫をさがすよりは全然楽そうだ。

 「とりあえず、どんな感じか見に行きますか」

前話にも単語が出ましたが“ブラックバス”。 何となく察しは付いていると思います。この物語で、満月は18日。必然的に18日はブラックバスの話になります。正直、その話がめっちゃ書きたい。書きたくて仕方ない。

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