能面の逆襲
19時49分
こいつはやばい。
能面が現れて数秒がたち、未だに理解は出来なかったがそれだけは分かった。
能面は動きでも確認するかのようにゆっくりと手持ち型扇風機のトリガーを引いた。すると当然のごとくプロペラが回り始め、ミキサーが動くような不協和音を響かせる。
自分の本能がその音に危機感を感じ、尭羅は刀を取り、咄嗟に横に転がった。
その直後、溢れ出た風は空間を抉るように直進し、尭羅の後ろにあったコンクリートの壁に亀裂を入れた。
その風に見覚えを感じたが考える前に岩瀬の娘の元へと駆け出す。彼女は能面が現れる瞬間を目撃しているはずだ。
娘の元まで駆け寄った。相当ショックを受けているようで放心状態になっている。
「おい、あの能面はどこから来た!?岩村はどこにいった!?」
「空から降ってきて……パパを変な扇風機みたいなのに……」
娘は辛うじて聞こえるほどの小さな声で呟く。
あの扇風機はどういう訳か岩村らしい。あの能面は人を物に変える能力を持っているのだろう。そうだと仮定して、未だ自分が物にされてないという事は能力が発動する範囲は小さいはずだ。このまま距離を開けていれば心配することはないだろう。
能面が再びトリガーを握り風を飛ばした。岩村のものより強力で尭羅は身をかがめたまま氷を盾に変え厚さを増させる。
距離があったとしてもこのままでは八つ裂きになるのも時間の問題だ。尭羅はポケットから携帯電話を取り出し、娘に投げつける。
「一番上に登録されてる番号に掛けろ!」
娘はいきなり飛んできた命令に戸惑いながらも携帯電話を操作し、耳に当てた。
これですぐに助けが飛んでくる。後はそれまで耐えるだけだ。もしも距離を詰めてきたら刀で返り討ちにしてやればいい。
そう思うと戦闘中にも関わらず安堵のため息が出た。しかし、その安堵も一瞬でかき消される。
黒色のスリムな体型の生き物が尭羅と能面の間に飛び出したのだ。その生き物は長いヒゲと尻尾が生え、全身を包んだ黒い毛を持っている見た目はまるで猫。いや、普通に猫だ。
乱入者に戸惑うことなく能面はトリガーを引いた。猫のことなどお構い無しだ。しかし、尭羅は自身が気づいた時には猫の元へと飛び出していた。助けないといけないという使命感が尭羅を動かしたのだ。
猫を両手で抱え身体を横に逸らした。尭羅は能面に背中を向ける形で、地面に倒れる。
自分でも何がしたいのかわからなかった。猫が車道に飛び出して、その場で止まるくらい意味不明な行動。自殺行為だ。
足を動かそうとしても感覚がなかった。見ると血でズボンが濡れている。助けた時に負傷したのだろう。
「これはヤバイな…」
死を覚悟した。能面に物に変えられて自分は死ぬんだろう。と思い、覚悟を決めまぶたを閉じ、身構えた。しかし、いつまでたっても能面が近づいてくる気配はない。もしかしたら既に物に変えられてるのではないかと瞼を開けた。そこには自分の腕と、抱えられた猫が身を捻って脱出しようとしている。多分まだ人間だろう。
当の能面は手に持った扇風機を他方から見たりプロペラ部分を触ってみたりと尭羅のことなど気にしていなかった。そして、扇風機をポケットへと仕舞うと、能面の人物は瞬間的に消えた。
自分など殺す価値もないということだろうか、とりあえず助かった。と屈辱感を味わいながらも安心して全身の力が抜けた。その瞬間、今まで痛みがなかったのが嘘のように足に激痛が走り、猫は口を大きく開けて威嚇するとどこかに逃げていった。
「お礼もなしか……」
その時、猫と入れ替わるように尭羅の上司が地面から這い出てくる現れた。相変わらずコートを着ており、尭羅を見つけると近づいてきた。
「うっわぁ……。これはひどくやられたね。電話があってから2分も経ってないのに何があったの?」
尭羅としてはあの能面をつけた奴はなんなの?と問いただしたかったが、そんな余裕はなかった。
「ところで岩村は?見当たらないけど?」
「能面付けた奴に連れ去られたよ。この足もそいつにやられた」
「……そう。君も能面にやられたんだ……」
「おまえアイツを知ってるのか!?」
「さーね、とりあえず、そこで世界の終わりでも観たみたいな顔してる女の子と猫を助けようとして負傷した馬鹿をどうにかしようか」




