元一般会社員の最襲劇 2
19時24分
「おい、聞いているのか?」
岩村に話しかけるが返事は帰ってこない。
彼が風を飛ばしたのはその時だった。尭羅は反射的に身をかがめその攻撃を避ける。目標を倒し損ねた風は当加速で直進し、後方の木を切り株にした。
1発でも当たればアウトだな。と風の威力に戦慄し、ペットボトルの水を氷の刀へと凝固させる。
「岩村さん!抵抗するのはやめるんだ!」
しかし、当の岩村は小さく何かを呟くだけで尭羅の声は全く届いていないようだ。風の威力と言い、今の様子から見ても岩村が暴走しているのは明らかだ。話し合いでの解決を望んでいたが、こうなってしまえばどうしようもない。
そう考えた矢先、岩村は風を連続で飛ばした。
避けるスペースはない…。剣で対抗したとしても押し負ける…。ならば……!
尭羅は刀を大きな盾へと形成し直し、風を受け止める。
しかし、尭羅の全身を補える程の氷はとても薄く、脆い。盾は鋭い風が当たる度に砕け、その度に尭羅は氷を形成し直した。
「これは結構まずい状況だな…」
このままでは防戦一方だという事は尭羅自身も気づいている。しかし、岩村の攻撃は止まることを知らない。更に、威力も速さも増しているのを感じた。
「どうにか距離を縮めないと時間の問題だな…」
危機的な状況にも関わらず独り言を呟く自分に驚きながら尭羅は作戦を練り始める。
尭羅は氷の一部を取り出すと球体に変え、岩村へと投げつける。
氷の塊が岩村に当たるという直前で彼は身を横にしそれを避けた。
だが、氷は岩村の横を通る直前で液体に姿を変え彼の体を濡らした。
今だ!
氷を投げたのは、それを避ける、もしくは濡れる事で彼の動きを一瞬でも止めることだ。運が良いのか岩村はその両方に引っ掛かった。
尭羅は疾風の如く駆け出し一気に距離を詰める。
これを逃す手はない!と尭羅は盾を刀に変え、一閃を入れた。
…………。
尭羅の作戦では肉を切る奇妙な感触を刀越しに味わう予定だったが、その感触が来る事は無かった。尭羅は目を疑った。
「なんて奴だ……」
今も刀と競り合っている彼の腕が全てを物語っている。岩村は刀を自身の腕で止めたのだ。
岩村はにたりと笑い、刀を弾き飛ばす。
武器を無くし万策尽きたように思えたが、尭羅はまだ諦めはしない。
先程岩村に掛かった水を氷に出来ればまだ勝機はある!と希望を乗せて岩村に殴りかかった。しかし、見切られているのかその拳も腕ごと掴まれた。
「これで避けれない……。これで殺れる!」
岩村の腹部に風が集まっていく。
出来れば使いたくないが……。この状況だとこれしか無い!
チェックメイトとも思えるこの状況だったが、尭羅は死を覚悟した訳では無い。掴まれた腕に意識を集中させる。
声が響いたのはその時だった。
「パパ!!もうやめて!!」
目の前には涙を流して懇願する少女がいた。
岩村はその子の姿を見た瞬間、力が抜け、風も消えていく。そして、頭を抱え発狂した。
「パパ、もう悪い事はやめて…。誰かに怪我させちゃ……だめだよ……」
岩村は自身のことをパパと呼ぶ少女の元へと朧気な足取りで近づき拳を振り上げる。
「危ない!」
尭羅の声が届く時には既に遅かった。岩村は娘を庇うように抱きしめ咽び泣いた。
「ごめん…ごめんよ白華…。怖い姿見せちゃったな」
「大丈夫…。怖くなんてなかったよ」
「娘を泣かせるなんて、父親失格だ……」
親子は共に泣き合い、互いの存在を確かめ合う。しばらくして岩村は尭羅へと顔を向けた。
「乱暴してしまってすまなかった。でももう少しだけ待ってくれないか。白華に別れを告げさせてくれ…」
尭羅は何も言わず首を縦に振り、親子に背中を向けた。
「白華、パパは少しの間遠くへ行かなくちゃ行けなくなった。私がいなくても毎日ちゃんとご飯を食べるんだ。勉強もして、友達ともたくさん遊びなさい。当分読んであげられないけど本を沢山読むんだ。そしたらママみたいな美人になれる。その時にはきっと…きっと戻ってくるから……。愛してるよ…」
尭羅には嗚咽で聞き取りにくかったが娘には言葉以上に伝わっただろう。
岩村が尭羅の元へと来た。彼の目は潤ってなどいない。しっかりとこちらを見据え堂々とした目。決意は出来たという顔だ。
「やっぱり手錠とかかけられるんですかね」
「娘さんの前ではかけないよ。でも氷を回収させてくれ」
尭羅は先程飛ばされた刀を取るために岩村に背を向ける。
その瞬間、空き地に悲鳴が響いた。
尭羅は咄嗟に振り返る。そこに岩村の姿はない。その代わりに、能面をつけた人物が片手に持った手持ち用の扇風機を銃口でも向けるように尭羅へと構えていた。




