元一般会社員の最襲劇
19時12分
気づくと家の近所にいた。
いつから意識が無かっただろうと誠二は記憶を辿っていく。最後の記憶は昨晩だ。たしか、高台に行った、それ以降の事は全く思い出せない。しかし今はどうだ。ワイシャツは破け、体の至るところに赤い汚れがついていた。それを踏まえて誠二の中で1つの仮説が出来上がった。しかし、結論に達する前にそんなはずは無いと割り切った。
考えても仕方がないと半ば諦め、誠二は歩くことのみに集中する。
人生で今まで経験したことが無い疲労感と脱力感が体を襲っている。それと同時に操り手のいない人形が1人でに動くような不思議な感覚だった。
しばらく歩き続け、我が家の目の前まで来ると安心感が血のように全身を巡る。自分が何故このような格好になったのかは分からなかったが家に帰れば、娘に会えればなんとかなる。という気持ちにさせた。
「お前が岩村誠二だな?」
声のした方向を見るとタキシードを着た青年が誠二のことを見据えていた。
「岩村さん、あんたと話したいことがあるんだ。ちょっと来てくれるか?」
この青年に見覚えはなかったが悪戯で言ってるのではないと言うことは感覚でわかった。
「実はここが私の家なんだ」
「知ってるよ。何時間も待ってたしな」
「だから、ここで話そう。服も着替えたいんだ」
「それはやめた方がいいな」
青年は家の敷地内に止められたピンク色の自転車を顎でしゃくってみせた。
「娘さんに心配かけたくないだろ?」
青年はそれ以上何も言わず、歩き始めた。誠二は目の前にまで迫っていた娘に別れを告げ青年に付いて行った。
19時20分
「この辺りでいいだろう」
付いたのは家から少し離れてた空き地だった。昼間は子供の遊び場になっているが、この時間になるとあまり人は見かけない。
「まず今日の昼頃、お前は何をしてた」
「悪いが昨日の夜から今さっきまでの記憶が無いんだ。何をしてたか覚えてない」
こうやって聞かれるのだから良い事はしてないんだろう。
青年は「記憶がないのか…」と呟いた。その言葉は誠二に聞き返していると言うより、自分の中で確認しているようなニュアンスだった。
「なら教えてやる……。お前は、能力が暴走して人を殺したんだ」
青年は重大な事実を告白したような雰囲気だが、人を殺した事に対して驚きは少なかった。記憶が無くて実感がわかないからか、それとも破れたワイシャツと赤い汚れを見てなんとなく察していたからかもしれない。むしろこうして落ち着いて考えていられる自分自身に誠二は驚いていた。
青年はまだ何か話しているが、誠二の耳には全く届いていない。誠二は今後自分がどうなるのかを考えていた。まずこの青年に逮捕されるのだろう。そしたら裁判になって……、考えたら切りがない。と全てを諦め運命に身を任せようとした。しかし、自分には諦めてはいけない存在がある事に気づいた。娘の白華だ。あの笑顔を絶やしてはならない。
白華だけは守らなければ、たとえこの手を悪に染め、自分の全てを犠牲にして運命に逆らったとしてでも大切な存在、娘だけは守り続ける。
それが父親だ!
誠二の耳に声が届く。しかし青年の声ではなく自分の唸り声だと気づくのに時間はかからなかった。
まずはあの青年を殺さなければ、そうしないと白華を守れない。
そして誠二の腹部には風が形成されていく。
その姿は娘を守るという歪んだ正義感のみで動く壊れた人形のようだった。
1話で終わるはずだった話を今回と次回に別けたので非常に微妙な所で終わっています。
題名は最終劇と襲撃をかけた造語です。




