元一般会社員の運命劇
19時37分
扉の前でこんなに緊張したのはいつぶりだろうか。しかもそれが家の玄関前なのだから変な話だ。
出来るだけいつも通りにだ。娘に少しの違和感を与えないためにもできるだけ自然に。
そう心に決めドアノブをしっかりと握り扉を開けた。すると、すぐに足音が聞こえ娘が顔を覗かせた。
「お帰り、パパ」
「た、ただいま。白華」
ここで「仕事クビになった!明日から無職だ!」なんて言えたら楽なのにそんな勇気も無いし、あっても言うつもりはない。せめて新しい仕事が見つかるまでは黙っておくことにした。
靴を脱いで中に入るともう既に夕飯の用意は済んでいた。妻が亡くなってから食事は出来るだけ自分が作るようにしているが、なかなかそうもいかず最近は白華に任せてしまっている。
「おおっ!美味しそうだな」
「パパ。その前にママにただいましないとダメでしょ」
「ごめんごめん」
部屋の仏壇の前まで行き手を合わせた。仏壇と言っても豪華なものではなく写真と線香などが置いてある簡易的な物だ。
「それじゃあ食べようか」
「うん!」
席に着き一緒にいただきますをして食事を始めた。魚は焦げすぎているし味噌汁の豆腐は不格好だが、まだ白華は8歳なのだからここまでできれば上出来だ。
「白華、宿題はちゃんと片付いてる?」
「あ、うん。ちゃんとやってるよ」
「じゃあ、後で見せてね」
「そ、それはまた今度ね……」
そう言って白華は目を逸らした。
「パパは会社どうなの?なんかたくさん持って帰ってきたけど」
「…………まあ、順調だよ。ちょっとお仕事が残っちゃってね。宿題出されちゃったんだ」
「大人も宿題あるんだねー。頑張ってね」
宿題なんてないけど頑張らないといけないのは変わらない。
21時15分
「パパ、私そろそろ寝るからこれ読んで」
食器を洗う自分の元に白華が本を持ってやってきた。
「仕方ないなー。でも、もう1人でも読めるだろ?」
「いいの、パパに読んでもらいたいの」
甘えられてはもう抗えない。言われた通りに布団まで行き本を広げ読み始めた。
そう言えば妻も本が好きだったな、まだでっかい本棚が残ってたっけ。自分は読むというのはどうも苦手だ。多分白華は母親に似たんだろう。そしたらいつか白華もあの棚の本を読む日がくるのだろうか。でもまだ娘がそこまで成長した姿を想像出来ない。
読み始めて数分もしないうちに白華は眠りについてしまった。読み聞かせというのは面倒臭い反面、甘えられてるのを嬉しく感じた。
「さて、そろそろ行こうかな」
靴を履き外へと出た。夜遊びに行こうという訳ではない。ちょっと行きたい場所があるだけだ。
21時29分
人のいない静かな高台。困った時や悩んだ時はこの場所に来るようにしている。俺にとって特別な場所だ。妻と出会ったのもここ、告白をしたのもここ。つまり、この高台は人生の機転となることが多いのだ。
「ここは変わらないな」
近くのベンチに腰を下ろした。こうしていると心が洗われて気持ちまで静かになっていく……気がするのだ。
「こんなことになるなら能力者なんかになるんじゃなかった」
自分は能力者、そしてヒーローに成りたかったのに実際なってみるとどうだ……。能力者と言うだけでヒーローじゃない。ヒーローどころか無職にまでなってしまった。
これからも娘を養わないといけないのに収入が途切れた。あの社長に頭下げて仕事をもらうか?そんなこと出来るはずがない。新しい別の仕事を探したとしてもこんなおっさんを雇ってくれるとも思えない。
絶望的だ。どうしようもない。
ため息をつき空を見上げると暗い夜空に自己主張の強い星達が輝いていた。そう言えば妻と星を見に行ったことがあったっけ。自分はオリオン座位しか知らないから隣で解説をしてもらった覚えがある。
夜明け前が一番暗い
誰が言ったかその言葉がふと頭に過ぎった。
「そうだ!その通りじゃないか!俺は今、一番暗い時なんだ。これからは希望がまっている」
「いや、岩村誠二。お前はまだ昼間にいる。これからもっと暗くなるぞ」
「だ、誰だ!?」
辺りを見渡しても声の主はいない。しかし声は続けた。
「事の要因をよく考えてみろ。誰のせいでクビになった?誰のせいで娘に気を使った?誰のせいでそうやって悩んでる?誰がお前をそうしたんだ?」
「誰のせいだってないだろ!?」
「いや、お前は分かってるはずだ。あの社長のせいだと、あいつが存在しなかったら路頭に迷うことは無かったと。どうだ違うか?」
さっきまで自分には無かった確かな感情が押し寄せるように現れはじめた。
「…………そうだ…。奴だ。奴がいなければ……」
「ようやく分かってきたようだな。もうわかるだろう?お前がやるべき事は―――」
「「復讐!!」」
その瞬間何者かに手で顔を覆われた。
「よく言った。ならばお前に今以上の力を授けよう。己の全てを飲み込むほどの力を……」
「あんた何者だよ……」
「みんなが知ってる存在。ただの神様だよ」
視界は暗転し、星は消え、眼下には闇だけが残った。
8月15日 6時45分
「ふう、よく寝たー」
白華は大きく伸びをし、辺りを見渡す。しかし探し物は見つからないようだ。
「あれ?パパーー?」
呼んでも答える声はなかった。
立ち上がり家中を探したが父の姿はない。
「あれ?おかしいな。もう会社行ったのかな?いつも早く行く時は起こしてくれるのに……」
娘の名前は白華と読みます。次回までにフリガナつけれるようにしておきます。逢莉以降のキャラの名前はだいたい花の名前からとってるんですが、白華の場合は父親の今後の運命を暗示させるような名前になっています。伏線でもないのでそのうち分かると思うんですけど
読んでいただきありがとうございました。
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