元一般会社員の悲劇
子供の頃は、ヒーローになりたかった。
ヒーローは誰にでも優しくて悪事は絶対見過ごさず誰からも尊敬される人物。そんな存在になりたかった。
運が良いのか悪いのか私が生まれたのは能力者が増加している真っ最中、私でも能力者になれれば、圧倒的な力を得ることが出来ればヒーローになれるのだ。
私は待った。自分の能力が目覚めるのを。しかし、世界はそんなにうまく出来ていない。望めば望むほど手に入らない物もある。
私は諦めなかった。待って待って待って待って待ち続けやっと手に入れたのだ!……しかし遅すぎた。
気づいたら成人して一般企業に就職、結婚して娘も生まれた。そして……最愛の妻を交通事故で無くした……。
8月14日 9時42分
部屋に置いてある古い置き時計が一定の速さで針を進め、その音が妙に耳に障った。こういう空間にいると普段聞こえないような音にまで意識が向かう。今私は会社の社長室に呼び出され部屋で一人社長が来るのを待っていた。
しかし、仕事でミスはしていないはずだし、問題も起こしていない。呼び出される理由は全くないわけだ。
その時、部屋の扉が開かれ腹の出た中年が入って来る。私は慌てて立ち上がり社長に一礼する。
「大丈夫だ。座りたまえ」
社長が大きな体をソファーに沈み込ませるのを確認すると私も席に着いた。
「早速本題に入るんだが、先日健康診断を受けたそうだね。何か変わった診断は出ていないか?」
変な診断?ああ、そういうことか。
「実は……能力者と診断されました……」
体に違和感を覚え健康診断を受けたところ能力者という診断が出たのだ。最初はとても喜んだ。ついに自分も憧れの存在になれたのだと、しかし―――。
「ですが、なかなか上手く使いこなせないんです。私のお腹のあたりから風が出るはずなんです。しかしこれがまた体力を使いますし、風も弱くて微風程度しかでないんです。でも昔から能力者には―――」
「わかったから落ち着いてくれ」
社長に遮られ話が途切れてしまった。それもそのはずだ。私が能力の話を始めてから彼の表情は明らかに退屈そうなものとなっている。
「君が喜んでるのはよくわかった。しかしね……、残念な知らせがある」
「……何でしょうか?」
私は姿勢を直し、どんなことを言われてもいいように心の準備をした。
「君は今日でクビだ」
…………??その後も社長が何か言っているが思考が停止して全く耳に入ってこない。自分だけ時間が動かなくなったような感覚に襲われた。
「な、何故ですか?」
やっと頭が理解し始めたのか自然に出た言葉は純粋な疑問。私が尋ねると社長は内ポケットから1枚の紙切れを取り出し私に渡した。
「入社する時に契約しただろ?」
渡された紙は私が入社する時に強制的に書かされたものだ。そこには能力者になった場合の事が詳しく書いてあり、私がサインした証拠もあった。
「これだけで……?これだけの事でクビですか?」
「私としては君のような人材を無くすのは大変惜しいことだ。しかし能力者を雇うわけにはいかない。それが会社のルールなんだ」
ルール?この脂肪の塊は何をほざいているんだ。能力者というだけでクビになる道理はないだろう。
今すぐ殴りかかりたい衝動に駆られたが私は膝に置かれた拳を血が出るほど強く握り必死に耐えた。
「会社としても君を路頭に迷わせるわけにはいかない。新しい会社ならこちらが用意した。君ならすぐに活躍できるだろう」
「いいえ、結構です」
そう言い捨てると立ち上がり足でドアを蹴って出ていく。これ以上
このクズと同じ空気を吸っていたくない。
自分のデスクまで行くと適当な袋に所持品を入れ始める。元同僚達は知っていたのか横目で見るだけで止める者は誰もいない。いや、私の事などどうでもいいのだろう。彼らにとって私は家具の一つに過ぎないのだ。壊れたのならすぐに新しい物に買い替え、やれ前のテレビの方が優秀だっただの、今回の冷蔵庫の方がデカイなどの比べる対象にしかならない。
乱雑にものが入った袋を片手に一礼もせずに会社から出ていく。何か捨て台詞でも吐こうかと思ったがそれすらする価値を感じない奴らだ、そのまま会社を出た。
後悔は無いと言ったら嘘になるがそれよりもあの社長への苛立ちが先にやってくる。無理やり書かされた契約書1枚でお払い箱になるとはふざけた話だ。今から社長室に殴り込みに行ってやろうか?…いや、やめよう。暴力に走ったところで良い方には進まない。ここはポジティブに考えていこう!………今はそんな気分にもなれなかった。
これからどうしようか?家に帰っても今は夏休み、娘が家にいるかもしれない。会社を辞めたことはしばらく黙っていたい。
……とりあえず、いつも帰る時間までは外で過ごそう。
8月14日はできるだけ沢山のキャラをだして今回の主人公の元一般会社員を中心に書いていく予定です。
読んでいただきありがとうございました。
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