金髪少女の出勤
8月14日 5時06分
太陽が少し地平線を超えた頃、私は自分の勤めている店のパンを口にくわえ玄関を出る。外に出ると早朝の冷たい空気が肌に触れ少し鳥肌がたった。このアパートの住人は私以外全員ねぼすけだ。昨日来た光輝とか言うやつもきっと同様でまだ夢の中だろう。
目の前の草むらで横になっている誰の物かもわからないボロボロの自転車を起き上がらせ職場へと向かう。ノイズの様な音を立てる自転車をこいでいると今自分の体には自分しかいないという当たり前のことを改めて実感した。うるさいあいつもまだ寝ている。あいつが起きるまでは私には私の意識しかなくて脳も身体も全てが私の物だ。
5時21分
数分こいでいると自分の勤めているパン屋に到着し、自転車を止め裏口から中に入った。中では店長の女が生地をこねている。こうやってパンを作っている時は話しかけても彼女の耳には通らないので挨拶するだけ無駄だ。私はロッカーから白色のエプロンと【ロマーヌ ルロワ】と自分の名前が書かれた名札を取り出し身に付けた。そして、焼きあがったパンをショーケースの中に入れていく。私の仕事はこれと店番位なものでパン生地をねったり焼いたりは全て店長一人でやっている。自分が言うのもなんだが店長の仕事量は人間のそれではない。
焼きあがっていた全てのパンをショーケースに入れてると開店までやることはない。あいつが起きるまでの至福のひとときを埃のように部屋の片隅で過ごすだけだ。
9時17分
開店して1時間程たった。店内でも買ったパンが食べれるようになっているため店の奥にテーブルが設備されている。そのテーブルが奥様方や親子連れで満席になり店内が人間の声で満たされた頃にあいつは、もう一つの人格は目覚めた。
『ふぅ……。よく寝たよく寝た』
自分の片言の言葉とは違う流暢なものが頭に響く。嗚呼……また五月蝿くなる。
『おいおいロマちゃんよ〜、営業中にそんな体勢でいいのか?』
今の私は椅子に座りショーケースに右頬をくっつけてボーッとしている。
『五月蝿イ……。奥ニシカ客ハイナインダ』
私は口には出さず頭でそう思う。あいつとの会話はこうして頭の中で行われる。
『そういえばよ、昨日の歓迎会は楽しかったな。特にお前の発言がよ』
『五月蝿イ』
『なんて言ったっけ?「母国デハ飲ンデモイイ歳ダ」だっけ?笑っちゃうよな。どこで生まれたかも自分が何歳かもわからないくせに母国はわかるとくる。で?母国はどこなんだ?』
「五月蝿イッテ言ッテンダロ!!」
感情に任せショーケースに両手を思いっきり叩きつけた。店内に満ち溢れていた声が一瞬消える。気付くと客の目線が私に集中していて私自身も汗をかいていた。私は静かに椅子に座ると元の大勢に戻った。
こいつの言う通り、私はどこでいつ生まれ、誰に育てられたか覚えていない。気付いたら暗いどこかで一人訳も分からず泣いていてこいつの声がしたのだ。
その時、ドアを開ける音がして客が入店した。
『ほれ客が来たぞ。ちゃんと接客しろ』
『言ワレナクテモワカッテル』
私は急いで立ち上がり、今来た客に挨拶をする。
「イラッシャイマセ」
「いや〜今日も暑いね」
その客は長い髪の女で真夏にも関わらずコートを着ていた。そんなコートを着ていれば熱くて当然だろう。
その女は迷うことなく注文を始め、私は言われた通りにパンを取り出していく。
「で、最後にこの【店長のこだわりパン】を一つ」
「エ……?」
店長のこだわりパンはこのショーケースの中には入っていない。それは買ってみるまでわからず、店長が思いついたものを毎日適当にパンに挟むだけの簡単なものだが食べ物が入っていたなら大当たり、まず死ぬことは無い。しかし、たまに食べ物以外も入っているため注文する奴はほとんどいない。
しかし、注文されたからには差し出すしかないので私は店長を呼びに行こうとしたが、運がいいのかちょうど店長が自分から出てきていた。
「あら?誰か来たと思ったらあなただったの?用が無いならお帰り」
「今日は客として来たのよ。ほら、あんたのこだわりパンをさっさと出しなさい」
2人は睨み合い互いに威圧しあっている。
「……ロマちゃん。パンをとってきて」
女から目を逸らさずに店長が言うと私は厨房に行き、紙袋に入れられたパンを1つ取ってくる。
「店長……」
「ありがとうロマちゃん」
私からパンを受け取るとそのまま女に差し出した。
「これが私のこだわりパンよ。ここで食べてみなさい。そして料理漫画のようなリアクションをとり私に土下座しなさい」
女は差出されたパンの紙袋を剥ぎ取りついに、パンの中身が露になった。
見た目は普通の手のひらサイズの細長いパンだが全面に黒色の粉がついている。
「……この黒い粉はココアパウダーかなにか?」
「鉄粉よ」
「食えるかこんなもん!」
そう言いながら女はパンというより鉄粉の塊を地面に叩きつける。それが合図になってか2人は腕をつかみ合い今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうだ。
『やっぱり店長の頭はおかしいな』
『新作ガ出来ル度ニ食ベサセラレルコッチノ身ニモナレヨ…………』
「どうやってパンに鉄粉をつけようという考えにいたったんだよ!」
「ご飯にふりかけかけるんだからパンに鉄粉つけてもいいじゃない!ていうかあんた仕事しなさいよバカ!」
「お前とは違って私には優秀な部下がいるからそいつに任せとけばいいんだよアホ!」
子供のような罵り合いがしばらく続き、2人が息切れし始めた頃に手を離した。
「今日はこのくらいにしといてやる 。次来た時はちゃんとしたパンを用意しとけよ!」
そう言うと女は鉄粉以外のパンを私から受け取り店を出ていった。
「フン!あんなやつ2度と通すものですか!ロマちゃん塩をまいておきなさい」
「塩ナラチョウド無クナッテイタゾ」
「なら小麦粉でいいわ、入口の前にまいておいて」
小麦粉じゃ意味が無いだろ……。
店長は厨房へと戻ろうとする時私は店長にあの女との関係を聞いた。
「幼稚園の頃からの幼なじみよ、ひどい女でしょ?私のパンを地面に叩きつけるなんて…。昔からあんな感じなのよ」
『どっちもどっちって感じだけどな』
「じゃあ、小麦粉まいておいてね」
そう言って私に小麦粉の入った袋を手渡す。……本気で言っているのか……。
今回はロマーヌの目線になりましたが、今回からの話は結構な人数のキャラが出るため目線変更も多いです。なので1話が短めになっていくと思います。
これから投稿ペースを上げていきたいです。
読んでいただきありがとうございました。
感想等ございましたら御気軽にどうぞ




