自己時間停止少女の事情 4
16時56分
太陽も沈みかけている頃に私は初めて病院の外に出た。
目に映る物全てが新しく新鮮で、道の所どのろに落ちている蝉の抜け殻やコンクリートの間に生える雑草にさえも目を奪われ、立ち止まって見入ってしまう。どれも画面越しに映像でしか見たことがないものばかりだ。
そんなふうに止まってばかりいたので蛍は私に手をつなぐことを提案した。25年ほど生きてきて初めて繋ぐ手がこいつでいいのだろうか?一瞬そんなことが頭によぎったが別に減るものではないし、きっと私が覚えていないだけで誰かと手を繋いだことくらいあるはずだ。
彼女は右手を差し伸べたが包帯を見ると握る気には到底ならず左手を握ることにした。私と手を繋ぐと彼女は再び歩き始めた。
「ねえ、今からどこに向かうの?」
私が尋ねると彼女は歩くことはやめず、私の顔を見ることなく前を見つめ答えた。
「組合の本拠地みたいな場所です。ここからはそこまで遠くもないので数十分も歩けば着くと思います」
それからも私は何か新しいものを見つける度に少し止まりかけ彼女に引っ張られるというのが何度も続いた。見る物全てが初めてなのだから1分に1回は止まっていただろう。しかし頑固にその場に居座ろうとはせず、彼女に手を引かれれば素直にまた歩き始めた。
17時05分
「蛍、これ何?」
何分か歩き続けていると私はトンネルのような大きな穴の空いた異様なものを見つけた。
「地下鉄の入口ですね、何も珍しい物ではありません」
と私の質問に答えると彼女はまた進もうとするが、私が岩のようにその場で動かなくなったので進むに進めなくなってしまっていた。
「…………乗りますか?」
「え?い、いいわよ。別に興味とかないし」
それを聞くと彼女は小さくため息をついた。
「わかりました。少し遠回りになりますが乗りましょうか」
「話聞いてた!?」
私の言ったことを聞かずに彼女は地下鉄の階段を駆け下り始めた。入口を通る時に強い風が吹いてきて風の音しか聞こえなくなる。
確かにめちゃくちゃ興味はあったが迷惑はかけまいとあえて言ったのに……そんなに乗りたそうだったのだろうか?
下まで降りてくると地上とはまた違った景色があった。見たことの無い飲み物の入った自販機に化粧品か何かの大きな広告、全てに【new】というタグが付いてるような感覚。
「切符を買いに行きましょうか」
彼女が言うとまた見たことの無い機械の前まで来た。そこで彼女は小銭を入れディスプレイに映ったボタンを数回押した。すると2枚の紙切れが飛び出しその1枚を私にくれた。
「ちょっとこれ子供用じゃない!」
「逢莉さんの見た目なら別に大丈夫ですよ」
「そういう問題じゃなくて私も大人なんだからそれなりの対応を受けたいわよ」
そう言うと彼女はしぶしぶ切符を買い直し今度はちゃんと大人用をくれた。
「じゃあ行きましょうか。一駅ほどしか乗れませんけど」
改札を通り階段を降りると既に電車が来ていてそれに乗り込んだ。私達が乗ると電車はそれを待っていたかのように動き始めた。
私は写真や映像でしか見たことの無い電車に乗れて興奮しまくっていたせいか椅子に飛び込むように座り窓の外を見る。
「…………なんか違う」
「何がですか?」
「電車って外の景色が見えるんじゃないの?真っ暗で何も見えないじゃない」
「これは地下なのでトンネルを通ってるのと同じです。景色は見えません」
なんだそうなのか……。てっきり街の景色とかが見れると思ったのにそういうのは無しか。そう思うと騙されたような気がしてむかついた。
電車が止まると私はすぐに出ていき蛍を待つことなくどんどん進んでいった。2度と地下鉄なんて乗ってやるものか、景色がずっと暗闇なんて何が楽しいんだ!
地下鉄から出るとまた違った景色があった。
「ここまで来たらあと少しです」
そして再び歩き始め、裏路地の方に曲がった。今思えば車とかは無いのだろうか?黒塗りで運転手もついてそうなやつは。能力組合とか言っていたが案外貧乏なのかもしれない。そして今歩いているこの裏路地も小汚い店が何件も連なっていて治安も良いとは言えないだろう。
「おい、蛍。鳳京の奴はどこだ?」
何の前触れもなく突然前方に男が現れそう言った。その男は服もボロボロでヒゲは伸び放題になっていてホームレスを絵に書いたようなやつだ。しかし、異様な雰囲気を纏っており精神異常者の書いたホームレスといった感じだ。
蛍はその男を見た瞬間、顔中に汗を浮かべ蛇に睨まれたカエルように固まってしまった。
「逢莉さん、どこでもいいです逃げてください。とりあえずここ以外のどこかに」
絞り出したような声で私に呼びかけるも当の私は今の状況を全く理解出来ていない。ただ小汚い男が間の前に現れて蛍がそれを見てビビってるだけだ。ホームレスにビビるなんて意外と可愛いところあるのねとか思える状況ではなさそうだが。
「いいから早く走って!!」
彼女が怒鳴ると同時に私は走り出した。逃げる途中で振り返るがあの2人は動くこと無く睨み合っている。
どういうこと?理解が追いつかないし根本的に誰だあの男は。私は目についた角を曲がり壁に背中をつけて止まった。自分の心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。しかしその音も後方から聞こえた叫び声でかき消された。わかりずらかったがあれは確かに蛍の声だ。今蛍は何をされているの?考えることも恐ろしい。これからどうすればいいの?そう考えると頭の中に天使と悪魔が現れた。こんなものが想像出来てしまうくらい追い詰められているのかもしれない。
悪魔は言った。
『外には出れたんだしもう病院にもどっちゃえよ〜。どうせ今日会ったばっかの奴だどうなったっていいじゃないか』
天使も言った。
『ここで助けに行ってもあなたじゃどうにもならないわ!万が一怪我でもしたら大変!だから病院に戻りましょ?』
どっちも結論は病院に戻れってことじゃないの!ちがう!私は蛍を助けたいの!私のことを信じて外にまで連れ出してくれた彼女を…。
『なら、俺が力を貸してやる』
その瞬間、悪魔と天使とは違った落ち着いた声が身体の中に響き渡った。心臓の動きや血が流れを明確に感じる。誰かに目隠しをされたように視界が黒に染まる。いや、無意識のうちに自分で目を閉じていたのだ。そして、私の身体は炎を纏った。
17時17分
ゴミ袋ややビール瓶が散乱した 路地裏でホームレスの男に額を握られている蛍。蛍は自分の骨がきしんでいるのを感じていた。
「なあ?俺は知ってんだよ。鳳京は死んでねえんだろ?さっさとどこにいるのか吐けよ」
男がどれだけ聞いても蛍は唸るばかりで全く答えない。むしろ口元は緩み、掴まれることにダメージを受けていないように見せる。その反応を見て男から溢れ出すため息。
「仕方ねえ。お前は殺したくなかったがよ、吐くつもりねえなら用済みだ」
男は一層力を強め、蛍は更に唸った。このまま蛍を殺す気だろう。
「おい……蛍から手…離せよ」
後方から声が聞こえたかと思うと突然男の腕を炎がかする。それにはたまらず男も蛍を離した。
束縛から開放された蛍は霞む視界で全身に深紅の炎を纏った少女を見た。
「やっぱり……外れてなかった……」
炎は少女を中心に渦を巻き、何匹もの龍達が集まってきているようだ。
「チッ……テメエ誰だよ!」
と男が言った瞬間、深紅の炎が男を掠る。
「今のは警告だ。灰になりたくなかったらさっさと失せろ!」
男は炎のかすった腕を抑え舌打ちをしながらどこかへ逃げていった。
脅威が消えたのを確認すると少女の炎は存在しなかったように消失し、少女自身は電池が切れた機械のようにその場に倒れ伏せた。蛍は朦朧とした意識のまま逢莉に近づき、抱き起こした。
「やっぱり間違っていなかった。でも……今はゆっくりお休みください逢莉様……」
投稿時間が遅くてすいませんでした。最近忙しくなかなか書く時間がとれません。
今回で逢莉の話は一時終了、気づいた方もいるかもしれませんが(いてくれると嬉しいです)今回の逢莉の話に今まで全員の話に描写されていた「コートを着た女」が登場していません。(誰だ!ってなった人は1話を読み直してみるとわかると思います)逢莉の元に蛍が来る前に関わっています。その話はまた別の機会にしたいと思います。
感想等ございましたらお気軽にお書きください。
読んでいただきありがとうございました。




