8月12日 一ノ瀬家のその後
光輝が家出した少しあとの話
8月12日 23時06分
光輝の父、一ノ瀬光平は薄暗い部屋でグラス片手にテーブルの前に座っていた。
「あら?あなたが飲んでるなんて珍しいじゃない」
声の主は光輝の母、一ノ瀬希。彼女は光平の向かいの椅子に腰を下ろした。
「お前も飲むか?」
「頂くわ」
光平はそれを聞くとグラスに酒をついで妻に出した。
希はグラスを受け取ると少しだけ口に含む。
音のない静かな空間がそこにはあった。それを壊すように希が口を開く。
「……出ていっちゃったわね」
「気づいてたのか?」
「息子の様子がおかしい事くらいわかるわよ」
「……そうか」
光平がため息混じりに言い、酒を一口のんだ。
「子供というものは親の思った通りには育たんものだな」
「そうね」
「あの子の能力が人の役にたてるはずがないんだ。必ず人を傷つけ不幸にする」
「あら?光輝はあなたのとは全くの別物じゃない」
光平は鬼の如く酒を一気に飲み干し、グラスを机に叩きつけた。
「光輝の中にはあるんだよ!私と同じものが!」
感情にまかせ光平は大声を出す。
「でも、今は使えないはずでしょ?それにあの子自信も存在に気づいていない。あの嗅覚の能力が自分の物だと信じ込んでる」
希が大きくあくびをする。
「それで?連れ戻すつもりなんでしょ?」
「そのつもりだ。だが、夏が終わるまで待つことにした」
夫の発言に希は目を見開いた。
「へぇ、あなたのことだから明日にも手回しすると思っていたけど。意外と甘いのね」
希は立ち上がり寝室に行くため階段を登り始めた。
2階からドアの閉じる音がすると、部屋にひとり残された光平は妻の最後の言葉に返事をするように呟く。
「そんなことはないさ。連れ戻した時にあの時と同じ事をするつもりだ」




