認識不能者の別れ
誤字脱字にご注意ください。
10時32分
「やっと見つけたぜ」
影山が猫を見失ってから再び見つけるまでに数時間がたっていた。
夜と同じ色をした猫は家の塀の上で前足を揃えて影山を見つめ、影山も猫を見つめている。そこにもう1匹の猫の姿は無く、ただ1人と1匹が見つめ合っていた。
「もう追いかけるやつもいないみたいだ。ほら、こっちにおいで〜」
影山は猫に向かって手をのばし、指を小さく上下に動かしながら近づいていく。しかし、猫は近づいていくどころか塀から飛び降り住宅街を走り出した。
「ああ!もう!あと少しで解除できたのに」
影山は地団駄を踏んだがすぐに猫を追いかけ始め、走りながら呟いた。
「毎朝餌やってるんだから逃げなくても……」
住宅街に影山の足音が響く。今日だけで数十キロは走っている影山は猫との距離がどんどん離れていった。それと同時に能力に対する諦めも少しずつ現れていた。
影山が諦めかけているその時、猫が立ち止まり影山の方を向いく。しかし、すぐに再び走り始めて角を曲がった。
「なんだよあいつ。おちょくってんのか?」
影山もその角を曲がり、少し走ると三階建てのマンションが見え、そのマンションの近くで猫が顔を洗っていた。
「なんだよ余裕そうにしやがって」
猫は影山が近づいて来ていることに気づくと今度は挑発するようにゆっくりと歩き初め、一階のベランダの柵を飛び越えた。そして、家の中に入れてほしそうに前足で窓をカリッカリッと音をたてながら開けようとしていた。
「今だっ!」
このチャンスを逃すまいと影山は右腕を伸ばし滑り込んだ。
「あとちょっと。あとちょっとで解除出来る!」
影山の言う通りあとほんの数cmで3mに入るというところで―――無慈悲にも開かれる窓。そして、中に入っていく猫。勢いのあまりその場に転ける影山。
「ベランダから音がすると思ったらやっぱりビラルだったのね!心配したのよ!?」
猫の飼い主であろう女性が歓喜に満ちた声をあげ、ビラルと呼ばれた猫を持ち上げた。
「あ!?」
女性は何かに気づいたのか猫を抱いたまま片手で窓を開けベランダに出た。
「大丈夫ですか?もしかしてあなたがビラルを連れてきてくれたんですか?」
「……」
影山は何も言わずに立ち上がった。
「はい、そうなんですよ〜。俺が連れてきたんです〜」
影山は腕は上げずに手の平だけ猫に向けた。
「やっぱりそうなんですね!ありがとうございました」
「追いかけてただけなんだけどね」
影山が女性に聞こえないように呟いた。
「それじゃあ、俺はこれで」
影山は後ろを向き歩き始めようとした。
「あ、待ってください。何かお礼を……」
影山は少し考えてから口を開いた。
「じゃあ……最後に頭を撫でさせてください」
「そ、その位なら……」
女性は頭を少し下げ、影山が近づいていくた。そして、猫の頭に手をのせて撫で始めた。
「お前飼い猫だったんだな……。飼い主悲しませるなよ?」
猫は全く気にしない様子で鼻を舐めている。
「ありがとうございました」
「え?あ、猫の方だったんですね……そ、それじゃあ……」
女性は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに中に戻ってしまった。
「さて、日課が無くなっちゃったな」
今回で影山の話はとりあえず終わりです。
次回優子の話を少しやってこのシリーズは終わりになると思います。
影山の話はいつも少なくてすいません。