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フレームガリバーと百万の死  作者: 新藤 愛巳
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子供じゃありません

 気分が悪い。体中がだるくて重い。春バテ、春バテなのか?

 気がつけば俺は病院のベッドに寝転がっていた。そうだった。あれから保険屋アイギスの助けが来て、無事セントラルドームに戻る事が出来たんだった。


「やあやあ、圭吾くん、契約おめでとう~。バンザーイ、バンザーイ」


「皓人。あんたは俺たちの居場所を知っていたな」


 契約してからすぐ助けに来るなんて。

 俺は病院の給湯室でこっそり焼いておいたプルプル卵焼きを投げつける。


「むが。君が魔人に乗ったから感知できたんだよ。本当だよ~。僕たちのセンサーは魔人とヨギが協力関係になってから初めて反応を始める。こっちだって場所が解らなくって憂鬱だったんだよ。あ、おいしい。生クリーム、入っている?」


「くくく。今度は塩をたっぷり溶かし込んでやる。アストリアが来たんだから場所が解っていたよな!」


「サウザードが泣いちゃうよ~。卵焼きが喉で歌うんだろう?」


 幸せを呼ぶ卵焼きを『幸せだ』と言ってもらえたのは初めてかもしれない。

 皓人は俺を見つめた。痛い物でも見るように顔をゆがめる。


「君はハマグリだ。かたくなに世界を切り捨てて……無様だね。見舞いに誰もこない」


「放っておいてくれ。俺には友達はいないけど、秋にはたくさんいる」


 皓人は目を細めた。


「ハマグリの中から世界をみると美しい夢が見えるんだろうね。あはは、愉快、愉快」


「どういう意味だ?」


 皓人は俺の手を強く握った。


「それにしても君はすごいね。初めてで『地獄の番犬』を軽々と倒すなんて……しかし、その後、ぶっ倒れるなんて、おお、強いのか、心底情けないのか? 前例がないよ~」


 俺は嫌な気持ちになった。


「お前、わざと助けを出さなかったろう? アストリアが言っていたぞ」


「嫌だなあ、僕たちは君たちの成長を見守る会会長ですよ。そんなことしませんよ~」


「今、見守るって言ったよな。見ていたって言ったよな!」


 俺は小さくため息を吹いた。頬の傷がひりひりする。


「秋の代わりに俺を連れだすなんてどうかしている。もともと出来が違う。あいつは天才だ。俺みたいな屑石が何やったってうまくいくはずがないんだ」


「本当にそう思っているんですか?」


 皓人は厳しい顔で俺を見た。嘲るように茶封筒から、紙の束を取り出す。


「秋吾くんはあなたの代わりに死ぬ気で戦っていたんですよ。これを読めばいい」


 皓人は小さな段ボール三箱を俺に押し渡す。


「なんだ? これ……?」


 そこに書かれていたのは秋の字だった。今どき旧式のルーズリーフにつづられたそれはフレームガリバーの操作説明書だった。俺は目を疑った。見た事がある、この紙は……。


「秋吾くんは毎日、小説を書いていたんじゃない。全部、あなたがここで戦うための、簡単な取り扱説明書を書いていた。フレームガリバーの」


 俺は指が痙攣するのを堪え切れなかった。嘘だ、嘘だ、嘘だ……。


「そんな……そんな、あいつはこうなる事を全部、解っていたっていうのか? だったらどうして! なんで逃げなかったんだ……?」


「彼が予測した可能性の一つとして、でしょうね。あなたがここで働く事は」


「気づいてやればよかった……撃墜王なんて、ならなくってよかったのに……」


 俺の頬を後悔の涙が濡らす。


「明日から仕事をやってください。保険屋アイギスの仕事を。心獣は人類にとって災害ですからね」


 皓人は黄色いハンカチを俺に投げつけた。そこには黒で保険屋のマークが刻まれていた。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 色素の抜けた少女、アストリアは暗い廊下を歩む。正面から相沢皓人が歩いてくる。


「皓人さん。落胆したのですね。陛下の目が開かなくて……」


「いいや、落胆はしていないよ。目を持つ走者は一世紀に五人。何としてでも開かせてみせるからね。自信はあるよ」


「閣下はそれを望まないのです」


 アストリアの認識では『陛下』が圭吾で、『閣下』が秋吾だ。彼女の手の甲の瞼が開き、緑の宝石が現れる。その表面に方陣が浮かぶ。皓人は渋い顔をした。


「僕の邪魔をするつもりかな? アストリア」


「いいえ。私は薪です。薪は意見を述べません」


「その認識は助かるよ。いつでも使い捨てにする事ができる」


「そう」


「怒らないんだな」


 アストリアのガラス玉の目が皓人を見つめる。


「どうして閣下を前線に送ったのですか?」


「どうしてだろうね?」


「陛下を引きずりだすためなら間違っています」


 アストリアは雪のように冷やかに振り向く。


「陛下は転送の海を飛べません。役には立ちません」


 皓人は思い出す。確かに意識を失った名波圭吾を、他のドームに転送させようとして、装置が正常に機能しない事をアイギスは認識したばかりだ。おそらく、心獣心中派もそれで彼を遠くまで運べなかった。装置の異常は彼の無意識の験力。全力での転送の否定。


「同情かい? それとも哀れみかい?」


「わかりません」


「そうだろうね。君にはもう何もない。感傷も、感慨も、未来も、望みも、喜びも。君は百万の死と戦った時、一度死んだのだ」


 そう、死んだ。皓人は冷ややかに彼女を見下ろした。


「悪魔の名付けはヨギの個性だ。秋吾君と同じ名前をつけるからといって肩入れしない方がいい」


「そうですね」


 アストリアは去っていく。素養があっても磨かなければ炉端の石ころと変わらない。


「憂鬱だね。圭吾くん、君は今まで血反吐を吐くほどの努力をした事があるのかな?」


 待合室から転がるようにココミが現れる。


「あるわ。ケイちゃんは努力家なの。廃人から今の状態まで復活したのよ」


「転送事故の後遺症からですか?」


「ええ」


 ココミは下を向く。


「十年前、あの子は転送の海に落ちた私を助けてくれたのだから」


「馬鹿な子だ。転送の海に長時間いると人の魂はバラバラに……ああ、それで廃人」


「自慢の息子なの!」


 ココミはぶるぶる震えて両手を握りしめる。


「今度、ケイちゃんが事故りそうになったら、全力であなたに噛みつきますからね」


 皓人は小さなココミに迫られてうめき声を上げる。


「ああ、やっぱり憂鬱だ。噛みつくなんてやめなさい。いい子だ、よしよし」


「ココミは子供じゃありません! コウちゃん、そこに座りなさい!」


 皓人は深く大きな溜息を吐いた。

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