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フレームガリバーと百万の死  作者: 新藤 愛巳
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誰にも乗れない

 皓人は大げさに溜息を吐く。


『そのフードたちのドームが壊れたらもう二度とセントラルドームに戻れない。君は国宝にはなれないね。ココミさんはどうなるのかな? ああ、憂鬱だね。なんでこんな事に』


「俺が一番、憂鬱だよ……!」


 ナナシはオルトロス相手に剣を構えた。正眼に……無茶だ。皓人は口を開いた。


『そこでだ。圭吾くん、今すぐ契約をしてくれ。フレームガリバーと』


 俺はカードを見つめた。黒い血を流すカード。

 立体映像の皓人は電話の向こうで目を細める。


『君は、可哀想な女の子を救って英雄になりたいとは思わないか?』


「思わない。どうだっていい」


『あはは。いい感じにひねくれているね。そういう面白い人は好きだな』


「俺も好きだよ~。お前以外」


『おや、ひねくれ者は言う事が違うね~』


「ひねくれていない。一般人の一般的な反応だ。皓人、なんとかならないのか?」


 『地獄の番犬』のうなり声を裂くように皓人の声が高らかに響く。


『そうだね。タイプDならともかく、僕らにはそこの場所がわからないしね。君はヨギとしてフレームガリバーに乗るべきだよ。遅かれ早かれこうなる予定だったんだよ。君は家族のために乗るべきじゃないかな? 約束があるんだろう?』


 俺は迷った。秋の友達を巻き込んで助けられないのは、ココミを守れないのは……俺の魂を握り潰すことと同意義だ。名前のない少女はか細い手で俺の胸倉を掴んだ。


「陛下、いいですか? 乗ってはいけません。閣下の言葉を思い出してください」


(この通信が切れたら、そのドームから引っ越してほしい……でないと僕が今日まで頑張った甲斐が無いよ……)


 そうだろう。きっとそうだ。俺は今、秋の努力を無にしようとしているのかもしれない。俺は勢いで彼女の細く華奢な肩を掴んだ。ココミ、お前の教育は最悪の最低だ。


「ナナシちゃん、邪魔だ。少しどいてくれ」


『そうだね、秋吾くんも彼女を傷つけたくはなかっただろうね。あの子はそういう子だ」


 皓人の口が意味ありげに開く。


『さあ、圭吾くん、今すぐ秋吾くんが残した方陣を順番に目でなぞるんだ』


 カードを覗き込む俺を、彼女は冷ややかに見つめた。


「あなたは乗らないでください。あの人はあなたに乗ってほしくなかったのです。だから、誰にも乗れないサウザードを貴方に」


「いいか、2人で生きてここから出るぞ!」


 ポケットからしわしわの方陣を取り出す。彼女は小さく眉をしかめた。


「どうしてあの人の心が解らないのですか? あの人はあなたを巻き込まないために戦って……そして死んだのです」


 彼女の感情のこもらない言葉に俺は凍りついた。


(戦って死んだ……? 死んだ? 死んでしまった?)


 最悪だ。最悪の気分だ。心の中が荒れ狂う砂嵐になったようだ。驚きが頭の芯に住みついて、涙が出ない。俺は冷たいのか? 事情が飲みこめない。理解不能だ。

 皓人が憂鬱そうな溜息を吐く。


『いやあ、まあその……君には才能があるから、巻き込んでもいいよね?』


 保険屋アイギスが俺を外に連れ出そうとしたのは、秋の代わりが必要だったからだ。

 あいつは俺を巻き込みたくなかった。

 だけど、どんな気持ちであいつが戦ってきたか解る気がした。擦り傷や切り傷を作って帰ってきても、あいつは泣きごと一つ言わなかった。泣き虫な弟だったのに。

 名前のない少女の挑むような目が俺をとらえ瞬く。


「逃げた方があの人は喜びます。ガラスの心を持ったあなたには無理です」


 秋、悪かったな。全然、気づかなかった。

 俺は余裕がなくて、少し楽をして、手痛い罰を食らったんだ。


「アストリア。俺のわがままを聞いてくれないか? アレを倒す。一緒に協力してくれ」


「……アストリアですか? それが私の名前ですか? その名を私に付けるのですか?」


 彼女は大きく目を開いた。


「お前の名前だ。ナナシのままじゃ呼びにくいだろ?」


「あなたと私が組むのですか?」


「俺はなんにもわからない。方陣も、フレームガリバーも、ヨギのことだって。心配じゃないか? 賢い弟が残した愚かな兄の結末なんて、きっと悲惨に決まっている」


「だったら……」


「殴りたいんだよ。心獣を……『百万の死』を、ぶっ飛ばしたいんだ」


 俺は腹の底から叫んだ。化け物を指さす。


「あいつを倒したいんだよ! 俺は心獣なんて何もかも全部、大嫌いだからだ!」


「……そうですか」


 『地獄の番犬』はこの建物を壊し始めていた。ローブの人間たちは目を細め、うっとりと涙を流し、祈りをささげている。そうしている間にも、この古いドームはひび割れていく。

 皓人は溜息を吐いた。


『そのドームは転送の海に非常に近い。このままだと君も、圭吾くんも、海の藻屑になっちゃうよ。で、どうするの? アストリア。名前をもらったらしかたないよね?』


 アストリアは静かに右手の緑の目を開いた。


「わかりました。陛下に協力します。あなたがあの人の仇を討ってくれる瞬間を見届けます。私は薪だから……」


 俺は一番のカードを指で弾いた。血をぬぐい、手に収める。

 紙を開き、秋の残した方陣を順番に目でなぞる。目の中で像が結ばれ、陣が完成する。

 生まれた文字は紙を這い、俺の腕にガリガリ食い込んでいく。

 痛い……。でも秋はもっと痛かった。我慢しろ。俺の心臓から沸騰するように鍵が生まれる。アストリアは 迷わずその鍵を掴んだ。引きずり出す。


「汝、サウザード。陛下と契約を」


 鍵はカードに半分吸い込まれた。カチリ。

 カードはフレームガリバー、サウザードを吐きだす。大きさはビルくらいだろうか?

 金属の鎧を着た白い魔人は俺にひざまずいた。ブオオオオ。

 無限大をモチーフにした帽子。流れる青いローブ。握っているのは白い杖。

 アストリアが厳かに振り向く。


「ゴキブリのようなライオンを倒すためには、ゴキブリのような象である事も必要です」


「ゴキブリ嫌なんだが!」


「では、ゴミのようなライオンを倒すためにはゴミのようなゴミになる事も必要です」


「それ、全部ゴミだー!」


 ドームにひびが入り、皓人が叫ぶ。


『さあ、時間が無い。魔人をねじ伏せるんだ!』


「OK。どうやって?」


『魔人は君の精神の象徴だ。君のもっとも苦手とする姿で現れる。力ずくでねじ伏せろ!』


 何が出ても恐れない。そう決めた。アストリアは俺の腕を引いて跳んだ。ただ者じゃないと思っていたけれど。妖精の跳躍だ。俺はマシンを這いあがった。


「その鍵でハッチを開いてください。急いで」


 無様にたどり着き、サウザードの背中に鍵を突き立てて回す。

 心獣が凶暴なんだ。それと戦う魔人はもっと恐ろしい生き物かもしれない。

 心獣に……アイギスに、精一杯、迷惑をかけてやる。こんな所で死んでやるもんか。

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