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フレームガリバーと百万の死  作者: 新藤 愛巳
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転送の海

 敵を一瞥した彼女は俺を見た。


「あなたは死なせません」


 彼女に腕をひかれるままに走る。追っ手は迫る。思うように動かない膝が笑い始める。

 こんなに走るのは幼稚園以来じゃないか? 強く引かれる腕がちぎれそうだ。

 手の甲がドクリと脈打つ。あまりの痛みに俺は叫んだ。


「痛い!」


 熱とうずきに左手を抱える。俺の手の甲にいつの間にか目蓋が出来ていた。


「な、なんだ……これは!」


 気持ち悪い。彼女は無機質な顔を上げた。


「目覚め始めているのです。目が」


「目?」


「歴代の才能あるヨギに現れた印。特別な印です」


「ここに目ができるのか?」


 俺は卒倒しそうになった。こんな所から何を見るんだ? ふとももなのか!

 ああ、俺が曲線を気にしすぎたからこんな所に神様が罰を? なんという事だ!


「陛下、それを開いてはいけません。すべてを捨てる覚悟が無くてはダメです」


 彼女の手の甲の目蓋が開く。中には輝く緑の宝石。俺と同じなのか? 

 彼女は俺を柱の陰に隠す。


「あなたはここを動かないでください」


 彼女は腰の後ろから、剣の柄を取り出す。転送。そこから銀の刃が現れる。


「『地獄の番犬』が、あなたの情報を他の心獣に送る前にここで倒します」


「そんなことができるのか?」


 彼女は俺を一瞥した。


「生身で試したことはないのですが」


 クオオオオ。『地獄の番犬』の長い牙が俺にせまる。

 彼女は俺を突き飛ばした。振りかざす剣が『地獄の番犬』の牙に弾かれて砕け散る。


「おい、やめろ!」


 俺は『地獄の番犬』が食いつく寸前、彼女の手を引いて、もつれる足で走り出した。

 出口を目指す。彼女は不審げに俺を見た。


「どうして逃げるのですか? 『地獄の番犬』が私たちの情報を仲間に送ったなら、脱出はより困難な事に」


「あんな化け物みたいな犬とお前みたいなのを戦わせられるか! 常識で物を言え!」


 とはいえ、体力は限界だった。段差につまずいて転がると馬鹿犬が俺を補足した。ヨダレに濡れた口が光り輝く。低く身を縮めた後、奴はミサイルのように襲いかかって来た。


「相沢皓人の憂鬱バカ。化けて出てやる!」


「下がってください。邪魔です」


 ナナシは喚く俺の前に裸足で立っていた。彼女は油性ペンで手のひらに陣を描いていた。

 『地獄の番犬』の牙が、彼女の肌に刺青のように現れた方陣によって弾かれる。


「行ってください」


 彼女は息を捨てるように呟き、両手で剣を構える。獣は猛り狂った。

 彼女に爪を振り下ろす。度重なる防御で彼女の体中の肌が裂け、傷口が熱を持って、どす黒く腫れあがっていく。致命傷じゃない、けれど相当苦しいはずだ。


「ナナシ……もういい。もうやめろ!」


 初対面の人間が見ず知らず俺のために傷つく必要はない。

 俺が叫ぶと彼女は虚ろな目をした。


「私は……腕が飛んでも、首がちぎれてももう死なないのですよ」


 それは嘘だ。本当は死んでしまうかもしれない……。それに。


「本当に死ななくても、見ていて痛々しいんだよ」


 弟の友達が傷つく所なんて見るもんじゃない。俺がココミに受けた悪い教育の一つだ。

 可哀想な子は守ってやれと。俺は上着を彼女にかけた。絶対守る。

 心獣が襲いかかるので俺たちは横の倉庫に転がり込んだ。埃に咳き込む。

 ココミ以外の女の子と仲良くするのは初めてだ。俺は彼女を抱き寄せた。

 倉庫の入り口では『地獄の番犬』がフードの男たちを相手に暴れ狂っている。


「いいか。恐がりのくせに無理するなよ。俺が守るから」


 彼女はガラス玉の目で俺を見つめる。


「……私は恐がりではないのです」


「いいや、恐い物があっても恥ずかしくない。君は黒服の男たち相手に震えていたんだ」


 彼女はガラス玉の目を静かに向けた。


「私は何も恐くありません」


 俺は沈黙した。えっと……。黒服たちとの会話を思い出せ。


『ヨギは俺だ。そっちの奴は放せ。何も知らない』


 恥ずかしかった。恥ずかしすぎた。俺は赤面して床に崩れ落ちる。あぁ。


「馬鹿な人……」


「今一番聞きたくない言葉だぞ!」


 彼女はセクハラかと思うくらい、ぺたぺたと俺の体を調べた。


「陛下、無事なのですね。アホ菌が脳に回ったのかと思いました。いい物があります」


 彼女はポケットから3Dフォンを取り出した。俺は慌てて相沢皓人を呼び出す。


「皓人! 俺が困っている! なんとかしろ!」


 応答なし。名前のない少女は静かに俺を見た。


「『地獄の番犬』はあなたを追います。あなたの持っている魔人のカードを追います。それが血を流しているからです。カード1番サウザード」


「じゃあこれを捨てれば……」


「人類は貴重なフレームガリバーを一体失う事になります」


 俺は拳を床に叩きつけた。


「何かいい方法はないのか?」


 ウウーン。3Dフォンが揺れる。皓人だ。


『やあやあ、困っているようだね。君も憂鬱なんじゃないかな、名波くん』


 彼は事態の緊迫と反比例して浮かれた調子で語りかけた。完全に他人事だ。


「皓人、お前はなんで助けをよこさないんだ? 国宝候補のピンチだぞ!」


『ナナシが行っただろう?』


「こんな危ない所に女の子一人で来させるな!」


『君はまだ契約していない。一般人を集団で助けにいけるほど、保険屋さんは潤っていないんだよ』


 俺は目を半眼にした。


「ずいぶんひどい扱いだよな。狙われるのもわかっていたんじゃないか?」


『僕はフードとは相性が悪いんだよ。運命を受け入れるより、抗うのが人類の使命だと思うからね。そんな馬鹿どもがいる場所に行くと、ジンマシン出ちゃうよ……』


「ジンマシン堪えろ」


『いい男が台無しになっちゃうよ』


「自分でいい男って言うのを堪えろ!」


『僕は女性の母性本能をくすぐるタイプらしいよ~』


 俺は目を閉じ、うなり声を上げる。


「母性本能よ……翻弄されるのを堪えろ!」


 774番、ナナシは静かに剣の束から気に入りの一本を選んだ。『地獄の番犬』がこの倉庫の中身を嗅ぎつけたようだ。すなわち俺たちを。衝撃で俺は振り返った。ナナシの放った方陣を弾き、『地獄の番犬』がこの建物に牙をむく。建物の向こう、ひび割れたドームは血をふくんだように真っ赤で転送の海そのものだ。

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