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フレームガリバーと百万の死  作者: 新藤 愛巳
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絶叫

 比奈子は大声で叫んだ。俺の視線はガリューンを探す。

 通信機の向こうの相沢皓人が叫ぶ。


『こちら専務相沢! 長谷川ドクター、どこにいる?』


『は、はい。長谷川比奈子、直ちに現在地、送ります』


『至急、エリダバルドの救助を!』


『はい! ……待っていて、由香里ちゃん。名波くん、私は私のできる事をするから!』


 俺は比奈子に背を向けた。元気なヒメヒマワリはここで咲けばいい。

 秋を花にたとえるなら例えるならリンドウだ。

 俺は何だろう? 日に照らされる度に色あせる……百円の造花……。


「行くぞ、アストリア! 共に約束を果たせ、心獣をぶっ飛ばすと!」


 俺はハンドルを握り、低く構えた。


「陛下、右からバーストが来ます」


 アストリアが叫ぶ。俺は必死に身をひねった。

 左端のビルが弾け飛ぶ。たくさんのガラスが舞い散る中、『地獄の門番』メズがサウザードを見て笑っていた。右腕のないメズ。あの時の心獣だ。

 俺の家をかきまわした……幸せな家庭をぶっ壊した……張本人だ。


「てめえ、覚悟しろよ」


 俺は静かに含み笑った。倒せるものなら、俺が倒してやる。造花でもここで咲く。

 メズは勢いよく『地獄の番犬』を口から吐き出す。


「はああああっ!」


 俺はソードを取り出した。一匹を裂き、二匹を踏みつぶし、三匹を切り裂く。


「……よし」


「良くありません。メズが心獣を生み続けたら、脆弱な陛下の神通力が底を尽きます」


「誰が脆弱だと? アストリア!」


 俺はメズと間合いを詰めた。サウザードの腕で二、三発殴る。敵は方陣の盾でバーストの銃をガードする。いつか『地獄の番犬』を弾く時にアストリアが使ったような、アレだ。


「陛下。敵は陛下の動きを読んでバテさせようとしています。バーストを撃つのは向こうにもリスクがあるからです。敵もこちらに確実に当てたいのです。どうしますか?」


「アストリア、昔、あいつと戦った事を覚えているのか?」


「貴方といると記憶の箱が開きます。数えきれぬほどの沢山の人間が倒れてきました」


「そんなすごい奴なのか? アレは……」


「はい。今まで倒せたものは誰もいません」


 ナイフを構える俺の右腕が重い。


「『地獄の番犬』、分裂します。陛下、足元のサーペントに気をつけてください」


 俺は跳んでサーペントを避けた。回し蹴りで『地獄の番犬』を一掃する。


「街に被害は!」


「貴方も少しずつうまくなっているのです。戦闘に集中してください」


「アストリア、お前、褒めてくれるのか?」


「閣下はもっと上手でした。もっとも才能がなく、それゆえ最も強い方でした」


「お前も秋のことが好きだったのか?」


「わかりません」 


 彼女は俺の服の裾を握った。小刻みに指が震えている。恐いんだ、本当に。


「お前は馬鹿だな。俺についてくるから、こうして三度、あいつと戦うはめになる」


「あなたは……あなたも馬鹿みたいです。そうやって常に貧乏くじを引くのですね」


 強く彼女の指が俺の腕を掴む。上気した頬にわずかな決意がのぼる。珍しいな。


「俺は自分の事を、いい奴だとも大した奴だとも思わない。だからこそ、やれる事がある。お前のように、街じゃなくて人を守る。ビルを壊しても、魔人の操縦がうまくなくても。俺の知った世界が、知る世界が壊れるのを二度と見たくないからだ」


 永遠に続くと思っていた三人の世界はあんなに簡単に壊れたから、俺は拳を作るのだ。


「アストリア、どうして『百万の死』を滅ぼすために最初から目を使わなかった」


「怪異はいくらでも湧くのです」


「目に願っても消えないのか?」


「はい。ダメなのです」


「わかった。俺が直接引導をくれてやる」


 俺はナイフを構えようとして動きを止めた。静かにアストリアの焦りが伝わってくる。


「どうした? アストリア?」


「サウザードの動きがコンマ0.5秒ずれています……疲労が陛下を支配し始めたのです。陛下には肝心の持久力がありません」


「動きが大きくずれるとまずいのか?」


「後出しで勝てるのは王様ゲームとじゃんけんだけです」


「お前、どこで王様ゲームした! キャバクラか、ホストか!」


「PTAに訴えられる場所です」


 学校かー! 俺は息を切らして走った。


「俺は期待の大型新人だぞ! このくらいずれている方がちょうどいい!」


 メズは比奈子が走って行ったビルに狙いをつけた。バーストを準備する。

 敵は転送装置を狙っている。他の魔人が来ないように徹底的に壊すつもりだ。


「アストリア、心獣には知能があるのか?」


「野生動物程度には」


「これ以上、面倒事はごめんだぞ!」


 俺は素早くサウザードの武器、ナイフ拾った。腕の連結が痛い。応急手当だから、サーペントの毒が回ればそれなりに酷い事になるだろう。ナイフよ。聖水をぶちまけろ!


「無茶をしないでください」


 アストリアはガラス玉の目で俺を見る。


「偶然だな。俺は無理をした事が無い」


 ナイフが水を溢れさせる瞬間、メズががちがちと歯をむいた。銃に粒子が集まる。

 間に合うか? バーストの光が魔人の心臓をとらえて真っ直ぐ俺を貫いていた。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 皓人はカップの紅茶を飲みほした。エリダバルドは大破したようだ。応答がない。

 ガリューンも攻めあぐねている。どうしたものか。

 皓人はあちこちに取り付けられた街のカメラで、サウザードを見つめた。

 赤い光がモニターを焼く。

「ナナシ」


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 功士はサーペントを相手に格闘をしかける。


「走れ、青電! 赤電!」


 魔人ガリューンをひく馬は走りまわり、海蛇を翻弄する。放電!

 蛇の鱗は功士の杖からほとばしる電撃を易々と弾く。

 それでもいい。功士はガリューンの拳を突っ込んだ。口の中に雷を叩きこむ。

 頭部を破壊されて一匹が燃え落ちる。


「てめえら、ハブ酒と、かば焼きにしてやるー! くらえー」


 功士は膝を折った。験力の使い過ぎで眩暈がする。


「ペース配分間違えました……圭吾! 力を! 力を貸してください!」


 倒れているエリダバルドにサーペントが迫る。功士は腹の底から叫んだ。


「クソ。由香里、起きろ! 本当に弾けてしまったんですか? 魂が!」


 功士は目を潤ませた。


「圭吾ぉぉぉぉ!」

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