険しい道のり
「はいはい。イケメンくんも、カイメンくんも、可憐なお嬢さん方もこちらに注目。これから、出し物を決めます」
功士が九重学園、教室のパネルボードの前で叫んでいる。もしや文化祭か?
「5月の出し物を決めます!」
「なに、それ?」
俺は首をかしげた。比奈子は目を輝かせる。
「ドームの平和を守る走者は、みんなの元気のシンボルだから、毎月いろんな出し物をするのだよ」
「はい。食べ物屋がいいと思うんだけど……」
俺が手を上げて発言するが、誰も賛成をしてくれなかった。孤立無援か、まあいい。
お前ら、いつか全員卵焼きまみれにしてやる。吠え面かくなよ。くくく。
由香里は笑顔でそっと手を上げた。
「劇はどうですか? 劇団イモ洗い座」
誰もやる気がないんだな。しかし、功士は身を乗り出した。
「花雪姫で剣劇モノはどうですか、諸君!」
「それ、PTAにひっかかるよ……」
比奈子のツッコミはクラス中に無視されて、あれよ、あれよと、内容が決まっていく。
その時、眼鏡バカがみんなを代表して一人手を上げた。
「はい。主人公は名波くんがいいと思います。男女逆転劇で」
そいつが口の端をゆがめると、クラスの半分がニヤニヤ笑った。悪意を感じる。
俺は爽やかに微笑んで、堂々と立ち上がった。
「じゃあ、君は僕の継母役をやってくれないか? もちろん出番の多さは二番目で。くくく」
俺は比奈子には見えないように口の端をゆがめた。
思わぬ反撃に眼鏡バカはよろめく。
「お、お前が花雪姫をやるんだったらな!」
教室は鎮まる。比奈子は迷っているようだったが、俺の隣で手を上げた。
「はい! 私、王子やります!」
功士は大見得をきった。
「ふふふ、俺も主役をやります! 青雪姫と花雪姫で!」
「青雪って何? ブルーハワイ味?」
俺の質問に、功士は親指を立てる。
「花雪姫の双子のライバルです!」
「そんな奴いるかー!」
功士に入る俺のツッコミ。教室が静まる。活躍中のガリューンの走者をしばいたからだろうか。
それとも、俺の雰囲気が前と違うからだろうか?
沢山の視線が不審気に俺をとらえていた。みんなの目が凝り固まっていた。
イモ洗い座は稽古に入った。死んでもやりたくなかったんだが。
俺が花雪姫、功士が青雪姫になった。俺はジャージでポーズをとった。
「私は城にとらわれの姫、花雪……外を知らぬ娘」
俺は優雅に仮縫いのスカートを広げる。イメージはアストリアだ。
上品に繊細に。世間知らずの無感動な娘。それなら、俺にも演じられるかもしれない。
「私は森で奔放に暮らす乙女、青雪姫」
功士は対照的にスカートを翻らせた。元気で明るい比奈子をイメージしているようだ。
俺たちの感想はもちろん。
「間違っているー。最初から間違っているー」
「花雪姫は女子がやるもんですー」
「青雪姫もそうだー! もっとこう可愛い子がすべきだ~」
継母役が高飛車に眼鏡を持ち上げる。
「ひひひ。馬鹿者どもが! お前たちにそんなセリフはない。心から乙女になれ」
「なれるかー!」
俺たちは提案者の眼鏡バカに同時ラリアットを決める。
「ぐほ」
「悪は滅びた。功士、普通の配役でやろう」
「もちろんです。名波ノートの危機を救う、そのための立候補です!」
俺たちは顔を合わせてうなずく。
「さあ、脚本家の由香里様に連絡を!」
普通の脚本で普通の配役を! 比奈子は由香里からのメールを見てうなずいた。
「由香里ちゃんから連絡だよ。衣装が高いから今から作り直すと買い取りになるみたい。『貴方たちの家のクローゼットの奥に隠しドレス状態になるけどいいかしら? 隠し女装趣味みたいになるけどいいかしら?』ですぞ」
「どうしてもイモ洗い座がしたいのか、由香里のアホ……」
俺は顔面をひきつらせた。
それは壮絶で険しい道のりの始まりだった。




