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フレームガリバーと百万の死  作者: 新藤 愛巳
19/29

昔の記憶

 俺は誰かの記憶の中にいる。夕暮れ、三つ編みの少女と少年がオレンジの街を歩いている。

 少女はアストリアだ。色素が抜け落ちる前の。

 容姿は今とあまり変わらないが生気に満ちた頬笑みが胸を弾ませた。とても可愛い。

 遠巻きに人々が呟いている。


『ねえ。あの子が目の子……』


『天才ヨギよ。立派ね。素晴らしいわ。うちの子もあんな風に……』


 三つ編みの少女は足取りを弾ませて歩く。

 人は寄せ集まってくる。手の甲の目の光に導かれるように。

 前方を歩く少年が鮮やかに笑う。


「憂鬱だね。でも気にすることはない。みんな輝いている人が好きなんだ。その鱗粉を浴びると元気になれるからだよ」


「相沢くん」


 少年の相沢皓人は振り返る。


「相沢くんも鱗粉が好きですか?」


「そうだね。時の人といると憂鬱が吹き飛ぶ。鱗粉万歳だ」


「でも鱗粉は毒だから……私……悲しいわ」


「いいじゃないか。僕の憂鬱を晴らせるのは君だけだよ」


「ダメ。その前にしびれて動けなくなるのよ。あなたも」


「羨望という毒かな? 僕はヨギにはならないよ。ヨギにならなければ、君を羨望する必要もない。毒を食らう必要もない。僕はサポートに回る」


「でもあなたは最強のヨギの子孫。みんながあなたに注目しています。争いは避けられないわ」


「偏った視線というのも毒かもしれないね。僕は期待と言う呪いに傷つく前に、自分で飛ぶのをやめたのさ。『大切なのは目でなく心で見る事だ』、おじい様の言葉だよ」


 相沢皓人は目を細めて天を仰ぐ。


「君も飛びすぎてはいけないよ。ドームの天井にぶつかっていつ落ちるかわからないからね。僕らの羽根なんて弱くて脆くて紫外線の海を越せやしないのさ」


「相沢くんはそうやって、この仕事に関わって、ずっとずっと苦しむのね……」


 少女は目を閉じた。


 私はみんなが喜ぶから乗るだけ。喜ぶから走るだけ。でも、これからは私のために乗る。それが私利私欲でも、こうして、あなたが話しかけてくれる事だけが唯一無二の私の宝石だから。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 俺は床の上で目を開いた。頭が鈍く痛む。

 かすむ目でアストリアを視界に入れた。彼女の記憶の断片、それを見た気がする。


「お前ってさ、本当、馬鹿だな……相沢とは仲が良かったのか?」


「そんなこともありました。しかし、私の馬鹿さ加減は陛下ほどではありません。後先考えないその性格は考えものです」


「どういう意味だ?」


 俺が目を半眼にすると、彼女の無感動な目が俺を見下ろす。ガラス玉の瞳。


「閣下のマネ事をすることは、いつかあなたの首を絞めることになります」


「運命の糸に絡まったのは秋の方だ。俺はそれを解き損なっただけだ。後悔ならしているよ。もう長い間。ずっと長い間」


 アストリアは無感動な目で俺を見下ろす。


「あなたにはあきれます。あきれ果てます」


「秋はいい奴だった。アストリア、お前は馬鹿で、俺の場合はただの強欲なんだよ。秋の名誉を取り戻したいだけなんだ」


 彼女は俺の横を通りすがる。


「今なら引き返せます。あなたはあの人と同じ道をたどりたいのですか?」


「同じにはならない。俺が泣き寝入りするような性格だと思うか? 思わないだろう? 違うだろう?」


「そう」


 彼女は眼を伏せる。


「私には同じにしか見えません。同じ魂が違う色を吐き出しているようにしか見えません」


 失敬な奴だ。彼女は黒いドレスを翻らせるとドリンクを買ってトレーニングルームを去って行く。入れ替わりに皓人が現れた。請求書の束とタルトの山を持って。


「やあやあ、圭吾くん、元気かい? 差し入れを持ってきたよ~」


「あ、憂鬱バカ」


「へこむよ、変なあだ名つけて。僕は公証人だよ。『口八丁の紳士』とか言ってくれ! わっは」


「あんた、アストリアとは親しかったのか?」


「さあ? どうでしょう? ……僕は変わらず接しているつもりだよ。彼女が僕の事なんてまるで覚えていなくてもね。憂鬱だよ。愛していたからね」


「ふうん」


 俺は自家製スポーツドリンクを飲み干す。皓人は真剣な顔をしていた。


「僕らが知り合いだと、彼女に聞いたのか?」


「いいや」


 皓人は困ったような深刻な顔をした。


「圭吾くん、ジュースの持ち込み禁止だよ。そこのアイギスが開発したスペシャルマムシドリンクを飲んでくれないと~、罰金だよ~」


 自販機、一本500円……。


「こんな高い物、飲めるか~! 確実に破産するぞ!」


 俺は請求書に目を落とし、唇を震わせた。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 家の外に出るようになってから、やっと雨の不便さに気がついた。

 転送装置を使えないから俺の場合、なおさらだ。

 今日は休日。ドームの中の雲がかき消えた。晴天だ。嬉しい。傘を投げ捨てる。

 二回目の休日。俺は登山用のリュックに荷物を山ほど詰め込んだ。

 比奈子の家で約束のイモパーティー。ありとあらゆる調味料をそろえる。


「さて、行くぞ、アストリア」


「無理です。私は行きません。陛下が恥をかきます」


「絶対に来い。命令だ」


 俺は帽子を深々と被って、アストリアを自転車に乗せる。


「どうなっても知りません。悪魔を連れて走るなんて」


「いいんだよ。お前も一人ぐらい、友達作った方がいいぞ」


 彼女は眉一つ動かさなかった。俺はなくした物を取り返したい未練がましい生き物で、この馬鹿女も本当は元の日常を取り戻したいのにきまっているのだ。きっと。相沢と仲直りしたいはずなのに。

 チャリを走らせると、登り坂に差し掛かった。


「ぐぬぬぬ、俺を愚弄する気か、坂道よ~!」


「5秒で上がりましょう。いいトレーニングです」


「うう、動け~!」


 低くうなっていると、子供たちの群れが現れた。


「おい、あれ。名波のタイプDじゃないか? やっつけろ!」


 子供は俺たちにペットボトルや空き缶を俺たちに投げつけた。かーん。アストリアはもろに食らって自転車から落ちる。なんと、俺の下僕が高速回転して墜落!

 何てことだ。

 子供たちは俺たちを囲んだ。


「いいか、タイプD。てめえの所為で、名波は大けがをしたんだぞ!」


「そうだぞ! この腐れ悪魔が!」


 子供たちはアストリアの緞帳のように長いスカートをめくった。黒のレース!

 彼女はいつものようにボーっと立ちつくしている。ノーガードにも程がある!

 俺は全てがめくれ上がる前に彼女のスカートを押さえ、赤面した。


「お、お前たち、俺のパートナーに何をする!」


「あ、名波だ! 本物だ!」


 子供たちは俺を囲う。


「おい、名波。サインくれよ」


「名波、最近、弱くなってないか? 前はもっとすごかったぞ~」


「ハイゼルベルクはどうしたんだよ」


 俺は顔面をひきつらせた。


「何だ、お前らは。俺の知り合いか?」


「うわ。名波ワイルド、カッコいい! 俺たちはこれから塾に行く所だぞ!」


 俺は首をかしげた。


「お前たち、どうして転送しないんだ?」


「子供は転送したら壊れるんだよ。最近、事故が多くて、これからライナーに乗る所さ。名波、今日はかっこいいな。なんか良い顔をしてる。今日は肉食か?」


「いや、雑食」


「じゃあ、俺もこれから何でも食べるよ。だから、この服にサインくれよ」


『名波、雑食』


 俺はわけのわからないサインを書かされて、憂鬱になった。なんだ、これ?


「すっげー、撃墜王のサインだ! 『卵食』はやめたんだな。面白かったのに」


 子供たちが『卵食』のTシャツを掲げたので俺は頭を抱えた。秋……。


「お前たち、俺はどんな戦いをしていたんだ?」


 奇妙な質問に子供たちは目を輝かせた。


「格闘だよ。ハイゼルベルクは格闘が得意だったんだ。シャイニングウインザー」


「自分の事なのに忘れちゃったのかよ」

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