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フレームガリバーと百万の死  作者: 新藤 愛巳
17/29

初めて

 由香里はうつむいて小さく困った顔をした。


「ごめんね、圭吾くん、私もちょっと……協力はできないわ」


 名誉なんて、邪魔になるだけなのに。俺は面倒くさくなって、市長に貰ったばかりの新人賞のトロフィーをゴミ箱に突っ込んだ。


「こんな形ばかりの物、必要ないのに……名誉なんて何にもならないのに」


「……そう。そうよね。やっぱり……圭吾くんもそんな物、どうでもいいのよね。私の気持ちなんてまるで分らないんだわ。悲しいことだわ」


 由香里は目をうるませて去っていく。どうしたんだ? 何か問題が?

 俺はうろたえ、功士は深い溜息を吐いた。


「委員長は自分の命より、名誉が大事なんです。三度の飯よりも。トロフィーが大事」


 秋は自分の部屋にトロフィーを飾らなかった。

 こんな物に美徳を感じる人間がいるとは思わなかった。俺は拳を握った。


「由香里を追いかける」


「やめといた方がいい。鷹野の家には関わらない方がいいんですよ」


 関わるなと言われると気になる。俺はひねくれているんだ。ピットを離れ必死に彼女を追いかける。彼女は学校のトイレの中に姿を消す。何が気に障ったんだ。わからない。


「由香里、トイレは鬼門だぞ。運気が下がるぞ」


 言いたいのはそんな事じゃない。俺はさっきまで読んでいた風水のマニュアルを投げ捨てた。役に立たん。俺は溜息を吐いた。さすがに女子トイレの中まで入る太い勇気は持ち合わせていない。どうしたものか。

 そこに長谷川比奈子が走ってやってきた。息を切らしている。


「やあ、名波くん。無事に帰ってきたら、ドクターと乾杯なのですぞ。コーヒー牛乳で」


 比奈子の柔らかそうな頬がほころぶ。俺は下を向いた。


「実はライバルを泣かせてしまったんだけど……」


 さっきの眼鏡バカとその友人が意味ありげに俺たちの横を通りすがっていく。


「おい、知っているか? 鷹野由香里」


「才能もないのに。親に頼んで走者になってイイ御身分だ。七光は楽でいいよ」


「さっき、泣きながらトイレに逃げ込んだの、あいつじゃないか? ひひひ」


 少年たちは低く笑っている。秋だけでなくあいつまで馬鹿にするのか?

 お前らの方がよっぽど! うなった俺を比奈子が押さえつけた。


「ダメだよ! 落ち着いて。名波くんはいつも我慢していたでしょう! 殴っても何にもならないって! 何も変わらないって! わかっていたじゃない!」


 俺は深呼吸した。落ちつけ。裏切り者探しのためには誰にも深入りしない事が重要。


「比奈子、僕の所為で由香里がなじられたのか?」


「由香里ちゃんの悪いうわさを広めているのは北組の男子たちなのだよ」


「北組の?」


「名波くんは関わらない方がいいよ。これ以上嫌われる必要なんてない」


「比奈子?」


「私が関わるから」


 そこに転がるように功士が現れた。留年馬鹿は俺の両肩を掴んだ。


「圭吾も、比奈子さんも鷹野には関わらない方がいいんです。北の連中はみんな由香里を嫌っている。俺だってよくは思えない。こっちでは姉さんと呼ばれて人気もあるけれど、とどのつまり……あいつにとってこの戦いなんてただの道楽なんです!」


 道楽。そう言われる鷹野由香里とは何者なのか考えた。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 相沢皓人はマーキュリー社の偉い人と向かい合う。憂鬱な作り笑顔を張り付けて。

 心の中ではいつも雨が降っている。けれど、自分のような若造がパイプになる方がアイギスにとっては丁度いい。相手のさげすんだ目線のおかげで交渉がうまく進む。

 マーキュリーの専務が、自分たちの姫。鷹野由香里が怪我をしなかった事に今日も笑みを浮かべる。

 そのために作った鉛の鎧だ。マシンをギリギリまで重くして前線で戦えない仕掛けにしてある。ここは激戦区、仕事には事欠かかない。準備万端は最重要事項。


「すみませんねえ、相沢さん。うちの姫はわがままで」


「いえいえ。姫様のおかげで我々は多大な援助をされている。マーキュリー社のご令嬢様々ですよ。感謝しても感謝しきれません。それもこれも全て由香里様のおかげです」


 皓人と重役は親しげに握手を交わす。


     ☆     ☆     ☆     ☆    ☆


 鷹野由香里は最新式のトイレに籠城する。表に誰もいなくなるまで。

 磨かれたトイレの洗面所で怯えたように外をうかがう。

 私はいつも一人。一人ぼっち。友達なんていない……。


『あの子に関わっちゃダメよ』


『あの子に怪我をさせたら、お金をむしり取られるのよ。近寄ってはダメ』


 私の周りには誰もいなかった。フレームガリバーに乗れば友達ができるかしら?

 一〇匹倒したら、友達ができるかしら? 二〇匹倒したら……五〇匹なら、一〇〇匹。

 そうよ、賞をもらえばいいんだわ。トロフィーが一〇個集まったら私にも友達が……本当の友達が。昔の心を思い出した。

 私は洗面所でうつむく。涙がわく。

 トロフィーは勝ってきた証。それを、そんな大事なものを捨てるなんて……圭吾くんは酷い……酷い人よ。信じられない。


「由香里、でてこないのか?」


 ぞっとするほど冷たい彼の声がする。強くなければ私は誰にも好きになってもらえない。

 もっとトロフィーを、もっと、称号を、もっと賞状を、もっと、もっと栄誉を。

 なのに、ここにきて成績が出せなくなってしまった。

 装備が重すぎて……まったく活躍できない。

 役に立たないと走者としても無用になる。降ろされる。勝てないならまた一人になる。

 勝利のコーラだって飲めなくなる。誰も私を見なくなる。柳の下の着物を着た亡霊。

 それが私……。

 昔みたいに、魔人に乗る前みたいに……幽霊には戻りたくないの……。足音がする。


「由香里。僕はもう行くよ。こもりたいならずっとそこにいればいい!」


 行かないで、圭吾くん。

 廊下に駆けだそうとした由香里は思わず足を止めた。


「や、やあ。ゆ……由香里ちゃん! こうやって話すのは、初めてだよね」

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