戦果
俺は必死で走る。
「くそ。たどり着くまでに、ばてそうだ!」
毒地を走っている気分だ。体力がどんどん減っていく。俺は疾走した。走って、走って、たどり着き、心獣に蹴りをかます。俺が蹴り飛ばした心獣がビルにぶつかり、建物ごと砕け散る。これで一匹。心獣は消し飛ぶ。
皓人からの通信が入る。どうした? あがめたいのか?
モニターに恨めしそうな憂鬱顔がアップになった。
『この破壊神、人類の英知を壊しましたね……新築代マイナス1億』
「ちょっと待て! 好きで壊したわけじゃあ……」
次の『地獄の番犬』が襲いかかる。サウザードの装甲を食い破り、肩口に牙が届く。
『あーあ。今度は魔人を傷つけましたね。修繕費マイナス3百万』
「うう……」
俺の肩から血が溢れる。冗談じゃない!
俺は剣を逆手にかまえた。サウザードの肩から、長い牙を引き抜く。
「実戦なんてほぼ初めてなんだよ。皓人、お前も命懸けで戦ってみろ」
皓人は口をゆがめ、俺を見つめた。
『ベテランの戦いをしばらく、見ていなさい。そのためにあの二人を呼んだんだ』
俺に戦いを覚えさせるためにか? そんな風に聞こえるが。
『我々は君の悔しさを買っています』
俺は静かに戦いを傍観した。敵は『地獄の番犬』の群れ。
功士のガリューンは広い道路で心獣に突進した。その杖は稲妻を纏う。
『地獄の番犬』をいなして、煙のように消し飛ばしていく。早い。
「皓人……あれはどうなっているんだ?」
『高速の験力。それが功士君の強み。直線なら負けナシです』
将棋の飛車のようだ。無敵じゃないか。
『次は委員長を見てください』
重く不格好な鉛の鎧を身につけたエリダバルドはのろのろと『地獄の番犬』を追う。
防具など外せばいいのに。まるで将棋の金だ。由香里は瓦礫が重なる敷地に『地獄の番犬』たちを押し込めた。
そのまま、壊れていた建物を元通りに組み上げる。出来上がった建物は『地獄の番犬』と一緒に爆発した。心獣たちは霧のように消えていく。何やったんだ?
『すごいでしょう。彼女の験力。アゲイン』
「どんな原理なんだ?」
『昔の戦闘で壊れた建物を治してそこに魔人を追い込み、元通りの時間を流す。彼女の秘奥義です。質量と質量のぶつかり合いで分子は塵になる。どうですか? クラッシャーの力です』
ココミは俺に何も教えなかった。俺には験力が無い。
『恥じることはない。覚えておいてください。あなたには偉大なる目の加護が』
「目は絶対、開かない……こんな所、さっさとやめてやる!」
俺は痛みを堪えて肩の血をぬぐう。皓人は憂欝そうに溜息を吐いた。
『うちの保険会社アイギスと、このドームを支配するマーキュリー社は黒い糸でつながっている。ここを出たら行く所なんてありませんよ』
「だから、国宝になる! 大活躍して一番の国宝になってとっととやめてやる! こっちから三行半押し付けてやる! 皓人! 俺に験力の使い方を教えろ」
皓人はこめかみを押さえた。
『わかりました。まずは教育費を稼いでください。仕事を回します。2人が狩りそびれた『地獄の番犬』を始末してください。できるでしょう、ザコの掃除ぐらい』
俺は剣を握った。とりあえず、建造物を壊さないように戦おう。
アストリアは静かに目を閉じる。
「焦らなくていいのです。ゆっくりでも、撃墜王にはなれるのですから」
生きている限り。彼女の言葉は吐息のようだった。
四匹目を殴り、五匹目を吹き飛ばす。こうして俺の初陣は終わった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
魔人を降りて安堵した。生きた心地がする。白衣を着た保健委員が俺の傷を調べる。
「ヴィクトリー。戦果、十五匹。あはは。俺の勝ちです!」
功士が有頂天で叫んでいる。留年馬鹿はのんきでいいよな。
「『地獄の番犬』ばかりだったわね。良かったわ。さっさと終わらせる事が出来て」
由香里はハッチから飛び降り優雅にお辞儀をした。おっとりした可憐な頬笑み。
相変わらず、女の子たちから姉様、姉様と、褒め称えられている。
うらやましい事だ。俺は渡された領収書を見つめて低くうめいていた。
「何だ? これは……!」
俺は皓人が転送した請求書を眺めて震えていた。幻覚が見える。ゼロが一つ多いぞ。
「ぼ、僕は逃げる敵に蹴りをかましただけなのに……」
由香里は紙を覗き込む。
「圭吾くん。ビルを5つも壊してしまったら、請求書が来てしまうものなのよ。みんな避難していたからよかったけれど。先輩からの忠告。もっと周りを見なくてはダメよ」
「壊す前に言ってくれ!」
功士は鼻歌を歌う。
「そんな素敵な忠告をしてくれる由香里は、初陣の時、ビルを一つたたき壊したのだ」
「功士くんは二つだったわよね。私、観戦モニターから見ていたの」
「要するにみんなが必ず通る道なのです」
「そうか……良かった……俺だけかと思った」
俺はそこで息を止めた。
「そう言えば、エリダバルドの験力って……なんか……治してなかったか?」
「ええ、私の魔法はリフレイン。復元なの」
「由香里! 君がビル直せー!」
俺が叫ぶと彼女は可憐に手を合わせた。
「復元には大量の魔力を消費するの。あらかじめマークしておいたものなら簡単に治せるけど、心獣はいつ来るかわからないから。全てを直すことはできないわ」
験力にも法則があるようだ。
バラバラと市役所でモニターを観戦していた学園のメンバーがピットに戻ってくる。
「功士さん、やっぱりすごいですね! カッコイイです!」
功士は男子に囲まれて褒美のコーラを受け取っている。眼鏡の男が鋭く俺を見た。
「そういえば向こうのビルで人が大怪我したらしいぞ。名波が間に合わなかったって」
「恐さを覚えるとヨギはすぐダメになるよな」
「心配するな。どうせ、死んだらまた新しいのが来て守ってくれるよ」
功士がこぶしを作って嫌な顔をした。俺は功士の肩を掴む。
「敵を作る必要はない」
「だけど」
てめえらいい度胸だな。後で陰惨な方法で闇打ちしてやる。体力ないから!
近寄ろうとしたら、そいつらの前に由香里が躍り出た。顔を怒らせている。
「どうして走者の事をそんな風に言うの! 私たちはいつも努力しているのよ!」
「大丈夫だ、鷹野。僕は気にしない」
アストリアは涼しい顔でサウザードの隣に腰かけて歌っている。俺は彼女を見た。
「アストリア。君はこれからどうすればいいと思う」
「自分で考えてくださいね。考える事が陛下を強くします……」
彼女は呟くと扉を開き、心臓の中に姿を消した。功士が震えている。
「しゃべった! 悪魔が、自分の意思でしゃべった! うわあぁぁぁ!」
「珍しいの?」
「俺の所はサポートだけで……。ううぅ、ありえない! 部品がしゃべるなんて!」
由香里たちは神妙な顔でサウザードを見ている。俺の考える事か……。
「由香里。どうして走者同士は協力しないんだ?」
個人プレイばかりでは能率が悪いと思うのだが。功士は勢いよく首を振った。
「世の中は早い者勝ち。世界は愛と金で出来ている。コーラが飲みたい者にはコーラが与えられる。もちろん、コーラを飲もうと一番、努力した人間に限られる……」
「そうね。私も、記念品が欲しいだけだし、協力はできないわ。圭吾くんは国宝になるんでしょう? 私たちはそれに協力できないわ。私だって時々はコーラが欲しいからよ」
由香里は上品にミネラルウオーターを飲み干す。俺は煙の上がる街を見つめた。
「早く倒せば、もっと被害も減らせると思うんだけれど……」
「ガリューンの特性は突進。団体行動には向きません。無理、無理!」
「じゃあ、由香里は?」