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フレームガリバーと百万の死  作者: 新藤 愛巳
15/29

三時の方向

 比奈子の髪が揺れ、ビルの中を風がざわめく。俺はサウザードを見つめた。アストリア。


「あの女が……いや、タイプDが全ての現況って本当なのかサウザード……」


 サウザードは嬉しそうに俺の卵焼きを口に入れていた。


「ううーん。伸びる、伸びる。はむっ。トロリ、トロン~。フフフ~ン」


 俺は比奈子に見えないように鬼のような顔面でサウザードを睨む。どうなんだ?


「あっしは知らないでヤンスよ。何も知らない方が幸せでヤンス!」


「てええぃ」


 俺はサウザードを振りまわした。比奈子が動揺する。


「大変! 名波くん、サウザードがバターになってしまうのですぞ!」


「本当の事を言わないと、ホットケーキの上に乗せて食べてしまうよ。おいしそうだね」


「ウウウ。旦那~、秋の旦那~。そっくりでヤンス。けれど、なんか酷い。ヨヨヨ~ン」


 小さな魔人は俺の肩の上でごめんなさいと叫びながらわんわん泣いた。

 比奈子はサウザードを見つめた。うんうんとうなずく。


「名波くん、前より愉快になったんだね。魔人がこんなになつくなんて」


「そ、そうかな?」


 俺は神妙な顔で隣のホールで修理されている7番ガリューンを見つめた。功士のガリューンは銀の甲冑に身を包み、杖を手にしていた。この前見た戦車の魔人だ。


「ガリューンの戦車はどこなの?」


 初めて見た時とマシンの形態が違う。戦車をひく赤い馬と青い馬がいない。


「壊れたの。この前どこかのドームで大暴れしたみたいで……心配だよね」


 たくさんのドクターがガリューンを診ている。治療したり、装甲を治したり。

 俺たち三人組はそこをこそこそ通りすがる。


「名波くん、あっちが3番エリダバルドですぞ」


「あの魔人、翼が無かったか?」


 鷲のマークの盾。十字の杖。翼は折れて、そっちも何人かのドクターが取りかかっている。


「ここに来る前に他のドームでなにか大きな戦いがあったみたいなの……」


 俺は心当たりを思い返す。俺を助けに来てくれた時か? それともその後? たくさんの化け物を蹴散らした魔人たち。その代償が損傷。それなら礼を言っても言い足りない。


「委員長と、功士は何の験力を持っているの?」


「戦いが始まったら、私たちはみんなを応援するんだけど、2人とも来たばかりだから、まだ、わからないの。みんな、ジュースやおつまみを片手にモニター観戦するんだけどね」


 ヨギは命懸けなのに観客は賭け事気分だ。一般人にとっては競馬中継的な行事らしい。


「で、どこに逃げるの?」


「市役所か病院。でないと被害に遭っても保険料がもらえないんだよ。ほかにもたくさんルールがあって……圭吾君は忘れたんだよね。これがマニュアルだよ。全部読んで! 辞書ですぞ」


 何だ、これ。フレームガリバーの操縦マニュアルよりも分厚かった。

 裁判で勝つためか? 俺は重みによろめいた。実に保険屋らしい合理的なシステムだ。


「なるほど」


 俺は眉間にしわを寄せ、ページを指先でつまむ。面白みのない読み物だ。

 比奈子は治療していたサウザードから、思いついたように顔を上げた。


「名波くん、験力の事は功士くんに直接、聞いてみたらどうかね? 友達になれるかも」


「それが『ヨギはライバル関係にあるのです。倒した敵の数が多ければ多いほど、お給料がもらえるのです! 名波ノート、お前には秘密なのです!』」


「あ~、似ている、似ていますぞ!」


 俺たちは声をひそめて笑う。俺はサウザードを見上げた。


「比奈子、大家族を養うってそんなに大変なのかな……」


「細胞移植で大人を生き残らせる方が、子供を生かすよりお金がかからないの。だから、子供を養うなんて大変な事なのですぞ。大家族なんて大変」


 俺はココミを思い出す。あの馬鹿は俺たちを2人とも育てると言って聞かなかったのだ。

 俺たちより小さかったのに。


「功士くんはあしながの家で育ったって言っていたから、きっと恩返しなんだろうね」


「恩返しか……」


 幸せな気持ちで乗れるならそれに越したことはない。比奈子は魔人のボルトを締める。


「名波くんはアストリアと乗っているんだよね」


「うん」


「……さっきは嫌な事を言ってごめんね……あ、あの……私の事、嫌になったかな? サウザードの部品をけなすなんて……本当に、酷いよね……でも私!」


 その時サイレンが鳴った。なんだ、この音は?


「たいへん。心獣が発生したんだよ!」


 比奈子は呟くとサウザードの本体に巨大な痛み止めの注射を打った。


「行って来て、応急処置は終わったよ。絶対勝ってね!」


 知らなかった。他人に応援されるだけで、こんなに華々しい気持ちになるなんて。

 俺は腕から鍵を取り出しながら、心臓を開くためにサウザードに近づく。

 敵をぶん殴る。ぶん殴って勝つ! 憎いから勝つ。くやしいから勝つ。

 今の俺には憎しみしかないから。俺の横を功士が易々と追い越していく。


「レッツお先です! シーユーアゲイン、ネクスト売買。ふはは、手柄は俺のもんです」


「功士! 英語、間違っているぞ! 爽やかにアホ丸出しているぞ!」


 その横に可憐な少女、鷹野由香里が並ぶ。


「名波くん、早く来ないと残っていないかも知れないわよ、獲物が」


「由香里、狩りにでも行くつもりか?」


「ええ、私は賞が欲しいの。大物を倒すわ。じゃあね、名波くん」


「委員長!」


 俺はたどり着いて一息つく。2人とも俺を追い越して行ってしまった。なんて早さだ。


「サウザード、アストリアはどこに?」


「中でヤンス!」


 サウザードは本体に溶け込む。アストリアはコアの中で眠っていた。フリルのついたドレス。色は黒。無機質でばね仕掛けのマリオネットのようにも見える。


「なにかあったのですか、陛下?」


 聞きたい事は沢山ある。だが、悪魔が人類の未来を売ってしまった話なんて、こいつに聞いても、わからないだろうな……。いつもボーっとしているし。


「アストリア、よだれをふけ。行くぞ!」


 俺は制服のまま、白い空間、サウザードの心臓に転がり込む。


「陛下、戦闘服を転送しないのですか?」


「アストリア、もしやエロスーツか?」


「陛下はエロスーツが着たいのですか? エロスーツが楽しみなのですか?」


「鼻血を拭け、アストリア」


「鼻血ではありません。心の汗です」


「心の汗がそんなところから流れるかー! この変態!」


 俺よりも上がいた。どうして俺の周りにはまともな女がいないんだ……。

 俺たちが馬鹿な事をしている間に、功士と由香里はアイギスの制服に着替えていた。

 丈夫な素材でゆったりとした素材。功士は神父の装い。

 由香里はフリルのついた着物の下にゲタと長足袋を履いていた。戦姫だ。


「アストリア。転送なんてどうやるんだ?」


「陛下が出来なければ私が転送します。アイギスの戦闘服です」


 軽くて頑丈な山伏の衣装は、形になる前に燃え落ちた。


「熱!」


「陛下、普通の戦闘服はお嫌いですか?」


 アストリアが真剣に首をかしげる。そういえば昔、転送の海を通ろうとした時もこんな感じに装置が熱を出して……。俺は普通の制服のまま、サウザードに飛び込む。


「何でもいい。アストリア、出るぞ!」


 本体に溶けこんだサウザードがおぉと吠える。アストリアは俺の脇を掴む。なぜそこ!


「陛下。ちゃんと怖がってください」


「なぜだ、アストリア」


「陛下、戦いが上手な人は引き際を知っている人です」


「だが、虎穴には入らなくては何も得られないんだ……違うか?」


 彼女は転送したコンタクトレンズを俺に渡す。コンタクトなんて初めてだ。青い。

 周りの情報が立体的に飛び込んでくる。アストリアの情報は? 振り返ろうとしたら、彼女に首をホールドされた……。ぐむむ。確か、この前、ホットパンツを勧めて軽く拒否されたが……。アレがいけなかったんだろうか? 俺の魚心がばれてしまったというのか! お前は俺のエロスーツ姿に下心を持っていると言うのに。不公平だ。

 右手にナイフを構えるのと、ビルの前面が開くのは同時だった。功士が叫ぶ。


『俺たちは、先に現場に転送してもらいます。圭吾は歩いてきて下さい!』


「え?」


 リンクモニターから、おっとりした由香里の声がする。


『名波くん、車、踏まないでね。保障が大変よ。追いついてきてね。待っているわ』


 2人のマシンはピット内の転送システムでどこかに運ばれる。

 俺は取り残された。俺って期待の大型新人じゃないのか?

 エリダバルドとガリューンの整備士たちが俺の事を笑っている。腹が立つ。

 俺が笑われているってことは秋が笑われているってことだ。必ず活躍してやる。

 かかとについたローラーが、ギイインと激しく音を立てる。


「アストリア、どっちだ?」


「三時の方向です」

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