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フレームガリバーと百万の死  作者: 新藤 愛巳
1/29

始まり

 夢を見た。山伏の服を着た三つ編みの少女の夢を。左の手の甲に目蓋。

 そこには緑の宝石が眠っている。モニターの日付は十年前を指し示す。

 魔人フレームガリバーが、反転した街をローラーブレードのような足で駆け巡る。音速。

 少女はトライレベッカの心臓、セフイロスに乗って街を守る。

 魔人の金属の皮膚には保険屋のロゴマーク。

 頭上に王冠、肩にはマント。右手には両刃剣、左手には天秤。

 彼女は心獣の親玉『百万の死』と戦うために走る。


「お願い! みんな、お願いよ! 力を貸して! この街を守って!」


 少女の叫びは届かない。叫んでも、祈っても、誰も手を貸さない。

 恐ろしい化け物に立ち向かう者はもういない。少女は声にならない叫びを上げる。

 俺は息を吸い込んだ。

 泣くな。苦しむな。そんな場所など守るな。馬鹿みたいじゃないか。やめてしまえ!


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 変な夢を見た。俺たちが住むセントラルドームが戦場になっていた。後5分……。


「朝よ~! 朝なのですよ~」


 中華鍋をたたく容赦のない音で目覚める。階段を駆け上がる軽い音がする。


「起きて、起きて。ケイちゃん、シュウちゃん!」


 大きめのスリッパを引きずる音が響く。俺の眠りを妨げるのは誰だ?


「お母さんですよ~。『おはよう』のキスをしてあげますね。と、思わせて脇チャッチ~!」


 俺はベッドの上で身をこわばらせる。ココミは俺の布団の上で勝ち誇っていた。


「さあ、早くこのカレー鍋に入る物を作ってね」


「カレー鍋、違う~! 中華鍋だー。カレー鍋が自分の存在を見失うわ~」


 俺は赤面してベッドの上に起き上がる。


「ココミ、いいかげん、その変な起こし方をやめろ。心底恥ずかしい」


 目の前には小学校低学年体系の一之瀬ココミが目をうるませている。


「だって、ケイちゃんが起きないと、ご飯ができないのよ。食べられないのよ! お母さん、飢えちゃうのよ……ううう……どうしてくれるの?」


「ああ。わかっているから」


 泣くココミをなだめながら、身支度を整え、手を消毒し、エプロンをして、包丁を握る。

 俺は名波圭吾ななみけいご。わけあって、今は学校に通っていない。

 家事手伝いが俺の仕事で日課だ。手早くオムライスを作り、食卓に並べる。


「ほれ」


「おいしそう~。わあ~っ。ケイちゃん、食べてもいい?」


「だからケイちゃんは『やめろ』って言っているだろうが」


「ケイちゃん、母は料理が作れないの……コンロに背も届かないの。なんだかな~なの」


「ほら、手を洗って、手伝ってくれ。トマトケチャップを準備して」


 俺は食卓に朝の準備を整える。スプーンを並べて、オニオンスープを置く。


「ほら、よく噛んで。ココミ。秋吾はまだ起きてこないのか?」


「ええ、まだなの。昨日、学校で何かあったみたいなのよ」


「学校なんかに通わないのが一番だ」


 小さなココミは困ったような顔をした。


「ケイちゃん、今はドロップアウトしていても、いつかは行くんでしょう?」


 少しひねくれた俺は下を向いた。絶対行くものか。俺は食卓を整える。


「さあ、冷めるから、食べてしまおう」


 ココミはホッとしたように小さく下を向いた。


「でも、ケイちゃん。お母さんが教えてあげられる事には限度があるのよ」


「そうなったら秋吾に教えてもらうさ。あいつは天才だからな」


 ココミは幸せそうに頬を緩める。


「えへへ。仲の良い兄弟でよかった~。ケイちゃんもシュウちゃんも大好きよ」


「それはよかった」


 俺は渋い顔でオニオンスープを飲み干す。


「兄さん、おはよう」


 名波秋吾ななみしゅうごが部屋から現れる。俺と同じ中背、ウリ二つ。当たり前だ、双子なのだから。

 髪は綺麗にセットされ、頬には絆創膏。


「よお。優等生。先生にギロチンドロップでもくらったか?」


「あはは。ちょっとね」


「そういう時はこれを食え。笑顔になるオムレツだ」


 秋は眉を寄せる。


「これ、ただのオムレツだよね? 呪言とか怨念とか、余分な成分、混ぜてないよね?」


「お前って奴は、俺の巧妙なさじ加減とバランス感覚を甘く見ると痛い目にあうぞ」


「本当だ。おいしい。生クリームなんてどうやって手に入れたの?」


「ネットゲームの景品だ。勝ったら転送されてきたぞ」


「ホウなんだ……むぐっ」


 秋吾はオムレツをハムスターのようにほおばった。いつもの悪い癖だ。


「秋。ココミがまねするから、その食べ方禁止な」


 ココミはスプーンを握りしめて赤面する。


「ちょっと、ケイちゃん。お母さんはそんなハムスターみたいにほおばったりしません」


「ごめん、ごめん。ココミはほおばってもいいよ。なにせ、まだ子供なんだから」


「きーっ。保護者をからかうのはいけません。母さんは稼いでいるのですからね」


「はいはい」


 俺はミントの葉を乗せたデザートのイチゴババロアを食卓に並べた。

 ココミは嬉しそうにババロアを震わせ、俺に飛び付き一回転する。


「わあ~。ケイちゃん好きー。大好きよ~」


「朝からスキンシップするな。ええい、恥ずかしい!」


「よいではないか、よいではないか~なの!」


 秋吾が腹を抱えて笑っている。不本意だ。こんなほのぼの系の日常は。


「兄さん。母さんが元気になってよかったね」


「まあな……おい、お前、学校で何かあったのか?」


「なにも。しいて言うなら、英雄かな」


 秋は腕の絆創膏を見せびらかす。俺は顔をゆがめて笑った。


「何それ、フェンシング?」


「そう思ってくれて構わないよ」


 俺は愉快になった。


「天才のお前が部活動かよ。良い傾向じゃないか。レギュラーになったら祝ってやる」


 秋吾は俺に数字と魔法陣の書かれた封筒を差し出す。


「これを兄さんにあげるよ。いざとなったらそれで頼むよ」


「頼むって何を?」


「母さんの事」


 俺は静かに怒りを込めた。


「ココミは2人で護るって決めただろう……」


「うん。護るよ」

 秋が真剣にうなずくので俺は兄貴らしい顔を作った。


「秋、何か面倒事に巻き込まれているんじゃないだろうな? 何でも言え。この俺が即座に殴りに行ってやるぞ!」


「兄さん、体力はミジンコなのに、その口の悪さは誰に似たの? 母さんが覚えちゃうよ」


「おや? もしや、秋吾しゅうごくんは何かに巻き込まれていらっしゃるのではないですか~?」


 ココミは小さく顔をしかめた。


「ケイちゃん、気持ち悪い」


「散々だよ!」


 俺が叫ぶと秋は声をひそめて笑う。俺と秋は正反対の性格の大親友だ。

 弟は物静かな性格で、暇な時は窓辺でずっと小説を書いている。俺は元気で陽気な引きこもりで、家の中でゲームとお笑い番組をたしなんでいる。

 俺の持っている箱は何でもない家庭と言う名の小さな青い箱だ。

 友達がいて、恋人がいて、姉がいて、妹がいて、兄がいて、弟がいるようなそんな家庭。

 三人でいればすべてが叶う。夢も希望も、ずっと一緒にいると幸せだ。

 激しい喧嘩をした事もなく、お互いがお互いを大切で、いつも心配しあっていて……。

 ちょっと振り向けば、幸せに簡単に手が届く。平和な家庭。

 ずっとこの三人でいたから、相手が何を望んでいるか、すぐ分かる。

 毎日が楽しくて、宝石のようで……言葉も、掛け合いも楽しくて、ここは幸福の檻。

 俺の世界はここだけでいい。他には何もいらない。俺も秋もココミも、このまま、ずっと馬鹿を云いあいながら、仲良く暮らして行く。時がたっても、年を重ねても、永遠に。

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