【第一章】少年と勇者達
「キミは、出世に興味がなさそうだな。」
そう言いながらオレに(・・・)腰掛けているのはアデレード教官だ。
この教官は腕立てをする人に話しかける時はほとんどこうしている。
なんでも、一生懸命にやってる人を見ると腰かけにしたくなるというのだ。
なぜ、人の背中に乗るのか、おそらくこの方が天性だからだ。
貴族でこそないが騎士伯家の分家にあたるアデレード家の次女様で、ミレーヌ=アデレード教官は軍服がよく似合う気の強い長い金髪の美女。
オレが初めて腰かけられた時に、『腰かけていただき光栄です。』と口からとんでもないセリフが飛び出しだのだ。
それでしっかり顔を覚えていただいてしまったのは黒歴史としか言いようがない。
だってさ、素晴らしい感触が背中を圧迫するんですよ?
それからというもの、もしかしたら背中の筋肉を自由に動かせるようになったなら腕立てをしながら背中で上の存在を揉みしだけるのではないかと訓練中以外は背筋を徹底的に鍛えている。
ちなみに、訓練中はほとんど腕立てしかしていない。
騎士様とかなら剣の腕が必要なんだろうけど一般的な兵士ってそこまで求められる訳じゃないし、今は武器より体力や体を作る方が主だから特に問われません。
むしろ、本気で真剣に真面目にとりくんでます。
「あらゆる試験は筆記に重点を措いていると伺いました。自慢じゃありませんが自分は学も資金もあるとはいえませんので。」
「金はともかく、学がないときたか。今季入隊した者の中に貴様以上に機転がきく者がいるとでも思うか?」
教官が訓練場を指差しながら不機嫌そうに言う。
貴族の子弟なども混じっているのだが、騎士になれず家のコネでようやく兵士になられた方々がいます。普段から訓練の手を止めて、何らかの情報をやりとりしている姿が見受けられる。
曰わく、会話のなかで情報交換をするのは貴族の嗜みらしい。人によっては、“下位の低い家の次男三男が嗜んでなんの役に立つというのか”と否定的な意見を口にするかも知れないが、貴族様はそれでいいのだ。
貴族様の行動に一般市民の更に下、スラム街で育った者が何の権限があって口を出すというの。
いや、絶対に口を挟んではならない。
万が一本当に重要な話をしていてたまたま聞いてしまったとしたら、スラム育ちが一人街から消えるだけになるだろう。
貴族や上官に必要以上に関わらない、下は下にいればいい。それがオレの中…いや、スラム街で生きた者の掟だ。
たしかにオレは、そこそこの知識とやらはある。あるからたまにそれらしき行動をとったりした事も無きにあらずかもしれない。
しかし、スラム育ちが知識人を気取って冒険を犯すしたとしてなんの利益があるのだろうか?しかも前世だかなんだかしらないがスッカスカの不確かな地球の知識という不良品。
そんなもんがこの世界でどれほどの役に立つというのか。
ほとんどの事を魔法で解決してしまうこの世界。そんな世界を前に現物がないと応用の利かないような科学の知識などほとんど役に立たない。
なにしろ、エンジンは知っていても作り方は知らない、モーターはなぜ回るんだ?
原理も構造も知らないらないのだから、これでは何一つ作りようがない。
だから《知らない》んです。
そして、スラム街では学校がないから学ぶ機会がなかった。この世界についての知識は義理の母であるアイジャ・シャーマンが教えてくれた位で一般教養には程遠い。
だから、なにも知らない。
「交渉術に長けたお貴族様がいらしゃいます。下々の者はそれに従えば間違いはありません。」
万が一、一般兵士の中で上に立つ事態になろうものなら指揮下にある貴族の子弟に支持を命令をしなければならない時が必ず来る。
王侯氏族族が権力という厚い盾で国を守るならそれに従えばいい。なんであれ、敬うべきお貴族様相手スラム育ちが無遠慮に指示を出すような事態がありえてはならない。
この世界も…いや、この世界の方ははるかに人の命がかるい。出る杭は文字通り討たれて闇に葬られるのだ。
王侯貴族氏族が権力という厚い盾で国や領土を守るなら下は下として忠実にそれに従えばいい。なんであれ、敬うべきお貴族様相手スラム育ちが無遠慮に指示を出すような事態がありえてはならない。
なによりスラム育ちに命令されるなどお貴族様にとって屈辱でしかないだろう、無礼者と、手打ちにされてしまう可能性は否めない。
それに、始末書や日報の提出義務まである。
…それを誰が書くと?
「なにより、訓練中のお喋りで教官に叱責されて足手まといになるような連中の尻拭いをしなくてはならなくなるのはゴメンだ…ごめんなさい忘れてください。」
ああ教官の視線がいたい…。
だけど、人格がどうであれ指揮下に入るのは全く構わないよ。それこそが下の者の役目だから望めるならば、一生涯平兵士でいい。
うだつのあがらない役職もない老兵士など…理想の極地ではないだろうか?
うん、大事なのは生活に困らない事だ。
「そんなに連中の尻拭いが嫌かっ?!」
「ぎゃああああっ!」
オレの後頭部を教官が鷲掴にっ!!
変形のアイアンクローがギリギリと頭に食い込んでくる。
あだだだだだだっ!?
チョーいたいっす。どうやら顔に出ていたらしい失礼があってはいけない、今後は気をつけなくてはならな…いだだだだっ!!
「なら命令するとしよう。」
「良識のある民間人を相手にするならそこまでの問題ないだろう。
明日、ズブの素人が4人やってくるお前が面倒を見ろ。
上手く指導できたらご褒美をやろう。」
「…っサーーッ!!喜んで!イエスッサーッ!」
本当はイヤなんだが、命令されては仕方ない。うん、命令だからぁいたいたたっいたいだだだいたたたたぁっ!?
「いい返事だ、私の期待に応えてみせろ。」
「サー!」
そう言い残し教官が立ち上がって指導に行ってしまわれた。
しかし、教官のお尻の離れ際に瞬間高速腕立てをして背中でタッチに成功したのさっ!
教官が立ち去った後、少し固めだけど女性特有の柔らかさの臀部を背中で反芻する。
…あの感触がオレ大好きなんです。
「フゥッ…フォオオオアアアァァッ!!」
そのかわり、テントを張ってしまわないように高速腕立てをしばらく継続しなければならないのだが…。
男がスケベでなにがわるい