俺に疑惑があるらしい
この世界には勇者を選定する剣《聖剣》が存在する。
世界中の聖域に少なくとも一本は存在し全ての聖剣が大地に突き立てられいる。その選定基準基準は知られていないが、聖剣は勇者が現れる日を待ち続けているらしい。
かく言う俺も聖剣の為に精密な筋肉コントロールが出来るように特訓をした。
というのは、聖剣なんかに触れないで終わらせたかったからだ。幸い俺には知識の中にパントマイムなる宴会芸が埋もれていた。
国を上げて勇者の選定が行われると知った日から俺は日夜特訓に明け暮れた。
一度ならずなんども聖剣の形状を確認し現地の下見を行う。
そして、全力で聖剣を抜くパントマイムを行う。
スラムの友人達も面白そうだとコレに参加した。
朝から晩まで暇がアレばパントマイムの特訓。
筋肉の動き方、身体の角度、全力さを見せるため脇で血管を締め上げ両腕に血管を浮き上がらせ赤ら顔で決死の形相を作る。
なにより必要なのは皮一枚触れないで遂行する精密さ。
事情を知る大人達は微妙な顔をしていたが、貴重な時間を勇者なんて殺伐とした物にとられてたまるかとゆう俺たちの団結力は揺る事はなく、それを止めようとするような大人はいなかった。
スラムには、街の人みたいに勇者が名誉だの勇者で地域活性化なんて思う人なんかいなかった勇者よりも学者の方がエラいとみんないってたしな。
当日、スラム育ちの俺たちは完璧にやり遂げる。
誰一人として聖剣に触らずに選定が終わったのを確認し、静かに祝杯を上げた。
俺は俺たちは自分達の未来を守る戦いに勝利した。
その後最後の希望であったらしい侯爵ゆかりの騎士も選定されなかったのだと風の噂で聞いた。
そして、秘密裏に勇者が召喚され今に到る。
…どうしてこうなった。
◇◇◇◇◇◇
「それじゃ最初は侯爵家騎士のための出来レースの予定だったってか?」
「もともと候補はある程度絞られてから選定を行うのがしきたりらしいですね。今回みたいに肩透かしくらった話は結構あるそうですよ。」
なんてこったい。
わざわざ行列までつくらせときながら、勇者候補なんて便利な立場もあるんだ。
今回はちがうけど、何人も候補を探っておいてその中のド本命を旗頭にするのが勇者一行らしい。
勇者を決めるだけなのに、政治的駆け引きで消息を断った権力者もとかあるんだそうな。
「…その騎士今どうしてるんだ?」
「侯爵領にいる家族と暮らしてるそうですよ。」
ああ、それならいいが召還勇者が逆恨みされたら大変そうだな。
なにしろ貴族様はプライドが高いから。
見せしめとかで平兵士なんかあっさり抹殺されそうだ。
「さんざん担がれて選ばれないんじゃ大変だね。」
ミナミ気楽に言うが明日にはオレがいないなんて事もありえるんだぞ?
「そうでもないですよ。その騎士や派閥も参加する時は人気がなくなってから参加なさったらしいですから。」
確かに昼間に行列作って参加しときながら選ばれないとか、俺なら居たたまれなさで消えたくなりそうだろうな。
やる気があったのならな。(笑)
「スラムの何人かが候補として名前が出ていたんで期待されていましたね。…結果としてああなりましたが。」
こらこら、護衛騎士さんよそれ機密じゃないんですか?
酒で口が軽くなるのはいいけどオレに話し振るのは止めてくんないかな。
「市民やスラム育ちに出来る事ったら、囮くらいしかないんですがね。」
いや、実際まともに武器握った事もないようなガキに一部でも国を担う方々がが期待しちゃいかんでしょう。
育ちが悪いと扱いも違うと聞いて育ったからね。
読み書き計算はみんな得意じゃないし都合の良い盾になるのはスラム育ちでもゴメンだよ?
「色々大変なんですね。」
なんで、他人ごとだなんだミナミ。
当事者になってんじゃねぇかお前。
異界人達には政権だの派閥だのは関係ねえのか。
多分騎士が勇者になってたら侯爵が属する派閥が相当に発言権を得ていたのは想像に難くないけど期待してなかったってなんなんだろうな。
「ルッシェ君やその友人がスラムでの最有力候補だったんですが…。」
「知りませんよそんな話。いやでも実際選定されなかったんですからやっぱり違うんですよ。」
俺はともかく友人よ特訓やって正解だったなー。
その後に誰一人選ばれなかったのが痛手だったけど。
「スラム育ちだけの勇者軍とかやだな。」
「本当に嫌そうにいいますね。勇者や英雄は名誉ある立場ではありませんか。」
名誉ねぇ…。
「あなた方は、私のようなスラム育ちがなんの為に兵士を目指したと思われておいでですか。」
スラム育ちは兵士から上にあがることはほとんどない。
ちょいちょいエラくなる人もないわけではないが、エラくなれば責任が生まれる。
それに、対処できるだけの能力が求められるがスラム育ちにはそんなもの無縁だ。
この国の中が荒れた時代にこんな話しがある。内乱を起こしかけた張本人として将軍になったばかりの若者が見せしめに処罰されてからは、望んで平から昇格しようとした愚か者はいない。
俺の理由としては給料のためだとハッキリいえるのだが、人並み以上の生活は求めていないから名誉もいらん。
万年兵士と謗られようと俺は老年期に兵士を辞めた後は、細々とした老後を暮らすんだからな。
「…枯れてますね。」
護衛騎士様、そこは現実主義と言って欲しいです。
「ソイツを基準にしてはいけません、うちのスラムは他の街のスラムほど荒れてないから無理に兵士なる必要もなかったんですけど、ルッシェは頑固でしたからね。」
不意によく知った声が会話に混ざってきた。
「…オイコラ、店員が客の話のコシを折るとかこの店の接客教育はどうなっているんた。」
露出度の高いメイド服を着た女性店員だ。
「え、今の真剣な話なの?」
「バカ言ってんじゃねぇ、オレはいつも真剣じゃねぇか。」
確かに怒ってなんかいない。普段との挙動の違いを容赦なく指摘されるのはいいが、もう少し空気を読めよ。おとなしく接客してた奴が急にKYするから内心焦ってるんだよ。
なにしろ大事な幼なじみの一人、仲間内でも唯一厨二的な小弓をもたない彼女は非常に合理的に物を考えるが口調が軽いのはやはりスラム育ちだからか生来の物か、黙っていたらエルフを彷彿とさせる美少女なんだけど、ころころ変わる表情がそれを認識させない残念無念。
そんな彼女が、わざわざ口を挟むとなると何かあるんではなかろうかと思ってしまう。
ん、何でアリカはいきなり眉間をグリグリ押さえてんだ風邪気味か?
「今更ルッシェの心配なんかしても仕方ないわね…。アリスとテレサが後で話しがあるから残っててさ。」
耳打ちすればいいものをなんでわざわざ全員に聞こえるように言う。
しかも、なんかバカにされてなかったか?
厨房では二人の女性がこちらをじっと観察していた。
彼女たちは黙ってはいたけど状況を説明しろと目で訴えている気がする。
「わかったから仕事に戻れよ。」
「…絶対だよ。」
お前もかブルータスいや名前はアリカだけど。
それだけ言って彼女も厨房に引っ込んだ。
「…今の誰。」
「ただの幼なじみだよ。」
間違いなくただの幼なじみ。美人だが彼女たちは俺たちの時代の子供達のボスだっただけに今なお頭が上がらないだけだ。
少し昔の話になるが、俺は一般的には孤児院と呼ばれるであろう場所で育った。
お義母さん率いるスラム育ちが迷い込んだ子供を保護してくれていた建物だが、孤児院と呼ぶにはあやふやな場所で、一件のあばら屋の軒下からあふれるように新しい子供を引き取っていたからだ。夏になると河原や縁の下など涼しい場所を求めみんなでさまよったし。
冬になると逆に部屋の中に限界まで入り込んで立ったまま寝た経験なんてのもある。
その際、壁や柱が壊れて必死になって支えた事もあったが、いまでもアソコは変わらずソウなのだろう。
大人からの支援は受けさせないのがそこの風習だったからな。
荒ら屋の外壁になりそうな木の皮や板切れを拾っては喜んで帰り。
たまにシカやイノシシなどの大物を狩れた日は、干肉を吊すロープになる蔦を集めて帰り。
それでいながら狩った獲物はその日の内に消費される悲劇にみまわれる。
幼い子がその蔦を乾かして叩いてほぐして捻って編んでは紐やロープの作り方を学びながら軒先で吊して訪れた商人に売る。たまに、神殿の使いを名乗る騎士のような格好をした怪しい者が子供買いに来た事もあった。オレも、何回かしつこくつきまとわれた記憶があるが、そんな不届き者はスラム街を出るまで子供達の手で袋叩きにされる。
彼女たちは、その年長者でまとめ役だった。
その発言力はハンパなくスラム街の子供達全てに影響を及ぼした。
誰が呼んだかわからないが、スラム街三人官女。
次代のお義母さんは彼女たちかと思ってたんだけど、いつの間にか三人でお金を貯めて市内に店を構えた真の強者たちである。
店の名前はクインテッド…すくなくとも男性を一人と女性を一人は店に率入れる(・・・・)予定があるそうだ。
ちなみに、この国は一夫多妻が少なくないので、恐ろしい話しだが種馬として養われるのは想像に難くない。
彼女たちの理想がたかいのが唯一の救いだと知人が語っていた。
◇◇◇
「帰ったら、この店に入店した事を自慢してやりたいです。」
護衛騎士達の会話を盗み聞きしてたらそんな事を口にしていたのを聞いて思わず飲んでいたカクテル水を噴きそうになった。
以前同僚がどこぞの高級唱館に連れて行ってもらった時に似たり寄ったりな事を言ってたなと思い出したせいなのだが。
大衆食堂クインテットは美人が三人で切り盛りするのは大衆食堂。
敷居が高くはないが極端に狭いと噂されている。近所やスラム育ちからしたらそんな事はないのだが、貴族様や騎士様などの間でなぜか(・・・)伝説呼ばわりされている事をルッシェも知っていた。
―だからってそれはないだろう?
そもそもメニューは大衆向けで安くて美味い。
ただ、入り組んだ場所にあるので土地勘がないと確実に迷うのが難点である。
貴族様の大半が食事に行く時は馬車を使って大通りの一流レストランにへと行く。
クインテットは旧市街地の細く入り組んだ道を歩いて進まないとたどり着けない。
旧市街地は、王宮を出てすぐの場所なのだが、新市街地と違い馬車を通る事を前提にしていないので道自体が細くて歩きにくい。新市街と王宮をつなぐ中央通り付近は古い家を取り払い整備されているのだが、迷路のように設計された大軍が簡単に攻めいれられないための工夫がされた大戦記の名残の旧市街地は、道端に人の糞が転がるような昔のヨーロッパほどではないが、一部に残るしきりのない共同便所など、貴族様には豪快すぎて入り込めないそうだ。
もちろん、クインテット付近の治安は良いし誰かが率先して園あたりを改善したと噂されている。俺が連れてきてもらった時にはそんな痕跡はなかったから普通に来店して飯を食べてから下宿先に帰っている。
ちなみに、下宿先はこの近所にあるがその物件も彼女たちが手配してくれたものである。
というか、彼女たちが育てた(・・・)スラム育ちはの住居はすべからく彼女たちが手配をしている気がする。
ちなみに、この近辺には野良らしき猫や野良らしき犬がいるのだが、とても毛艶が良さげに見えるんだ。
果たして彼女たちの世話好きに底はあるのだろうか。
だから―つまり、狭いのは通路であって、敷居は高くもないし低いハズなのだが?
◇◇◇
さてどうしたものか。
腹ごしらえは終わったのだが、一応街を案内するという名目で連れ出した訳なのでここで解散とする訳にもいかない。
なんかいい案がないものか。
…よし。
「ちょっと、話をしてくるからそこらの野良と戯れていてくれないか?」
「「「なにその無駄な気遣い。」」」
ちっ、やはりダメだったか。
他に言いようがないんだよ、
これが、大通りなら周りの店をみていてくれとか言えたんだがこの付近は住居しかないから時間をつぶせそうなのは犬猫くらいしか思いつかなかったんだから仕方がないだろ。
「ダメか?」
「ダメとかでなく、気にしなくていいから普通に話して来てよ。」
そう答えたのはフミエだが、太一らが非常に疲れたように机に突っ伏している。
本当に待たせていいのだろうか。
「…そこらの飼い猫より毛並みはいいと思うんだけどな。」
「いいからいけ。」
そうか?いやしかし、暇じゃね?
「済まないが万が一の時は昼寝用の枕があの棚の中に…。」
「勇者様が腹が膨れた子供扱いっ!?」
「いいからとっとといきなさい。」
護衛騎士に話しかけたら今度はミナミが行けという。
―くそう、待ちくたびれも知らないからな。
ハーレム要員は支度されていました。