side雅~拉致ですよね
不規則な振動に深い眠りから意識が浮かび上がってくる。
うっすら目を開けると眩しい光が飛び込んできた。
眩しさに目を閉じると再び眠りに誘われそうになる。
「起きた?」
声と同時に頬に触れた固い皮膚の感触に私の意識は一気に覚醒した。
見開いた目に飛び込んできたのは移動する風景。
「はあああああああああああっ!?」
思いっきり叫ぶと同時に、私は隣でハンドルを握る婚約者を睨みつけた。
「ほらあ。ソフトクリーム溶けるやろ?いい加減機嫌なおしてえなぁ」
朝食のために停まった高速道路のサービスエリアで晴可先輩が必死に私の機嫌を取っていた。
だけどこんなに朝から食べられません。
私は黙ってサンドイッチを一口かじった。
「ほんまごめんて。な?」
テーブルに両肘をつき、顔の前で両手を合わせる晴可先輩。
無駄に今日もイケメンだ。
平日の早朝だから人は少ないけど、ちらちらとこちらを窺い見るような視線を感じる。
そりゃ目立つよね。
こんなハイレベルの男に拝み倒されて不機嫌にしているブスがいたら。
はあ、と私はため息をつく。
「それでどこへ連れていくつもりなんですか?」
いつまでもへそを曲げていても時間の無駄だ。
私が尋ねると晴可先輩はホッとしたように笑った。
それ、反則だからね。
注目を集めるその容姿でそんな無防備な笑顔を浮かべれば、周りの視線は熱を帯びたものに変わる。
それに反比例するように私へ向けられる視線は冷たくなる。
学園でも外でも変わらない法則だ。
「久しぶりに時間が出来たから雅ちゃんとドライブしたいな~なんて」
「今日は交流会だったんですけど?」
「雅ちゃんは俺以外の奴と交流する必要あるん?」
「言葉遊びをしている訳じゃ……」
するりと晴可先輩の手が伸びてきて、私の指にそっと絡んだ。
途端になぜか全部の意識が絡まった指先に集中してしまい私は言葉を失う。
指にキスされている訳じゃない。
なのにゆっくりと指の輪郭をなぞるように動く晴可先輩の指先に、熱を孕んだような瞳に、ぞくりと全身が粟立ったような気がした。
こんな公衆の面前で一体何をしてくれるんだ、この人は。
慌てて手を引こうとしたら今度は両手で力強くぎゅっと握りこまれた。
「せんぱい……?」
叱責しようとしたのに、出てきた声は自分でも驚くほど情けないものだった。
晴可先輩の熱を帯びた視線に、大きな乾いた手に、どう反応していいのか分からない。
きっと私は情けない顔をしていたんだろう。
晴可先輩がふっと笑い、私の手を軽く叩くと濃密な空気はあっという間に霧散した。
「言葉遊び、ちゃうんやけどな。まぁいいわ。まずは無断で学校を欠席させたこと、謝るべきやな。ごめんな?雅ちゃん」
顔を上げてにっこり笑う晴可先輩。
その瞳から先程の熱はきれいさっぱり消え失せていた。
それはまるで夢を見ていたのかと思うくらい綺麗に。
ああまた晴可先輩のペースに巻き込まれてしまった。
そう思うけどどうしようもない。
ため息と共に飲みこんだコーヒーは酷く苦かった。